日影の因 

昏睡状態(第1話)

大川縁

10,280文字

「日の因子」と「影の因子」を軸に、光と影をイメージした詩を集めました。朦朧とした意識が捉える2つの因を感じてもらえたら幸いです。小説『影の影』と双子となる作品で、まずは数々の因を散りばめる大事な役割として、詩を先行公開します。

 

宿る

 

 

変電所跡地に捨てられた花を枯らせないように、

朝早くから水をあげるために通っていた君は、

近所で密かに噂されている少女だった。

両親も君の話になると眉をひそめ、

不快感を露わに、僕をこう諭す。

 

「アレに近づいてはいけないよ。

頭がオカシイから急に刺してくるかもしれない」

 

確かに君は、いつも病衣姿で、

艶の無い長く乾いた黒髪を撫でもせず、虚ろな眼差しを

ぼんやりと漂わせながら、真昼間の市内を徘徊していた。

その姿はまるで、この世の醜悪を押し込めて

何重にも鍵をかけた混沌の箱、つまり禁忌そのものを

ひた隠しにしようとする畏れの権化を、

君という透明な殻に全て委ねきってしまった、

ひ弱な人の願望のはけ口のようだった。

 

君の感受性はまた容易くそれらを受け入れて、

さらに一層、誰かの欲望の皮膜を厚くしているけれど、

どうしてか、僕にはそれが酷く虚しく思えた。

 

市では戦時中に被弾した変電所を史跡として残している。

戦災建造物は人の痛みを残す記録、そして

人の可能性の脅威を残す記録、であるにもかかわらず、

君に残る記録は未だ、

誰の目に触れることもなく、排除されたままになっていた。

 

素足で歩く君の姿は、路地で影になり、

クヌギの木蔭で憩う。

6月の雨水で流されて、排水溝から下水に下り、

人は君のことを、次第に忘れていってしまう。

 

僕は変電所の周囲に敷き詰められた花々が、

人の捨て去りたい過去への贖罪よりも先に、

君から降り注いだ水によって生きて欲しいと、

望んでしまっている。

これも人の願望、醜悪な欲望のはけ口なのかもしれないが、

凄惨な記録を残した君の、

人の願望とは裏腹にある、

何ものも犯すことのできないその指先から、

ただ愛でるためだけに与えられる水によって

育まれた花に宿るものを、

最後まで見届けさせてくれないか。

 

 

 

 

 

 

因因因因因因因因因因因因因因因因因因因因

 

流々 衝動的な悪意を堪えるなら

見過ごしてしまえば

そこは 遠ざかる日常の面影

 

思考の停滞 感情は海よりも深く

潮の満ち引きを韻律にして

言語を軽んじてしまう

 

誰かの 海辺に転がる貝を拾い

記憶された音波をつかまえてしまうのは

<何の因果>か

 

周囲で起こる 狂人嫌悪の連鎖

だが狂は どこにでも咲き得る 日影の因

雑草の花より 鮮やかな色で

 

因因因因因因因因因因因因因因因因因因因因

 

 

 

 

放射

 

 

それまでの日々は、呼吸を知らない退屈なもので、

ポリ塩化ビニルの水道管を潜り続ける、先の見えない

暗く寂しいところを繰り返すだけの永遠。

月がのぼり差す明かりは、決して私の肌には届かず、

人の声の温かみは夢の中でのみ再現される。

糸のように細くうねる、

この世界とは別に流れる生命線を、

手繰れど手繰れど、

未来に続いた手触りは一向に訪れず、

やがて蝕まれた身も心も、管の中で重みを増していく。

絶望することで、ようやく自己を取り戻したかと思えば、

それは底なしの鬱を招き入れ、

一歩、また一歩と、深い孤独へと落ちてしまう。

 

私は、自分がこんなにも劣弱な人間であったのか、と

自責を止められなくなっていた。

しかし、それは同時に、

誰かに向ける攻撃性の矛先を、

誰かに向けることができなくなった弱さと、

わが身可愛さの保身から目を背け、

事の真偽をすり替えては、責任の在処への

認識を誤ってきていた、

孤島での惨めな自虐でしかなかった。

 

