運ちゃんへ

山谷感人

エセー

996文字

 南の國から

 本日。朝から猫カフェに行き、愛し愛されたのだが、その後、愉しみから離れた寂寞、無聊が私に降る積もる雪のように、襲いかかり、大衆酒場に走り、痛飲した。
 そこは昼からオーブンしている。北千住に住んでいた時、深夜のタクシードライバー向けに朝、六時から切り盛りしている店があったが、私は、その話しを店主に長々と語り、辟易させた。
 やがて、ラリった私は「刺し身は飽きた。ケンタッキーを喰らいたい」と絡み、タクシーを呼んだ。見た目、七十歳は超えた運ちゃんであった。コイツ、ドライヴは出来るのか? と危惧したが泥酔の私は乗車した。私の部屋、目印は或る学園の、修道院である。爺ィの運ちゃんに行き先を告げたが先日、友人とのテレフォンにて美味しんぼを剽窃し「ケンタッキーをな、ケンタッキーを好きな時に喰らえる暮らしをしなよ」とラリって熱弁したのを思い出し「運ちゃん、まずケンタッキーに寄って呉れたまへ」と述べた。「へえ」と運ちゃんは返した。
 へえ、の言い方に北の訛りがあった為「運ちゃん、産まれは何処だい?」と車寅次郎のノリで聞いたら「福島」。私は大玉村と云う福島の箇所に親戚がいるし、そこに長く滞在し、猪苗代、磐梯山、若松城は最早、ホームタウンである。野口英世の、駄目人間ぷりも敬愛している。
 爺ィは郡山の出であった。「なんだシティー育ちやんか」と絡み、ケンタッキーに着いた。
 私は今はルンペンで有るが本来、贅沢な生活を捲ってきた為、吝嗇を好まない。ケンタッキーでもバスケットしか頼まない。
 然し本日、夏休み明けの家族連れが逆に羅列していて二十分、待たされた。タクシーに戻ったらメーターと止めていた、運ちゃんは、憤怒の顔色であった。
 私は場を和まそうと福島じゃないが隣県出身の千昌夫と啄木の大ファンである、とさんざ語ったが無駄であった。ケンタッキーの明るく素敵に振る舞う家族に文句を言えやと思った。
 やがて修道院前に着。金銭を払おうとしたらアルコールでララパッパな為、お財布が見つからなかった。ケンタッキーで落としたか……の末、五分後に靴下の辺りから発見。無事、ポリスメン事案にはならなかった。
 事実として述べれば降りる時に運ちゃんから「あんた、疲れてんな。東北に行け。わたしゃ戻れないけど」とトークされた時は、私は他愛もなく嗚咽したぜ、運ちゃん。懐かしさを感じた。酔っていたし。
 こうしたサムシングに常にあうのが、私の能力である。

2024年9月3日公開

© 2024 山谷感人

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