津宮鳥居河岸

大川縁

1,174文字

千葉県銚子市まで自転車で行ったのはこれまでに二回で、これは初めて挑戦した日のことを書いたものです。下調べをあまりしなかったせいか、鳥居の存在はまったく知らずに見つけたため、より印象に強く残りました。

銚子市を目指すルートは二つあった。

松戸市から水戸街道を経由して、利根川の堤防を走る大利根サイクリングロードを走るか、

船橋市から成田街道を経由して匝瑳市まで行き、九十九里浜に沿うように東を目指すか、

選択を迫られていた。

散々悩んだ挙句、前者の利根川沿いから行くことに決め、

まずは水戸街道にのるために、環状七号線をひたすら自転車で走った。

その途中で中川を渡る横道に入り、慣れ親しんだ水元公園に出る。

ここはいつ来ても落ち着いていて、野良猫をよく見かける楽園だ。

 

野良猫を連れて帰りたくなる気持ちを堪えながら、

江戸川を渡って松戸市に入ると、水戸街道まではすぐだった。

ひたすら北東へ走り続け、町の景観を後にする。

利根川まで辿り着いた頃には、少し日が傾き始めていた。

 

大利根サイクリングロードは若干の横風はあるものの、

車も歩行者もないため、とても走りやすかった。

水戸街道でだいぶ体力を削られたが、これなら目的の銚子まで

難なく行けることだろう。

 

しかし、この認識がいかに甘かったのかを痛いほど知るのは、

すっかり日が隠れて夜になってからだった。

 

ほぼ外灯のない巨大な利根川沿いを、自転車のライトのみを頼りに

走り続けなければならなかった。

自分がどれほどの距離を走っているのかわからず、

ただ延々と暗闇が続いているように思えてくる。

遠くに見える灯りも、だんだんと減り始め、

砂利をぼんやりと照らす自転車のライトと、

夜空に浮かぶ雲間から、たまに現れる月だけが

唯一の灯りになってしまった。

 

疲労は蓄積され、休みをとりたくとも迂闊に脚を止められずにいた。

そもそも休めるような灯りのある所がないのだから、

まずは休める場所を探さなければならない。

銚子までの距離は縮まっているはずなのだが、

何故か追い詰められたような心持ちで、夢中で脚を動かす。

 

そんな余裕のない精神で出くわしたのが、あの鳥居だった。

香取神宮の旧参道にあり、堤防沿いで静かに聳える津宮鳥居河岸は

夜闇にぼうっと浮かび上がるように、しかし突然私の目の前に姿を現した。

 

瞬間、自分の心臓が止まったのではないかと錯覚した。

呼吸の仕方がわからなくなり、五感がすべて曖昧になる。

恐怖だけではなく、強い衝撃に打ちのめされた状態が

あらゆる機能を麻痺させているようだ。

 

利根川の静けさ、夜空の月、眠る山々、深い暗闇、

人は自分の存在が小さく思えるものに出会い、

さらにその存在があまりに大きく、

とても自分では太刀打ちできるものではないと直感した時、

このような状態を経験するのかもしれない。

 

私はこの時、畏怖の念を抱いていたのだった。

 

2016年10月21日公開

© 2016 大川縁

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