 

でも、でもね、

 

ほら、どこまでも放射は広がり、

私はこうしてあなたの存在に気付くことができた。

 

あなたが遊ぶ広場の噴水で、私は初めて息をしていた。

 

 

 

 

沈黙が狂う

 

 

安堵に酔い痴れる場を 狂わす者がいる

が それは自然 ありふれた現象であり

本来 疑いの目を向け 問うべき対象は

それを邪鬼とするか 慰みとするかを

まるで自ずから導き出した決定 であるかのように

選択すること これを扇動し

沈黙の懐で 最も暗に語る 邪推に従属した

地獄の形相 そのものである

 

私は 恐ろしく単調な 共感の懐で

月に逆らう ことを否定する

旋律的な 自己愛への引力

これに長けた者だけが 口にする

優れた調律の籠に揺られる 胎児の心地を

 

ここで 繰り返す 内省は燃え盛り

隔たれた外は 葬と焼野原

 

沈黙が狂う

動機の端々で 思惑の交叉で

悪い夢に魅せられた人々の

怠惰な願いを終わらせるため

西日の差す 灰の下

新たな芽吹きを待つままに

 

沈黙はその狂いの刃で

腹を裂く

 

 

 

 

日の因子

 

 

自転車に乗り 坂を下る

あの 遠くで笑う 飛行機雲は

向日葵の咲く ボクらの町へ

 

ボクは坂で転び 膝を擦りむいて

そこから流れた 赤い液体に触れる

 

小石が骨に届いて なかなか取れないけれど

それが 何故か誇らしくなって

急に キミに見せたくなった

 

壊れた自転車を 押して歩く

歪んだ車輪が 軋みながら回転する

運命も この車輪のように 歪んだ軌道を

戻せずにいるだけなのかもしれない

 

はやる気持ちを抑えきれず

空の色が滲む頃

ボクの臆病な心が 見つめている

 

向日葵畑に隠れた キミの住処に

落とされた核弾頭の数を 数えて

 

その数が大きければ 大きいほど

ボクはキミのことを

夏の影に 思い出す

 

遠くで笑う 飛行機雲は

次の向日葵の咲く どこかの町へ

ボクは その尾を眺めては

キミのいなくなった世界に まだ

車輪の軋む音を聞いている

 

 

 

光の池

 

 

レヘトはひとり光の池に憩う。

妻はもともと身体が弱く、心臓を悪くして死んだ。

1年後、それを追うように子も流行り病で死んだ。

 

二人の墓は大樹の並ぶアーラ神社の奥、

ひっそりと静まり返る彼岸花の群生を抜けた先

仏岩から染み出した水が溜まってできた

光の池を臨んでいる。

墓石は北西に栄える産地から青石を調達し、

レヘトが最も美しいと思う形に削った。

2つの墓石、刻まれた親しみのある名前。

供えられた赤い花。

 

墓石の表面を反射する池の明かりに照らされ、

レヘトは今日あったことを二人に話す。

野ウサギを捕まえた話、オオスズメバチの巣の話、

御神木から滴る樹液の話、

焚火が弱まるまで話は続き、

オオカミの時刻がくるとレヘトは寝床に帰る。

池の水で巨大に育ったワラビ・ゼンマイの茂み、

隠された洞穴の中に寝床はある。

 

洞穴は奥へ行くと広がり、天井が少し高くなる。

レヘトは10年かけて、洞穴内に絵を描いた。

それは物語で、レヘトが最も記憶した二人の

滅びた肉体から出た魂が、

また新たな命として転生するというもの。

 

再生の物語が、眠りにつくレヘトの心地を

安らかな毛布で包む。

人は星として生まれ、死んでいくのを

何度も繰り返し見てきた。

 

記憶はどこに行くのだろう。記憶は誰のものなのだろう。

光の池のほとりで、レヘトは深い眠りにつく。

記憶の明滅が応じるように、

光が洞窟内の絵画を、照らしている。

 

ここでは、人の記憶も、生も死も、

すべてが呼吸をする肺のように、

膨らんではしぼみ、

有限の宇宙として存在している。

 

