生に至る病

合評会2023年03月応募作品

黍ノ由

小説

4,328文字

お題を見て一度は諦めたのですが、自分なりに捏ねて挑戦してみました。ロマンス要素は少なめになってしまいました。

 症例4 

 女性 17歳(初診時) 高校生

 経緯:地域のゾンビ外来受診時に担当医が異変に気付き当施設へ紹介

 

 以下は3回に渡る問診時の発言を書き起こしたものとなる

 

 第1回 問診 令和3年10月

 

 ゾンビクラスへの最初の印象ですか? それはもう、嫌悪のひとことでしたね。そもそも私たちが暮らす地域は田舎だし、都内で感染件数が急増しているっていう報道が出たあとも、地元では1件も発生していなかったんです。それが県内のワクチン接種率が50%を超えて、行動制限が解けた辺りで初めてのケースが報告されたと思ったら急激に増えたんです。

はじめの頃はテレビで見るたびに怖かったし、罹ってしまった人やその家族に同情する気持ちも大きかったんですけど、時間が経っていろいろわかってくると印象が変わりました。

先生もご存知でしょうけど、都会で報道されているのと同様に、感染源はワクチン未接種の10〜20代だったんですよ。それもいわゆるスクールカースト上位に位置する人たちってやつです。
 それは私だって同世代ですから、ワクチンの副反応を考えたら接種したくないなって気持ちになるのはわかります。実際いまだにたくさんニキビ跡は残ってるし、体重だって元々痩せ型なのに接種後は急に5キロも増えました。だからって、家族や社会のことを考えたら「接種しない」っていう選択肢はなかったですよ。でも彼らはそうせず、行動制限が解けた途端に外出してああなったわけですから、自業自得な部分もあるわけじゃないですか。

 それで大人しくしてくれるんならまだわかるんですけど、ここへきて「ZONBIE LIVES MATTER」運動が始まって、学校にもゾンビクラスの設置が義務付けられたわけですよ。

公には言えなかったけれど、正直なところ、適切な対策を取らずに好き放題やって罹ったことは棚に上げて、都合よく権利だけ主張するのはずるいのではというのがはじめの印象でした。

 

 あ、そうですよね。これだけ悪口言っておいて、どうしてそのゾンビクラスにわざわざ入ったかっていうところですよね。きっかけは親友の小暮友紀さんなんです。6月だったと思うんですけど、小暮さんが授業中に急に倒れたんです。その様子がもう普通じゃなくて、白目剥いて全身ガタガタ震わせてて、すぐ救急車で搬送されたんですけど、みんなあれはゾンビ化に違いないって話していました。私も心配でその夜から何度もLINEしたんですけどずっと未読のままで、そのまま夏休みに入ってしまったんです。ずっと心配していたんですけど、新学期になってゾンビクラスに登校した小暮さんを見たら、安堵よりも驚きの方が強かったです。以前のぽっちゃり体型からふた周りは細くなって、スカート丈も膝上になってて化粧もしてて、もう別人でした。

 私と小暮さんはいわゆる真面目で大人しい、クラスでも目立たない存在だったんです。私自身はそれに満足していたわけでもないんですが、おしゃれもわからないし、途中でスカートを短くしたりして「陰キャがイメチェン図ってる」みたいに言われるのも怖かったし、何より小暮さんにそれを感づかれるのが嫌だったんです。私たちは親友だったけれど、お互い牽制しあっている部分もあったんだと思います。

 その小暮さんの1歩どころか100歩飛び越えたくらいの変化を見て、驚いた後に「その手があったか」って思ったんです。

 それで私もと思って、秋の連休前に学校で倒れて連休明けにゾンビクラスに転籍しました。実行までにはいろいろ調べて準備もしました。倒れる練習はもちろんですし、あの独特の表情をつくるために、特注のカラーコンタクトも用意したし、ダサい自分を変えるためにメイクやファッションの勉強もしました。おかげで学校では計画通りに事が運びました。さすがにゾンビ外来ではうまくいかず、こうして先生のところへ来ることになってしまったわけですが……

