乱れ髪の馬車は能楽の形相を時として無言駅へ向かわせる、面は難くガタイの葉擦れた格子の穴、木枠の落ちた断層は容易に伸縮を繰り返すばかり、あがり框で唸り声と猛火を空に映し出した、
一歩。
このさきに黄昏の森に、
――会いたい人がいました
草深くべっ甲の櫛に閉じ込めた、この胸にフミ浸ける。衣擦れの緑、暗闇で暴れまわる、胡散臭い葉の上を苦言の色、リズムに沿わせて、5円で買った瑠璃色を口に放り込む。
――こうして舌で転がし続けたけれど
薄荷のようなマーマレードの杜に、わたしたちがいました
この、わたしとは、知らない男に手解かれたマクラメで、描かれた天壌蛾ども。小汚らしい意図どこか切り忘れ、どのみち繋がっていた。この冷たい雨を銀砂と透し、崩し文句も交叉した悼みに近づくように残されたもの。
またはそのものの燻りだけを誂えることであった。
薄暗い蔵のようなカビ臭いところで、こちゃこちゃと並んだ小物たちに混ざり、このものだけが鮮明に残された記憶を思い返す、遠く懐かしい汐の香りがする、曇欠けのグラスに一雫と円を失くした。
また古い柱の陰で死んだはずの文鳥が巣を拵え続け。姿は見えないが気配もする、そして私自身の泣く声も、誰かの視線と感じはじめる。
そのうち、億星星の舟の縁を。また極小の砂粒の、すこしあいた塩気の勘ぐりに中たる、貝欠けた砂浜の小動物のあしあとだとして。今に触れる、獣道だと云うことになり……
その、いくつかの束ね、また誹り。
綿毛の靴はすこし窮屈で、沁み入るばかりのそよ風の、眩しい鈴をかざしている。しんみりとうたかたの燐粉だと仕舞い込んだ、露のこと
方向音痴の鼻歌を歩幅に喰わせて、朽ちるときまで風を咽む、花と云うには拙いけれども、このやわらかな腐葉土の歌を、どこかだれかが、運んでいった、アスファルトの視線に囚われた、みずたまりだろうなあ――
いま、根腐れを起こした黄水仙のツラだけが春を揺らす。
アクリルに浸された過去の針をそっと抜いて、浮いたり沈んだりしながら、明日の天気を占うようなホノカゲを籠目ている。溶けやしない、とめどなくミゾレの結晶。傀儡の糸で通していた。
ゆめ。跳ね橋の寒さは肺鋳ろに堪える。
ゆくゆく――ミネラルウォーターに口をつけた。
また豊穣に広がる灰色を、集めた水音はすこしずつ溶け込んで、腫れていく骨格。涙ぐむ糸のような気恥ずかしい街に、不器用に撒き散らした丁字路を通過する、渇いた鈴虫が、イヤフォンのあいだからヒゲを動かしては、調子良くステップしただろう。
酩酊の彼は誰時のやまやまを績む 草原と駈る紅蓮群青へ
空蝉は南風とともに吠え狂う氾濫と寄せて
いつもどこでも、ひょっこりと現れて耀く、まぶたのうらがわに焼き付いている、こころのどこかに刺さったままで、とても大事なコトを示している気がしてしょうがない。
多分、なんてこともない出来事の中で、不意に思い出しそのうち形ないものを今に具現化してここまで連れてきてしまったのだと、収めるべきものが現実に見つけられないままこうして、ふと脳裏によぎるばかりで――
ミニチュアの天球儀の中は
すきとおる波打ち際を思わせた
まぶたのおくで煌めく過去や未来に心はそぞろに歩き始めた、おぼつかないからだで、まだ自身を見いだせないまま、砂漠のような歌を、喉から絞り出したけれど、うまく言葉にできたかどうかは分からなかった。
静寂というより、空虚といったほうがよく似合う、古く軋んだ揺り椅子に腰掛けて夢を見ていた、たぶんそんな〝薄明と、無影灯〟といったところだろうが。
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