ちっさめろん(8)

ちっさめろん(第8話)

紙上大兄皇子

小説

10,679文字

異能者集団○者である探索者は病院での生活を逃れ、組織の元を離れたが、そのために困窮することになる。ハローワーク通いを重ねる中、ある若者から鼻頭の噂を聞きつけ……いくつもの伏線が徐々につながり始めるスラップスティックSF。

無為な生活を送っていると、六月九日になる。もう病院脱走から二ヶ月だというのに、ぼくは例によってテレビの周りに集まる。ところが、その日はいつもと雰囲気が違う。

七時には夕飯になるからそろそろ帰ろう、と思いはじめた矢先、若者たちがテレビの前にワラワラと集まってくる。いつもと比べ物にならない、凄まじい人数だ。あっという間に、人だかりになる。普段は無気力な光を宿しているドニートたちが、キラキラとその目を輝かせている。

「なにかあるんれすか?」

と、ぼくは近くにいたドニートに話しかける。唇の両端をピアスで閉じた若者が、超おちょぼ口でモゴモゴと話す。

「今日は六時九分から『69ペス』があるんす。大宮で。行きたい」

「なんれすか、その『ペス』とかいうのは?」

「エヴリシングっす。俺にとって」

「それはわかりましたけろ……ろういうイベントなんれすか?」

「エヴリシングっす。それ以上はなんとも言えないっす」

ドニートはいつもこうやって自分の感想ばかり言う。ぼくはアイゴを席に座らせておいて、人だかりを抜け出す。コンピューター席はガラ空きだ。ぼくはそこで「ペス」を検索にかける。一件もヒットしない。でも、0件なんてことがあるだろうか? ぼくは怪しいと思い、パソコンのUSBケーブルを後頭部のUSB5・0スロットに差し、侵入を試みる。アロロロ! 思ったとおりだ。「ペス」というワードはパソコン内部の検閲プログラムによってブロックされている。

「ねえ、ちょっろすいません」と、ぼくは人だかりの後方にいるドニートに話しかける。「なんれ『ペス』って言葉はブロックされるんれすか」

「政府のせいだよ」と、髪をおサゲに結ったドニートは答える。「政府が俺らから娯楽を奪うんだ」

「なんれ政府は娯楽を奪うんれすか? 『ペス』はそんなに危険なんれすか?」

「危険じゃねえよ、おまえ、喧嘩売ってんの?」

「アロロロ……売ってないれすよ。たら『ペス』がなんなのか、知りたいらけれす」

ぼくは泣きべそをかいて言うが、結局返ってくるのは「エヴリシングだよ」という主観的な意見だ。「ペス」がなんなのか、まったくわからない。

仕方ない。ぼくは再びパソコン席に戻り、ブロックされた検索結果をダウンロードする。無意味な文字の並びとしてジャンク化されたそのデータを復元するには、すごく面倒なんだけれど、いったん自分の頭に記憶してから「舌読み」しなくちゃならないのだ。ぼくは舌を頭に伸ばして舐める。

ヘトヘトに疲れるが、ようやく「ペス」がなにかわかる。数年前から流行しているヒッピーカルチャーの影響下にある、《使徒69ロック》というバンドの主催するイベントだ。若者たちにカリスマティックな人気を誇るが、「儀式」に酔ったファン達が暴徒化することがあるので、政府から睨まれている。

「儀式」とはなんだろう、という新しい疑問が出てしまったけれど、それを検索する前に「ペス」が始まってしまう。ぼくはテレビの前の席に戻り、アイゴを膝の上に乗っける。

画面には大きく「使徒69ペスin大宮」というテロップが出る。テロップの文字はミミズのようにウネウネピチピチしており、気持ち悪いのだけれど、なぜか目が離せない。アイゴまでも食い入るように見ている。これも信仰を集めるための技術だろうか?

「これも信仰を集めるための技術らろうか?」

と、ぼくは思ったことをそのまま口に出す。でも、回りのドニートたちはそんなことに気付かない。テレビに釘付けだ。

凄まじい歓声。オールスタンディングの客席は凄まじい人波にうねっている。ほとんど全員が抱き合ったり、肩を組んだり、どこかしら触れ合っている。ソフトな乱交パーティーという感じだ。ステージ装飾は田舎の中学校の学園祭レベルだけれど、仲良さげではある。ときどき紙吹雪が舞う。

ステージにはギター×2、ドラム、ベース、キーボード、ボーカルの六人編成のロックバンドらしい集団がいる。演奏している曲は聴いたことがある。自分の頭を「舌読み」してみると……あった。グレイトフル・デッドの『ママ・トライド』だ。日本語訳詞で「母試した/母試した」と歌っている。演奏技術はなんとかスコア通りという程度で、スチールギターがうねって別世界を垣間見させるというほどじゃない。