 

 

雫になる

 

 

成熟した内奥 から伝わる

地鳴りと咆哮

色鮮やかな溶岩 噴出する飛沫

すり替えられた相の記録

断続的に現れる投影

これらが覆い尽くすまで 高まる

 

広まり 集積し 光を失うまで 循環し続ける

 

囚われの心理体は未だ

堕落した塔 より噴煙の広がりを見つめ

瘴気に満ちた虚ろの狭間を 離さない

 

崩れ落ち 燃え盛り 屈折しては 見上げる

 

空を駆ける流星に名を与え

砂地を耕した祖先の祈り

青の島で 墓石に刻まれたのは

死者の記憶 生者の虚言

 

しかし どれだけの非とした事象が

空を覆いつくそうとも

それらは やがて雫になる

 

 

 

 

仮の心臓

 

 

ウリヴィヌの身体は心と離れている

身体はアルタイル 心はデネブ

影のベガとともに 夏の大三角形を描く

 

ウリヴィヌは労働者

果樹園で収穫したブドウの種を乾かし

石臼で粉末にしたものを革袋につめる

革袋を10満たして銅貨1枚

労働による対価を得る

 

対価はヤウトの満足のため

必要な枚数の銅貨を集める

それは祭壇の準備に必要不可欠なもの

ヤウトが満足できなければ

ウリヴィヌのデネブは

皆既日食の先で永遠に

その輝きを失う

 

ヤウトとは器

アルタイルはヤウトの仮の事象

 

やがて琥珀の中の時

時の中の儀礼が始まる

動機は 三角形の角三点を

中心に集めるため 欲望の中心点

 

ウリヴィヌは祭壇に臓器を並べる

その中に心臓はなく

アルタイル デネブ ベガ

これらの三角形の中心にこそ 生じ得る

しかし これはあくまでも生成であって

奇跡というまやかしではない

 

犠牲とは再生のための要素

臓器はなるべく生の循環が途切れる前の

新鮮なものが良い

 

ウリヴィヌはこの日のために

貧民街にある闇市で 孤児を買い揃えた

まだ言語を発することができない者

ある程度教育の行き届いた者

値段は様々だったが

ウリヴィヌにとって重要なのは

それの臓器に不備がないか

すでに一部を別売され 欠損があるのではないか

だけだった

 

火が焚かれ

ウリヴィヌの欲望が燃え盛る

 

祭壇の隅に孤児の亡骸が転がる

並べられたまだ生の名残ある臓器

広がる血液の海

夏の大三角形に預けられた中央で

 

今宵 ウリヴィヌの仮の心臓が

その本来の姿を取り戻そうとしている

 

 

 

 

透明な世界

 

 

変な人だな、って思ってた。

だっていつもクラスの誰とも馴染もうとしないし、

ちょっと目を離すと

カーテンの隙間に隠れて鏡の国と連絡したり、

カーテンに巻かれて台風を呼んだり、

ちょっと恐いな、って。

 

みんなが影で色々言っているのを聞いて、

ワタシはK君のことを透明な世界の住人なんだ、って

考えるようにした。

それで納得できた。

 

そうしたら、今度は不思議なことに、

まるでK君のそれが乗り移ったかのように、

ワタシの世界が少しずつ変わっていった。

 

どう変わっていったのか、

うまく言葉で説明できないのだけれど、

それまで当たり前のように見過ごしてきていた

身の周りのものが、当たり前に見えなくなって、

―――

 

たとえば夕焼けを背に、影になった町の輪郭が、

一瞬だけ虹色に光ったかと思うと、

次の瞬間には、全てが反転していていた。

 

先生の左右の瞳の色も、

仲の良い友達がワタシにも内緒にしているアドレスも、

イジメられている子の鞄の中で暴れまわる三葉虫も、

全てが反転して、それを

みんな当然のように振るまっていた。

 

ワタシは変になってしまった。

以前とは違う、生き物になってしまった。

理科室でモルモットにされないために、

必死にみんなと同じように

笑ったり怒ったりしているのが辛い。

 

