ちっさめろん(10)

ちっさめろん(第10話)

紙上大兄皇子

小説

15,858文字

異能者集団○者の一員として許されざる罪を犯した探索者は妻の喪々々と娘のアイゴを連れ、オオサカズキ動物園へと逃げ込む。そう、彼がはじめて出会ったあの動物園だ。悲しい別れ、悲痛な決意、衝撃の真実……。スラップスティックSFとしてはじまったこの作品が、感動の大団円へとひた走る!

ところで、なんとかオオサカズキ動物園に行き着いたぼくらは、客のいない園内でほっと息をつく。里崎グループの令嬢を刺したんだ。このままでは済まないだろう。

「やっちゃったね」と喪々々は笑う。「ちょっと檻にかくまってもらえるか、頼んでみる。ここなら受け入れてくれるかも」

彼女は警備員と交渉するが、昔に働いていただけのアルバイトには冷たい。面倒に巻き込まれるのが嫌みたいだ。ぼくらは職員通用口で押し問答をする。なんとしても、かくまってもらわなくちゃならない。でも、耳を澄ませば、ふと聞こえて来る。

「そうだよアホだよ、それがっどうしたアホだよっ」

「パーク・マンサーだ!」

と、ぼくは叫ぶ。重役出勤のパークはビニール素材のボンテージ服を着ていて、それはかつて彼がテレビで活躍していた頃と同じ恰好だ。雰囲気もだいぶ明るくなっている。彼はぼくを見て「あ、白熊の!」と叫ぶ。

29パーク・マンサーと再会

「ろうしたんら、その格好は!」

「俺、副園長になったんだよ」

バカなパークが副園長になったことは信じられないけど、彼は快くオーケーしてくれる。ぼくらは親子三人で、「●☆処女」の檻に落ち着く。泪橋ゲットーよりは広いけれど、ほとんど外と一緒だ。とても長くはいられない。

「なあ、しばらくしたら」と、ぼくは震えながら言う。「ろこかへ身を隠そう。《なんれも知っている友人》なら、かくまってくれるかもしれない」

「だめよ。しばらくここにいましょう」と、喪々々は答える。「あの人が今、いちばん危ないんじゃないかしら。もしかしたら、私たちを捜してるかも」

「アロロロ……じゃあ、別に友達じゃなかったんらな」

「結局、○者はモルモットだったのよ。クローンを遺伝子改良技術の実験台にしたの。里崎博士は一部の人間にだけ、クローンを使った臓器更新技術を提供して、研究所の資金を捻出していたのよ」

「君も○者なのかい?」

「違うわ。私はただのクローンよ。○者はね、男しかいないの。Y染色体に改良を施したのが○者なのよ」

「それなら普通の人間の男と同じじゃないの? 女がXXで男がXYれしょ?」

「違うわ。○者は第二十三染色体がYYなのよ。二つの異なるY染色体を持った合成獣キメラなのよ」

「君はそこまれ知っていたのに、ろうして外の世界で暮らしていたんら?」

「私はただのクローンだから。研究所の秘密を黙っている代わりに、捕まえには来なかったの。実験の経過を見るためもあったんじゃないの。でも、できる仕事なんてなかった。それで動物園で見世物になってたってわけ」

彼女はいままでにないほど女らしく、憂いを帯びた顔をした。そして、自分の来歴について語りはじめる。真実を告げられた二十三の時のこと。外の世界に出て気付いた、見かけよりもずっと若い自分の心について。喪々々という自分の名前にひそむ死の影について。そういうことをぽつりぽつりと彼女は語る。ぼくはバカだ。なんでいままで、一度も話をしなかったんだろう。ほんとうに大事なことは、その人の歴史だというのに。シャイ谷もこう言っていた――存在とは物語の集積である。

「じゃあ、シャイ谷が君に会いに来たのは偶然じゃなかったんらな」と、ぼくは言う。「子供を残すことれクローンのすべてを変えるために、君に会いに来たんら」

妻はゆっくりと頷く。ぼくは彼女を抱きしめる。彼女の肩は小さく震えている。

「そうら、名前をつけよう。喪々々はちょっと不吉だし、あいつと一緒の音ら。君らけの名前をつけよう。君は……」

ぼくは考え込む。なにがいいだろう? そうだ、ぼくの好きなものから名前を取ろう。

「君の名前はシュガ美ら。いいね?」

シュガ美と名づけられた女は顔を上げて、「変な名前」と呟く。その大きな目は、びしょ濡れのまつ毛でふちどられている。

「らって、ぼくは甘あいものが大好きなんだもの」

シュガ美は頬笑む。そして、ぼくの胸へ顔をうずめて、「じゃあ、あなたの名前も考えましょ」と呟く。その言葉はぼくの胸へ響き、より深く、はっきりとした意味をもって伝わる。

