人生で一度だけ小説を書いたことがある。十八年前の二〇〇〇年、大学二年の夏休みをめいっぱい使って書いた。僕は文学青年だったわけではなく、当時は新書や実用書ばかり読んでいた。小説を書くのは後にも先にもこの一度きりになると思う。
執筆のきっかけは、高校一年のときから五年越しで付き合っていたガールフレンドだった。名前は宮里遥夏。自他共に認める活字中毒者だった。常に文庫本を持ち歩き、空いた時間にはページに目を落としていた。子どものころ、重度のぜんそくであまり家の外に出ず読書ばかりしていたことからついた習慣だという。
「夏休み、暇なら二人で何か書かない?」
一緒に期末試験の勉強をしていたある日、遥夏は唐突にそう提案した。彼女が創作にも興味があるとは知らなかった僕は少々面食らったものの、反対する理由はなかった。時間は持て余していたけれどアルバイトを探す気はなかったし、毎回デートに金を費やさなくても遥夏と会えるようになるのは歓迎だった。
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