続いて『暗い星』、『世界の目』、『砂糖木蓮』。曲目はすべてグレイトフル・デッドの曲を直訳したものである。演奏はどんどん拙くなっていくが、聴衆たちはかえって盛り上がっていく。ギターの押さえが甘くてボヨヨンと鳴ると、ギャーっと歓声が上がるという具合だ。どこがいいんだ、と思った瞬間、ぼくはその秘密に気付く。紙吹雪だと思っていたものは、ただの紙ではない。観衆たちはそれを手にとり、舌の上に乗っけている。LSDだ。

「LSDら!」

と、ぼくは思ったことをそのまま口に出す。テレビを見ている人がいきなり叫んだらバカっぽく見えちゃうかな、と心配するが、大丈夫。周りのドニートたちはそんなことなんて気にならないぐらい「ペス」に熱中している。

よく見ると周りのドニートには手を高く突き上げる奴がいて、その手は人差し指と小指をぴんと立て、中指と薬指と親指の先端をくっつけている、いわゆる「キツネ」の形だ。テレビの中の観衆たちもそうしている。たぶん、ピースマークのような共通のシンボルマークなんだろう。テレビの中で「コーン!」という歓声が沸き起こる。テレビを見ていたドニートたちも、いっせいに「コーン!」と叫ぶ。

21狐の手を上げて熱狂するヒッピー

最後の曲名『波紋』が告げられると、大歓声が起きる。画面の中の観衆たちが肩を組みはじめると、《こっちにおいで》のドニートたちも、みんなで肩を組む。ぼくはアイゴが押し潰されないよう、その輪から逃げ出す。カントリー調のギターが始まり、すべての人がその音色さえ合唱する。

 

黄金の太陽でぼくの言葉が輝いてくれたら

そして、弦のないハープでぼくの音色を奏でられたらなあ

ぼくの声が音楽に乗ってやって来るのが聞こえるかい

それがまるで君のものみたいに近くに聞こえるかい

 

こんなのありきたりだ

頭がぶっ壊れてるんだ

たぶん、こんなのは歌われないままの方がいいんだろう

知らないよ

本当はどうでもいいんだ

大気が歌で満ち溢れますように

 

波紋はまだ水面にある

小石が投げ込まれたわけでも

風が吹いたわけでもないのに

 

コップが空なら手を伸ばそう

コップが満ちているなら、もう一度満たしてもいい

このことは知っといてもいい

手つかずの泉があるということを

 

そして、夜の闇と夜明けの間には

単なる《道路》じゃない道があるんだ

そこを君が行くなら、ついてきてくれる人はいない

その道は君が歩くためだけにあるのだから

 

波紋はまだ水面にある

小石が投げ込まれたわけでも

風が吹いたわけでもないのに

 

導くことをえらんだ君は

やりとげなければならない

もし落ちそうになったら

一人で落ちるんだ

立ち上がらなければならないときに

導いてくれる人がいるとでもいうのかい?

もしぼくが道を知っていたら

家まで君を連れ帰ってもいいんだけれど

 

LALALALALA……

 

歌は終わったけれど、番組の終了まではまだ時間がある。バンドのメンバーたちはステージ上でぶっ倒れ、マタタビを嗅がされた猫のようにだらしない。数万人はいるんじゃないかという聴衆が同じような状態なのは壮観だ。ライブ会場全体がトリップしている映像が流れつづけているのは、そのライブ感を味わうための番組だからだろう。でも、テレビの前にいるニートたちはそこまでテンションを持っていけないらしく、なんだか羨ましそうに見ている。変な番組だ。

「変な番組ら!」

と、ぼくは思ったことをそのまま口に出す。でも、周りにいるドニートの誰一人として、そうは思っていないらしい。どうやら、この番組は彼らに好かれているみたいだ。ぼくにはそれが不思議でたまらない。だったらダウンロードしていっつも聞いていればいいのに。この一体感がたまらないんだろうか?

ところで、ぼくは唐突に大声を上げる。ステージの上にあの鼻デカ、鼻頭が歩いているのだ! なぜ、彼が「使徒69ペス」にいるのだ?

「ちょっと、ちょっと、あれは誰れすか?」

ぼくは近くのドニートに尋ねる。ドニートは短く「スマッキー様だよ」と答える。

「それらけじゃわからないれすよ。正式な名前を教えてくらさい!」

ドニートはものすごく面倒くさそうにして、「スマッキーシトウ様だよ」と答える。

2015年11月22日公開

作品集『ちっさめろん』第8話 (全12話)

ちっさめろん

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© 2015 紙上大兄皇子

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