「ぼくはいいよ。れも、たらの探索者じゃない。ぼくは《君らけの探索者》ら」

「それ、素敵ね」

「君とアイゴらけの、ね」

シュガ美は再び微笑む。

 

そして、その同じ笑顔が、一月後にはもう崩れる。

シュガ美はシャイ谷と同じ「感覚喪失」に襲われていたことがわかる。元になる核細胞がすでに古いクローンは、神経細胞から壊れていくのだ。彼女の場合は、左半身の感覚がなくなっていた。動物園では定期的な手入れなどできない。ぼくもやり方をしらない。症状はどんどん悪化する。顔の半分がだらりと垂れ下がり、表情が消える。

「もう、あたし死ぬから、アイゴのこと頼むね」

そう言って、シュガ美は「●☆処女」の檻の中で横たわっている。まるで、平然としていれば死が恐ろしいものではなくなるとでもいうように。

「なあ、聞いてもいいかい?」

「いいわよ」

「君は今れもシャイ谷のことが好きなんらろ?」

「どうして?」

「なんらか、そんな感じがするんら」

「やめてよ。私、もう死ぬのよ」

シュガ美はそう言って、半分だけ微笑む。

「らかららよ。別に意地悪を言ってるんじゃない。最後ぐらい、正直になっていいんら。好きな人の名前を思い切って叫べばいいんら。思い切り」

シュガ美は笑い、「私だけの探索者!」と叫ぶ。ぼくの鼻の奥はツンとなる。

「嘘をつくなよ。正直になれ」

「嘘じゃないよ。語り部が誘惑する言葉には逆らえないもの。でも、あなたのことは自分から好きになったの。長い時間をかけて」

そう言って半分だけの笑顔を作ったシュガ美は、もう一度ぼくの名前を叫ぶ。

「私だけの探索者!」

そして、その笑顔はさらさらと崩れていく。ぼくはアイゴを抱え、なかば途方に暮れながら、シュガ美の身体がさらさら崩れて死んでいく光景を見守る。

もうほんとうに死んでしまうという瞬間、ぼくは彼女にキスをする。長すぎる舌が少し触れ、彼女のほんとうの心を読んでしまう。そこには言い知れない感情が光の渦となっている。死のまぎわ、シュガ美は美しい思いに包まれているのだ。ぼくは言葉を失う。誰かの思いをそっくりそのまま伝える言葉を、ぼくは知らない。やがて、その光はふっと消える。

30喪々々の死

決して閉ざされることのないアイゴの視界には、母親の最後が映っている。灰のようになった母親の死体が、風に吹かれて去っていくのを、アイゴは哀切な泣き声で送る。アイゴー、アイゴー、と。

ぼくはパークに手伝ってもらって、看板をベンジンで拭いて「聖☆処女」に戻す。そして、檻の中に簡単な墓を作る。パークがライオンの檻から取ってきてくれた墓石に文字を掘る。

――Baby, you are mine.

「赤ちゃん、君は地雷だ、か……」

バカなパークは誤訳をする。でも、そのおかげでぼくはそれ以上の涙を零さずにすむ。シュガ美が死んで、一篇の詩だけが残る。他になにがいるというんだろう?

ぼくとアイゴは最後の探索に出る。まるで、余白を埋めに行くみたいに。フリーヶ丘のガキからぶん取ったセグウェイのバッテリーはあと二目盛り、荒野台までならなんとか持つ。

「また困ったら」と、見送りのパーク・マンサーが言う。「ここでカマ掘って……あ、ちがう、カマ食ってやるからな」

「それを言うなら『かくまう』らろ? カマを掘られるのはゴメンらよ」

ぼくはそう言って、動物園を後にする。

 

 

巨大マンション「グローバルビレッジ荒野台」が建設されるはずだった敷地内には、「地球村」という観光施設がある。そこにはムスリム・コミュニティが広がっているが、圧巻は泥でできたビル群だ。すさまじい労力を必要としただろう。それらの建物は五階建てぐらいで、ほんとうに泥で作られている。一切の継ぎ目がなくて、ガラスのはめられていない窓が、ぽっかりと暗い口を開けている。神秘的な外観だ。

ぼくはモスクらしい建物に向かい、「アッサラーム・アレイコム」と大声で呼びかける。開いた門の暗がりから、ターバンを巻いた混血の男が顔を出す。彼はアラビア語でなにかを言うが、ぼくは首を振る。

「日本人か?」

「そうれす」

「ムスリムではないのか?」

「はい」

男は不思議そうな顔をしている。たぶん、それほど日本語に通じていないため、「はい、~ではありません」という表現がわからないんだろう。ぼくは「ムスリムれはありません」とつけ加える。

「なら駄目だ。ここにはムスリムしか入れない」

「しかし、ぼくは大事な友人を探しているんれす」

2015年11月23日公開

作品集『ちっさめろん』第10話 (全12話)

ちっさめろん

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© 2015 紙上大兄皇子

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