でも

いつもの帰り道、方角さえも逆さまで、

少し恐ろしいはずなのに、

どうしてか、

砕いた宝石の粒子のように

きらきらと輝く視界を、

難なく泳いで渡るK君の姿を見つけては、

この透明な世界を

ワタシも泳いでみたいと思ってしまう。

 

 

 

 

夜に成るまで

 

 

昏睡に至る 星の衰弱 鉱石採掘の崩落

炎熱を孕み 噴煙を吐き出す霊山 空の病が雨を降らす

水を欲し 水を模倣し 水を支配する一族

崩れ落ちる氷山 鳥の群れは さ迷う

 

4の暴力と 8の惰性

6の愛欲が巻き上げる砂埃を

2の狂気が駆けている

 

夜の詩 樹木の葉で肌を裂いた放浪者は

経に静まり いずれ失う尊びの最中で

耳を 眼を 口を 鼻を 指を

臍を 失う

 

それが望みだった それでとうとう

本当に 静まり返った

 

吸い込まれる滝壷の 渦の中心に築かれる

藁で編まれた民の幻想

 

9の放蕩と 3の悪癖

7の裏切りが笑う 1の悪意の傍で

5の罪はまだ

星を縛り続けている

 

夜に成るまで 世界は純粋さを失わず

ただ激しく ぶつかり合う

 

 

 

 

最果て

 

 

ここまでついて来てくれてありがとう。

もう大丈夫だよ、心配ないよ。

私には、あまりに出来過ぎた道のりだったけれど、

そのひとつひとつを鮮明に思い描きながら、

これより先に待つ困難を

乗り越えていこうと思う。

 

夜明けを過ぎれば、

次の世界での日常が、

また、あなたの胸中で廻り始める。

 

巡る世界に腕を広げて、

目を瞑れば幾数億の銀河をさすらう。

 

いつかまた散りばめられた因に引き寄せられ、

同じ星の日影になることがあれば、

その時は、またひとつになろう。

 

最果てに、1を想い。

 

 

 

散る

 

 

散る/は/世界//の茎/の枝/の根/の脈

花/は/万物の肯定//肯定/の/発芽

終/と/花弁をひとひら/

球体/を象る/輪郭//思念/情操/

また/散る/は/世界//

帰巣/に/揺蕩う/因果の哀しみ/

 

散る/は/位相/

散る/は/崩壊/

散る/は/散る/は/散る/は/

散る///

 

 

 

 

残影

 

 

学校からの帰りにH君に誘われ、カラス団地の裏の雑木林で一緒に遊んだ。

藪をかき分け、地図の未開地に×印をつけていく宝探しのような気分だった。

しばらく進むと、複雑に折れて絡み合った針金の塊を見つけ、

H君はそれを「巣」と名付けた。

 

巣の中には、よく見ると何かがいるようだったが、

針金の影になってそれが何なのかは、わからなかかった。

僕は巣を脇に抱えると、H君の背中を探した。

足の速いH君は次の宝を探しに、先に行ってしまっていたからだ。

 

巣の中から何かの息遣いが伝わってきている。

僕はなるべく中を見ないように、巣を刺激しないようにした。

そうしないと、今にもこの針金の隙間から何かが、

問いかけてくるのではないかと思えてならなかった。

「―――――――――――――――――――、――――――――――――――――――」

僕は耳を塞いだ。

 

H君を見つけると、そこは用水路のそばだった。

江戸時代にこの辺りの水を確保するために造られた水路で、

水面に影を浮かべる鯉の姿が何匹か見られる。

雑木林に来る前に、この先の下流で、

新入生の4人組が遊んでいるのを、僕らは確認してきたばかりだった。

彼らは皆、そこのカラス団地に住んでいる連中で、

今年の4月に桜の舞う入学式を経て、初めての夏休みを堪能しているようだ。

ザリガニを掴まえて遊ぶ4人は、靴を脱いで裸足で水に入り、

太陽の光と戯れるように、はしゃいでいた。

 

H君は、鞄からビニール袋を取り出して、中にあった瓶を僕に手渡した。

「次はどんな宝が欲しい?」

 

