居留珈

大川縁

848文字

以前によくお世話になった喫茶店名です。練馬区の石神井公園に近く、色々なコーヒーを楽しめる上、カレーを頼むと味噌汁が付いてくる不思議な店でした。

石神井池からすぐのところにある居留珈という喫茶店では、

この日も常連らしき人が何人か陣取っている。

なにやら深刻な面持ちで話し合う二人の男の隣が空いていたので、

ブレンドコーヒーを頼んでくつろいでいると、隣から男たちの会話が聞こえてきた。

 

その話を要約すると、どうやら二人の内、年配の方の男が仕事を定年退職した際、

会社の起こした不祥事の責任を担がされて、退職金を支払わないと言われたのだそうだ。

年配の男が不祥事に関わったわけではないのだが、

この男はしきりに「お世話になったから、しょうがない」というようなことを繰り返し、

条件を飲んでしまったのだという。

しかし飲んではしまったものの、やはり腑に落ちないものがあったようで、

話し声にも不甲斐なさや、もどかしさのような震えが滲み、

冷静になったのか、人に相談することにしたようだった。

 

年配の男に説得を続けていた中年の男は、どうも弁護士らしく、

徹底抗戦の構えで年配の男を焚きつけようとしていた。

私が席に座ってからコーヒーを飲み終わるまで、しきりに

「――さんは何も悪いことしていないんだから、絶対に言いなりになっちゃダメだよ。

退職金をもらう権利があるんだから、絶対にもらわなきゃ」

というようなことを言っていた。

年配の男もわかってはいるのだろうが、なかなか踏ん切りがつかずにいる。

この年配の男のために奮闘しようという弁護士の言葉に、すぐに頷けずにいるのは

どういう理由があるのか、

私は席についている間、ずっと考えていた。

 

それから二人がどのような決断をしたのかは、私にはわからない。

 

ある時、夜の十時前に行くと、居留珈は相変わらず温かな灯りに包まれながら営業していた。

白髪頭のマスターに「ここは何時までやっているのですか?」と尋ねたところ、

少し間をおいてマスターは、

「そうですね、今日は十一時くらいまでにしましょうか」と答えたのだった。

 

 

2016年10月23日公開

© 2016 大川縁

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