とおい とおい 海のむこうのおはなしです。
〈もりのくに〉の王子は大へんまじめで、いつも人びとのしあわせばかりを考えていました。
そんな王子にたび立ちの日がやってきました。
おしろでは子どもが十八才になると、〈せかいのみやこ〉へおしのびでしゅ行のたびに出るというしきたりがあるのです。
おしろの人たちに見おくられて、王子は出ぱつしました。
遠い道のりをこえて、やっとたどりついた〈せかいのみやこ〉は思っていたよりずっと大きな町でした。
道には馬車が走り、いろいろな国からやってきたしょう人が店をひらいています。
「これをくれないか」
王子は〈すなのくに〉から来たというしょう人から、まどう書を買いました。
王子はまほうのけんきゅうにねっ心な人でした。
いつも大むかしの本によみふけって、時間がたつのをわすれてしまうほどでした。
でも、〈せかいのみやこ〉で生きてゆくためには、はたらかなくてはなりません。
王子はいろんなしごとをやってみました。こなひきしょく人、なめしがわしょく人、パンやきしょく人、などなど……
どれもおもしろくてやりがいのあるしごとでしたが、長くはつづきませんでした。
「ぼくにぴったりのしごとはないのだろうか」
そんなある日、王子は一まいのはり紙をみつけました。
まほうけんきゅうしつ
見ならい:まほうの知しきがある人
手つだい:女の子
「これはぼくにうってつけだ」
すぐに王子はまほうつかいをたずねてゆきました。
まほうつかいは少し気むずかしそうな男でした。
けんきゅうしつは、かりもののへやをかいぞうしたせまいところでした。
でも王子はまほうをべん強できるならどんなところでもがまんしようと思いました。
「きみはまほうができるのかね」
まほうつかいはききました。
王子がとくいのまぼろしのじゅつをみせると、まほうつかいはすぐに王子をやとう気になったようです。
こうして王子はまほうつかいの見ならいとしてはたらきはじめました。
手つだいの女の子は何人も入ってくるのですが、すぐにやめてしまいます。
まほうつかいがかわった人だから、きっとはたらきにくいのだろうと、王子はあまりふかく考えませんでした。
しばらくして、また新しく手つだいの女の子が入ってきました。
王子が〈もりのくに〉から来たのだと知ると、女の子は目をかがやかせていいました。
「〈もりのくに〉って、〈ようせいのまつり〉があるところでしょう? 一どでいいから行ってみたいな!」
王子は〈せかいのみやこ〉でも〈ようせいのまつり〉があるのを女の子におしえてあげました。〈もりのくに〉からやって来て〈せかいのみやこ〉にすんでいる人たちが、秋のおわりになると、町のひろばにあつまって、小さいながらも〈ようせいのまつり〉をいわうのです。
「すてき! くわしく、おしえてくださる?」
「うん……」
王子はまほうけんきゅうのいきぬきに、たまにはいいだろうと思い、一しょに〈ようせいのまつり〉へ行くことにしました。
女の子は〈ゆきのくに〉から来たのだそうです。
王子はおどろきました。〈ゆきのくに〉は王子がいぜんからあこがれていた国だったからです。
冬はさむいけれど、きれいで、食べものもおいしくて、なによりもみんながたすけあって生きているすばらしい国なのです。
ところがおまつりの近づいたある日、女の子はきゅうにけんきゅうしつに来なくなりました。
いったいどうしたというのでしょう。まほうつかいは何も話してくれそうにありません。
気になった王子は、女の子のすんでいるところをさがしだして、何があったのかきいてみました。
女の子はうつむいて話しだしました。
「まほうつかいがわたしを新しいまほうのじっけん台にしようとするの。いやだといっても、やめようとしないの。
あんまりしつこいからわたし、お父さまをよんだわ。お父さまは〈ゆきのくに〉の王さまなの」
なんと女の子は王子と同じように、しゅ行に来ている〈ゆきのくに〉のおひめさまだったのです。
それに、まほうつかいはどうもいけない人のようです。
女の子たちがすぐにやめてしまうりゆうも、わかりました。
まほうつかいがこわいから、このことはだまっていてほしいというので、王子はしばらくは知らんぷりをしてしごとをつづけました。
でも、あの子のいないけんきゅうしつは、心なしかさっぷうけいです。
そこでようやく、王子は自分がおひめさまをすきになっているのに気づきました。
王子は、一こくも早く、この気もちをおひめさまにつたえたいと思いました。
「そうだ、〈ようせいのまつり〉の夜がいい」
そしてついにおまつりの日がやってきました。
王子はどきどきしながら町のひろばへむかいました。
おひめさまはいました。
きれいなドレスをきて、雪のけっしょうの形をしたネックレスをつけて、まるでようせいみたいです。
その日はずっと、けんきゅうしつのできごとはわすれて楽しくすごしました。
(本当に、こんな時間がずっとつづいたらどんなにすばらしいだろう)
いよいよおまつりもおしまいになりました。
