二 マリラ・カスバート、追い込む
アンが引き取られた初日、その夜も白みはじめる頃、マシューはすっかりご満悦という体で顔をほこらばせつつ階下におりてきた。
「兄さん、久しぶりにだいぶおたのしみだったみたいですね」とマリラはなにかにあてつけるように述べた。
「そうさのう、あの娘はねぶればねぶるほどいい蜜を出すな。なかなかの味さな。味に更にeでもつけたいくらいさ。t-a-s-t-e-e」
マシューのこの言を聴いて、マリラは激情を抑えることができなかった。もう待っていられない。いてもたってもいられない。
二階には意味も目的も分からないまま極楽じみた真正の地獄を体験した少女が孤立無援のままひとり震えているのだ。
マリラはアンにあてがった個室に向かうと少女を前に直立した。
アンは見た。マシューという名のあの鬼が去った今、「舌をチロチロっと出す」同じ仕草を目の前に出現した棒立ちの新しい鬼女もまたやっていることを。
これが。これからアレが開始されるという合図なのだ。
凍りついた瞳のアン、前途に何も見いだせなくなった寄る辺ない少女の無惨極まりない硬化した表情をとっくり鑑賞することこそがマリラの人生における唯一無二の快美であった。
「お前はマシューからクンニリングスを受けたんだね、アン」
目尻に涙を溜めた少女は何処かにいる誰か(ケティ・モーリスやヴィオレッタであったのだろうか)に懇願するかのように訥々と述べる。
「いいえ、ええ、はい。あ、はい。正直によくわからないんです。その言葉の意味もわかりません…… マシュー叔父さんがお化けみたいな顔していて。でもホントにお化けだったみたいで、人間じゃなかったみたいで…… なにか別の生き物みたいで、『やめて』っていうのに私の汚いトコロを舐めて、舐めて、舐めて舐め続けてました。私がわめきながら拳で叔父さんのアタマを叩いても、叔父さんは絶対にソレをやめてはくれませんでした。クンニリングスってのはたぶん、おいしい焼き菓子の名前なんかじゃなかったのかと思っていたんです」
しゃくりあげるアンにマリラは問いを続ける。
「それで、お前にとって結局のところクンニリングスはおいしかったのかい?」
「わたし、わけがわからないんです。本当に。マシュー叔父さんと一緒に『歓びのしろい小路』を馬車でながめた時は、世界にこんなに美しいものがあるのかって驚きました。でも、クンニリングスは好きじゃないです。『いやだ』ってわたしが言ってもあのマシュー叔父さんが人間じゃないみたいな顔をしてずっと続けていたこと、わたしは好きじゃないです」
哀願するように泣く膝立ちのアンを睥睨しつつ腕組みしたマリラは甘美にうち震える。
「アン。お前はお前が舐められたトコロを汚いというけれども、本当にソコは汚いトコロなのかい? 本当に汚いトコロだったらお前は少しも気持ちよくなったりしないはずさね。正直に言いなさい」
この詰問にアンは窮した。マシューに十時間責め抜かれた際、アンの言語能力をもっても表現不可能な漠とした身体的快楽を感じていたからだ。
「マシュー叔父さんはわたしの汚くて恥ずかしいトコロをずっと、ずっと舐めてました。でも、でも…… それで私は気持ちよくなってしまったんです」
崩れ落ちながらのCONFESSION. 泣きじゃくるアンの涙をぬぐった人差し指をしゃぶりその味、塩分の含量と粘性をじっくり堪能し眼球をぐるりとまわした後、マリラは渾身の力で幼いアンの頬を平手で打った。
「なんていう恥ずかしい子だろう。忌まわしい子だろう。呪わしい子だろう。けれどもアン、それはべつに間違ったことなんかじゃないんだよ。オトナもかみさまもこの世界ではときたまウソをつくんだからね」
その言葉はマリラの思惑通りアンにとっては涜神的な打撃であり、致命的ともいえる痛撃であった。オトナはウソをつかないとこれまで教わってきたし、ましてやかみさまは……
アンはオトナとかみさまの言うことを忠実にまもり、孤児となりいかな辛酸を舐めようと信じて生きてきたのだ。希望。この世界は生きるに値する。信仰はあまりアテにはならないと思いつつも、少しは助けにして自身の想像力でこの世界の不条理と残忍さに対して果断に生きてきたのだ。
「かみさまはウソをつくことを自らにおゆるしになっているが、お前がウソをつくことはゆるされないよ。それはもうわかったねアン」
「はい」
「じゃあ、お前にもう一度たずねよう。お前は汚らしいところをマシューに舐められて気持ちよかったのかね」
ベッド上の少女は言葉なく、膝を抱えうつむいたままひたすらにしゃくりあげている。
そのあわれな姿態に猛り狂ったマリラは鼠径部よりなんらかの液体を放出しつつアンの眼窩を舐めしゃぶると宣誓した。
「こたえがでないんなら、私から試すことにするさ」
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