 ゾンビクラスに入ってからの印象ですか? あのノリにはついていけないところがあります。特にパニックタイムになるとまだまだ恥ずかしさはありますね。でも普通クラスにいたときは迷惑としか感じなかったけど、今ではパニックタイムの重要性がわかります。普段薬で症状を抑えているとはいっても、定期的にああやって放出してあげないと彼らも辛いんだと思うんですよね。実際パニックタイムの後はみんな明らかにスッキリした表情に変わってるんです。それにああいうときって周りは「ゾンビたち全体」を見ているから個々人の動きには大して注視していないってことに最近気づいたんです。それで1回だけパニックタイム中に勇気を振り絞って大きな声を出してみたんだけど、誰も気にしないんです。ちょっとあれは快感でした。

 

 

 第2回 問診 令和4年2月

 

パニックタイムでの恥ずかしさですか? もう完全にないですね。むしろ何が恥ずかしかったんだろうって感じ。もうあれはうちらにとったらパーティータイムなんで、どれだけ開放して自分を表現するかにみんな賭けてますから。

 クラスメイトへの印象も大分変わりましたよ。前までは私が閉じてる部分があったけど、こっちがオープンなら向こうも正面から受け止めてくれますし、全然嫌な人たちじゃないよって昔の自分に教えてあげたいくらいです。今じゃ次のパニックタイムに何したいかとか一緒になって盛り上がったりしちゃいますもん。

 小暮友紀さん? あー友紀ちゃんはうちらのグループじゃないんですよ。というか、正直転籍してからは友紀ちゃんとあえて距離をとるようにしてたんですよね。なんていうか、そこでまたつるんじゃうとお互い殻を破れないかなっていうのもあるけど、もともとお互いをライバル視してる部分も少しあったし。それに友紀ちゃんとは好きな人がかぶってるから応援し合えないってのも大きいかな。

 好きな人は佐々木くんていう、普通クラスの男子です。元クラスメイトですけど、私や友紀ちゃんのポジションじゃ関わることなんてもう全然だったんです。でも友紀ちゃんクラス変わってからちょくちょく普通クラス覗きに行って、佐々木くんにも話しかけるようになったんですよね。それ見たらやっぱ悔しいし、私も佐々木くんに挨拶とかするようになりましたもん。今じゃ雑談もできますよ。Zクラ、あ、ゾンビクラスのことをうちら「Zクラ」って呼んでるんですけど、Zクラの子たちはふざけて「もうすぐバレンタインだし、ガブっと噛みついちゃえ」なんて言ってくるんです。まあ私はフリしてるだけだからそんなこと絶対ないけど、佐々木くんいい匂いするし、噛みたくなる気持ちがわからなくもないな〜なんて思ったりしちゃいましたね。

実はね、来年度は普通クラスと統合することになってるんです。教育のインクルーシブ化ってやつ。だから佐々木くんとまた同じクラスになるチャンスもあるかなって期待しちゃってます。

 それより先生、確認なんですけど、ここで喋ったこと、学校には本当に知らせないんですよね? 最近ファッションゾンビが支援金不正受給してるっていうニュース多いじゃないですか。それでうちの学校でも本当にゾンビ化してるかどうかの検査が始まったんですよ。私はまとめ買いしてたからよかったけど、ゾンビ仕様のカラコンも販売禁止になったし、結構取締りも厳しいからここから漏れないか不安で。

 

あぁ、そうなんだ。よかった。なら安心です。

 

 

 第3回 問診 令和4年5月

 

 クラス統合、ちゃんとされましたよ。権利を保証することは大事だけど、そうやっていつまでもゾンビと非ゾンビって分けてたら、壁ができるだけだからね。もう今じゃ日本は総人口の15%がゾンビなんだから分けるんじゃなくて、どうやって協力していくかを考えていかなきゃ。