瓶のラベルには見覚えのある薬品の名が書かれていた。

僕はH君が理科室から、

危険な薬品を勝手に持ってきていることを知っていた。

もちろん、それがとてもいけないことで、

もし先生や、親にばれたら

僕らは二度とこうして、一緒に遊べなくなることも

知っていた。

 

でも、僕はH君の行いを止めようとは思わなかった。

なぜなら、心のどこかで僕もH君と同じように、

あの用水路の水さえ汚れてしまえば、

今よりもっと面白いことが起こりそうな気がしていたからだ。

そこに根拠なんて何もない。

ただなんとなく、そう思っただけだった。

 

カラス団地の方から、賑やかな話し声が聞こえてきていた。

何も知らない大人があまりにも楽しそうに話しているので、

僕らは顔を見合わせて笑った。

あの話し声の主がどんな人間かわからない以上、

下流で遊ぶ4人組と関係がある可能性が

0ではないという絶対の条件が、たまらなく愛おしかった。

 

団地の居住者ではなく4人と面識がなければ0、

居住者ではなく4人と面識があれば1、

団地の居住者で4人と面識がなければ1-x、居住者で4人と面識があれば1+x、

そして居住者で4人と血縁関係であれば1+x+y、

人口から考えればたった4人程度との関係についての確率は0に近くなるというのに、

カラス団地で世間話をしていた、という条件が加わるだけで、

0という可能性は限りなく低くなってしまう。

 

カラス団地を中心とした雑木林と用水路との関係性。

この領域に足を踏み入れることは、同時に僕らの行為と関係を結ぶということだ。

0から遠ざかる選択肢を知らず知らずのうちに選んでしまっている。

 

すぐそばにある他人の「当たり前」の領域を踏みにじり、

尚且つ、それが「当たり前」でない領域になる境界を、

僕らは今まさに線引きしようとしている。

まるで神様にでもなったような悪戯は、どんなゲームより刺激があった。

 

気づくと、抱えていた巣の中にいる何かの息遣いが、

先ほどよりも荒くなっている。

もしかすると巣の中の何かも、

僕らがこれからやろうとしていることを知っていて、

傍観しながら笑っているのかもしれない。

 

「お前も同じ気持ちなのか?もしそうなら一緒に楽しもうよ」

「―――――――――――――――――――、――――――――――――――――――」

僕は手に力を入れた。

瓶の蓋は、僕が思うそれよりも遥かに軽く感じた。

 

 

●●●●●●●●●

 

 

どれくらい走っていたのか、

辺りはすっかり日の光が届かない暗闇の中で、

たまに近づいては遠ざかる外灯の明かりだけが、肌に感覚を伝えていた。

 

雑木林を出た今も、何かに追いかけられている気がしていた。

背後の足音に怯えているのは、水面に腹部を晒して浮かんだ鯉の死骸を

目の当たりにしたからだろうか。

それともカラス団地の方から聞こえていた誰かの声が、

酷く取り乱した聞き苦しいものに変貌したことからだろうか。

僕らの行為がカラス団地を中心とした関係性に、

垂らした変化の広がりは、1を連続してどこまでも染み渡り、

0の原野を徐々に浸食している。

たった一滴が、あらゆる1に及ぶ可能性に酔い痴れ、

僕らは狂喜しながら雑木林を後にしたはずだった。

 

けれども興奮はながくは続かなかった。

僕は何か、とても大事なことを忘れているような気がして、

不意に恐くてたまらなくなった。

つい先ほどまでの身体中を突き抜ける快感とは真逆の、

おぞましい気分が、僕の背後に幻を創りあげていた。

 

何かが後ろから追いかけてきている。

怯える僕は残影として、H君の後を追った。

やはり足の速いH君には追いつけそうになく、

いつしか、その背中ですら見失ってしまっていた。

これ以上離れてしまうと、僕はH君に2度と会えないかもしれない。

混乱する思考を無理にでも落ち着かせないと、

冷静にならないと、恐くて振り返ってしまう。

そうしたら僕は僕でなくなってしまう。

 

H君がいないと、僕は壊れてしまいそうだ。

あらゆるものから不信の種が発芽していく。

H君はどこに行ってしまったの?どうして僕をおいてけぼりにするの?