王子は自分が〈もりのくに〉の王子だとうちあけ、おひめさまにいいました。
「ぼくはきみがすきなんだ。二人で〈ゆきのくに〉も〈もりのくに〉ももっとすてきな国にしよう」
けれどもおひめさまはこういいました。
「わたしにはいいなずけがいるのです。あなたの気もちにはこたえられないのです。ごめんなさい」
王子は立ちつくしたまま、おひめさまの後ろすがたを見おくりました
気づくと、雪のけっしょうのネックレスが地めんにおちていました。おひめさまがおとしていったにちがいありません。
つぎの日から、王子はしごとにもどりましたが、食べものはのどを通らず、けんきゅうもうわの空でした。
王子は今まで国や人びとのことばかり考えていて、自分のためになやんだのは今回がはじめてではなかったでしょうか。
そして、まほうつかいをゆるせないという気もちも、どんどん強くなっていくのでした。
「こんなしごとをいつまでもつづけるひつようはないな」
王子はけっ心しました。
王子はまほうつかいにいいました。
「ぼくはけんきゅうしつをやめようと思います」
するとまほうつかいはきゅうにこわい顔をしていいました。
「どうしてだい。りゆうをいわないと、やめさせないぞ」
王子はゆう気をふりしぼっていいました。
「あなたが女の子たちをまほうのじっけん台にしようとしたのを知らないとでも思っているのか」
まほうつかいはおどろいたようでした。王子はいいました。
「あなたのまほうのつかいかたはまちがっている。まほうはみんなをしあわせにするためにつかうものだ」
「うるさい! おまえなんか、こうだ」
まほうつかいは火の玉のじゅ文をとなえはじめました。
でも王子は火の玉からみをまもるまほうを知っていました。
まほうつかいの火の玉はきえてしまいました。
「こんどこういうことをしたらゆるさないぞ」
王子はいいのこして出てゆきました。
それから王子は一人でまほうのけんきゅうをつづけました。
あるとき、つくえの引き出しに雪のけっしょうのネックレスが入っているのに気づきました。
「おまつりの日におひめさまがおとしていったものだ」
王子はネックレスをとどけようと、おひめさまのところをたずねてゆきましたが、おひめさまはもう〈ゆきのくに〉へ帰ってしまったそうです。
王子はこまってしまいました。
「そうだ。〈ゆきのくに〉へ行こう」
いぜんからあこがれていた〈ゆきのくに〉へ、おひめさまのネックレスをとどけに行こうと思ったのです。王子はさっそく、北へむかってたび立ちました。
ところが北へすすむにつれてどんどんさむくなり、とうとう雪がふりはじめました。
それでも王子は休まずに歩きつづけました。あまりのさむさに手足は何もかんじません。
まわりは雪でまっ白になり、何も見えませんでした。
「さむくてもう歩けない……」
ついに王子は気をうしなってしまいました。
気づくと、王子はだんろの前にねかされていました。
「お気づきになりましたか」
そこにいたのは、なんとおひめさまでした。
「おしろの門の前に人がたおれているときいて、見てみたら王子さまで、びっくりしました」
おひめさまはたおれていた王子をたすけてくれたのでした。
おしろは雪のようにまっ白で、中はすっかりあたたかくしてあります。
「これをとどけたかったんだ」
王子はネックレスをわたしました。
「ありがとう」
つぎの日、おひめさまは〈ゆきのくに〉をあんないしてくれました。
(なんてすてきな国なんだ……)
おひめさまが国のあちこちをあんないして、ねっ心にせつ明するのをきいていると、おひめさまが〈ゆきのくに〉をどんなに大切に思っているかが、王子にはわかりました。
「じゃ、またね」
王子はなんどもふりかえりながら帰ってゆきました。
王子は〈せかいのみやこ〉にもどり、また一人でまほうのけんきゅうをつづけました。
ところがある日、〈ゆきのくに〉のししゃが王子をおとずれ、一つうの手紙を出していいました。
「まほうつかいからおひめさまにこの〈のろいのてがみ〉がとどき、こまっています。王子さまの力でのろいをといてください」
〈のろいのてがみ〉とは、あて名に書かれた人の目を見えなくするのろいのかかった手紙です。このままではもうすぐ、おひめさまの目が見えなくなってしまいます。
王子はのろいのときかたを知りませんでした。
でも一つだけ、おひめさまをしつ明からまもるほうほうがあります。
あて名いがいの人がちであて名を書きかえれば、のろいはあて名を書きかえた人にうつるのです。
王子がそういうと、ししゃは「わたしがあて名を書きかえます」といいました。でも王子は、
「かんけいない人にのろいをうつすわけにはいかない。もとはといえば、ぼくがまほうつかいをおこらせたのがいけないのだから、あて名はぼくが書きかえよう」
といい、ナイフでゆび先を少し切ると、手紙のあて名を自分の名前に書きかえました。
王子はししゃにいいました。
「もうすぐぼくの目は見えなくなってしまう。その前にもう一どだけ、〈ゆきのくに〉を見ておきたいんだ。つれて行ってくれないか」
