よく考えて見ると、私は、西村京太郎の作品を読んだことがなかった。彼を取り上げたテレビ番組で、新幹線が好きなので、東海道新幹線の見える場所に豪邸を建てたということを知った。たしか、新幹線の往復で読み切れるような長さに工夫している、と言っていた。読んでみると、一時間で一二〇ページぐらい読めた。字がでかいのか、現代なら開いているだろう難読字も、いくつかあったが、読みにくいということはなかった。新幹線には乗らなかったが、御茶ノ水までの往復の時間で、課題範囲を読み終えることができた。私は大学一年生のときに中央大学の女性と付き合っており、聖蹟桜ヶ丘によく行ったので、鉄道付きの西村京太郎らしい、中央線の駅名が列挙された作品を、ひときわの思い入れを持って読んだ。
さて、文体模写はこれくらいにして本題に入ろう。本作では以下の二つの殺人事件について語られる。
- ゆすりをしていたライター久松実の三角山殺人
- 久松の下宿の大家である田熊かねのアルドリン(睡眠薬)殺人
課題の範囲「第十一章 A.B.C」まででおおよその謎は解明されている。まず、天使とは「エンゼルベイビー」であり、赤子のことを意味する。タイトルの『天使の傷跡』アルドリンの薬害によって奇形児となった子供のことである。犯人は山崎昌子で間違いない。田熊かねは目撃者だったので殺さざるを得なかった。残る謎は以下である。
- 写真の女性は誰なのか?
- 昌子の真の動機はなにか?
まず課題範囲の最後に出てきたエンジェル・ベイビー・チカラであるが、これは昌子の姉である時枝の流産したとされている第一子である。したがって、写真の女性は時枝である。
第二子の手に軽微な障害があるとおり、時枝はアルドリン薬害の犠牲者であり、チカラの手はつけねまでの長さしかない。東北の旧家である嫁ぎ先ではその第一子を認めず、東京の施設に送った。昌子はチカラの面倒を見るために上京したというわけである。久松はそのことを嗅ぎつけ、昌子をゆすった。金を払ってもゆすりが終わりそうになかったので、家族の秘密を守るために殺すしかないと思ったわけだ。
最終章を予測すると、昌子は罪を認め、服役する。島田は愛した女のことを記事に書くべきか悩む。そもそも昌子が殺人を犯すほど追い詰められたのは、奇形児を認めない旧弊な文化意識のせいだ。煩悶の末、島田は記事を書き上げ、その告発記事が本書のラストを飾る。
ある意味で松本清張『砂の器』の系譜を継ぐ社会派ミステリーと言えるだろう。
ところで、西村京太郎の本を初めて読み、「天使」「ABC」といった単語の辞書的な説明を載せるところがWikipediaの引用を最初にもってくるブロガーみたいだと感じた。
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