僕は嫌われてしまったの?僕はもういらないの?

H君はどんな声をしていた?どんな言葉を僕にかけてくれた?

どんな顔をしていた?どんな表情で笑った?

怒っていた?泣いていた?

H君はなんていう名前だった?なぜ僕はH君の本名を知らないの?

本当にH君は僕と一緒にいた?僕らはどんな遊びをしていた?

H君は本当に存在していたの?

 

雑木林を出てすぐに捨てた巣の中にいた何かの言葉が、

何度も僕に投げかけられていたその言葉が、

頭の中で狂ったように鳴り響いていた。

 

「影ははじめからずっと1人でしかないのに、どうして誰かの背中を夢見るのだろうね」

 

 

 

 

パンジー

 

 

私は、その発言を否定する。

何故なら、あなたが発言する前から、

すでに私は否定する準備をしていたから。

幾通りもの可能性と、その弱点を考え、

あなたを墜落させるために、

何度も何度も、執拗にその言葉を打ち砕いた。

 

あなたの敵対する意思が伝わってくる。

私はそれよりもさらに強い敵意を、

あなたにぶつけなければならない。

私が望んでいるから、

あなたはこの世界から落ちなければならない。

 

そうして何ものも、この状況を覆すことはできなくなった。

もはや私自身でさえも止めることのできない。

暗示的な世界の結末は、やはり暗示でしか現せないのか。

 

もし仮に素直になれる時がきたとして、

その安らぎは一体どんな色で、咲いているのだろう。

私はいつか見た花の頃に、微かな動揺を感じていた。

 

 

 

 

影の因子

 

 

キミを とても好いている

 

暖かなその眼差しが

ボクの体温で 冷めきってしまうのを

恐れないで

 

夜明けを待つ人の目を眩まし

ともに 病室から抜け出して

夏の住処に帰ろう

 

防護服に守られた人は

怯えるままに銃を乱射し

最後は 自らの喉を撃ち抜いたよ

 

弾道から逃れたボクらは

空を駆けながら 街の灯を足元に

争いは決してなくならないことを知った

 

ボクは病衣のままのキミの手を引いて

人の夢と夢とを橋に 新型ウィルスを降らせる

どんな研究も太刀打ちできない

強力なウィルスの繁殖力

 

祈りを捧げる人も

研究室に籠る人も

たとえ目の前の窓は違っていても

ガラス越しに見上げた先の あの星屑みたいに

キミの瞳と 真っ白な肌の輝きとをつないで

新しい星座を描いてくれるだろう

 

その無限の可能性を秘めた想像力で

夏の夜空に ボクらは住処を求める

 

 

 

 

遊ぼう

 

 

きれいな丸を集めて、

影を踏んだら、水飛沫があがった。

虹ができて、僕らは揺れるブランコから

その向こうに遠ざかる空に、

虹を映したシャボン玉の、

決して壊れることのない夢を見ていた。

 

畦道を走るスニーカーを数えて、

迷いなんて微塵もなくなっていた。

ただ心が躍るままに、

次のことばかりを考えていた。

 

小川に垂らした釣り糸の先で、

君が何をみていたのか。

あの時から気になって眠れないんだ。

 

だから教えてくれよ。

明日の朝が待ち遠しくて、時間を歪めてしまいそうになる。

昨日の今が、今日の明日であるように、

未来も過去も、瞬きと呼吸を繰り返して、

遠くの傍で、内も外もなくなる。

 

どうすればまた君と遊べるだろう。

跳ねたボールを掴まえ、縄跳びの音。

夕暮れまで鬼ごっこ、かくれんぼ。

影がいなくなってしまう前に、約束だよ。

 

数え切れないくらい、たくさんの楽しいこと、

転んだり汚れたりしながら、

 

また遊ぼう。

 

 

 

2016年6月22日公開

作品集『昏睡状態』第1話 (全17話)

昏睡状態

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© 2016 大川縁

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