「かしこまりました」
ししゃと王子をのせた馬は、いちもくさんに〈ゆきのくに〉へと走ります。
〈ゆきのくに〉にはようやくおそい春がおとずれたところでした。
ところが王子はいいました。
「ああ、なんてきれいな雪がふっているんだ」
ししゃはおどろいて王子の顔を見ました。今は雪なんかふっていないからです。
王子は目を大きくひらいて、なみだをながしていました。
王子の目はもう見えなくなっていたのです。
人びとは、このおはなしをかたりつたえました。
とおい とおい 海のむこう、〈ゆきのくに〉に光をささげた、一人の王子のものがたりを。
おしまい
おうちのかたへ
この物語には後日談があります。
後年、〈もりのくに〉は大きな戦争に巻き込まれ、王子も王国軍の総大将として参戦します。緻密に計算された戦略によって各地で勝利を収めた王子は近隣諸国から〈盲目の武神〉と恐れられるようになりますが、近代化された〈すなのくに〉の機甲師団との戦闘で銃弾を受け、その傷がもとで陣中に没します。
お姫様は許嫁である公爵と結婚し、三人の子供をもうけます。よき公女として夫を支え、民からも慕われたといいます。九十六歳という長寿を平安と幸福のうちに全うするのは、ずっと後のことです。
魔法使いは前述の戦争において、〈せかいのみやこ〉市民軍の顧問魔術師として雇われ、戦列に立ちますが、王子の率いる〈もりのくに〉王国軍の部隊が迫ってくると知るといつの間にか姿を消した、というエピソードもあります。
お子様が長じたときには、是非とも後日談を聞かせてあげてください。物語に対する理解がより深まるでしょう。
鈴木沢雉 投稿者 | 2022-11-15 06:09
文字数オーバーは私の不徳の致すところでございます。
削るところがないので、そもそも題材が掌編向きではなかったのでしょう。
合評会にはリモートで参加予定です。
大猫 投稿者 | 2022-11-18 22:40
まさしくこんな童話が読みたかったのです。タイトルが美しくて本屋に置いてあったら手に取ってしまいそう。語り口は自然で滑らかで。
個人的には使者が自分の名前を書く、と言ったくだりでホロっと来ました。本当に愛されているお姫様だと分かります。
こういうお話は子供の心に残りますね。
「おうちのかたへ」までついているのも心憎いです。大きな構想の物語ですね。ぜひ全編完成させてください。
吉田柚葉 投稿者 | 2022-11-20 08:29
とても良く出来た童話です。〈もりのくに〉の王子はもう少し若い設定でも良いかと思いますが、やっぱりこのままでも良いのかも……。
松尾模糊 編集者 | 2022-11-19 15:55
後日談つきで世界観が完成しているのが好ましい。働き者の王族というのが、プロレタリアっぽくていいですね。報われない悲哀は早くから知っていたほうがいいのか、悩みどころですが後日談で救われているのでいいかなと思いました。
曾根崎十三 投稿者 | 2022-11-19 20:21
後日談ない方がぐっと来る終わりだった気がしました。いや、でも二度おいしいのかもしれません。お姫様は王子様が呪いを引き受けたことは知ってるんでしょうか。知らない方が良いですね……。そわそわします。
あと私だけかもしれませんが、「もりのくに」を、括弧の形を「く」と思って、最初思いっきり「くもりのくに」と誤読していて恥!ってなりました。
鈴木沢雉 投稿者 | 2022-11-20 10:39
> 括弧の形を「く」と思って、最初思いっきり「くもりのくに」と誤読していて
そうなんですよね。横書きの辛いところです。《》を使ってもいいんですが、青空文庫形式だとルビになっちゃうんで。
諏訪靖彦 投稿者 | 2022-11-20 07:52
お手伝いの女の子を魔法の実験台にする下りから不穏な雰囲気を感じました。随所に暗喩が散りばめられていそうです。
鈴木沢雉 投稿者 | 2022-11-20 12:42
さすが靖彦さん鋭いです。不穏ですよね。何かありそうですよね。
小林TKG 投稿者 | 2022-11-20 09:34
ああ、あああ、って思いながら読んでて、スクロールして、
おしまい
って出てきて、ああああ、終わっちゃった。って思ってさらにスクロールしたらおうちのかたへって大きな文字で出てきて、うわあああって思いました。
波野發作 投稿者 | 2022-11-20 14:12
物語に登場する王子はだいたいロクな目に合わないが、今回もそうだった。彼に幸あらんことを
退会したユーザー ゲスト | 2022-11-20 15:12
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Fujiki 投稿者 | 2022-11-20 20:05
自己犠牲の美談だ。セクハラ魔法使いが怖い。
諏訪真 投稿者 | 2022-11-20 20:15
今実話の経緯を聞いて、初めて「おうちのかたへ」の部分が腹落ちしました。