 佐々木くん? あぁおんなじクラスですよ。佐々木くんと言えば、すごいことがあったの。友紀ちゃんいたじゃないですか。彼女3月のファッションゾンビ検査で引っかかって、普通クラスに戻ったの。その後、佐々木くんにいろいろ相談してたらしくていつの間にかふたり、付き合うことになったんだよね。もういろいろびっくり。友紀ちゃんがゾンビのフリしてたのも全然気づかなかったけど、佐々木くんとうまくいくことになるなんて。まぁ結局私と友紀ちゃん、ふたりともやっぱり似てたってことかな。

 でも今の友紀ちゃんと私は全然違いますよ。だって彼女佐々木くんと付き合い出してから、Zクラだった子たちのことはガン無視だから。なんかそれ見て、私もガッカリだし、そんな友紀ちゃんになびいた佐々木くんにももう関心なくなっちゃった。友紀ちゃんは結局自分のためにゾンビを利用したわけだけど、私は同じニセモノでも、ゾンビと非ゾンビとの隔絶を解消するような架け橋として存在したいなって今は思うんだよね。

 先生聞いて、私の夢はね、いつかゾンビっていう言葉がなくなることなの。いろんな名前があって当たり前みたいに、ゾンビかそうじゃないかっていうこと自体が個人の魅力を左右する大した問題にならないような、そういう社会にしていきたいんだよね。

 でも今はまだまだそれには遠いの。まずはゾンビの権利をしっかり確立させなきゃ。先生知ってる? 日本って実はゾンビ権利については一応先進国なんだよ。欧米では土葬も多いし、ゾンビ=死者で権利がない者として扱われるから、まずそこから闘わないとなの。その点日本の火葬率は世界でもトップクラスでしょ。これってつまり肉体を持つゾンビ=生きている人間として捉える下地ができている分、権利の拡充も主張しやすくなるわけなの。でもだからって、闇雲に権利を主張しても隔絶をうむだけだから……

 あ、ごめんなさい、つい熱くなっちゃった。他に質問はありますか?

 

 パニックタイム、あれ? 最近あったかな? いやあったはず。パニックの残骸を片付けたのは憶えてるから。でもパニック中の記憶ないな。なんでだろう。最近権利運動のことで忙しくって、睡眠時間も少ないから忘れっぽいとこがあって。この前も寝坊して急いでたからカラコンつけ忘れて学校行っちゃったんだけど、そんな日に限って、ファッションゾンビ検査があってね、私の番がきて「やばっ」って思ってビクビクしてたんだけど、先生もまさか私がニセモノと思わなかったのか、何も言われなかったんだよね。あれは本当にラッキーだったな。

 あ、先生ごめんなさい。私これから来週のデモについて打ち合わせが入ってて、もう行かなきゃ。どうもありがとうございました。

 

 以上

 擬似ゾンビ態からの無自覚下における自然変異的ゾンビ化症例報告書

2023年3月2日公開

© 2023 黍ノ由

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3.5 (12件の評価)

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"生に至る病"へのコメント 13

  • 投稿者 | 2023-03-22 17:39

    面白かったです。
    実際問題ゾンビウィルスが出たとしてこんな感じで上手いこと共存していくのかな、と。
    以前の「しるし」も面白かったし、時差の問題でなかなか難しいとは思いますが、ぜひ合評会に来ていただきたいです。

  • 投稿者 | 2023-03-22 21:19

    ゾンビをこのように料理できるのかと驚嘆しました。
    コロナウィルスのようでもあり、人種問題のようでもあり、最後は政治問題にまで発展してるし。火葬のある国ではゾンビであっても肉体を持っていると権利が発生するってくだりでうわーっとなりました。「ファッションゾンビ」なんて言葉をどうやったら思いつくんだろう。
    相変わらず語り口が魅力的です。ぜひ合評会でお会いしたいです。

  • 投稿者 | 2023-03-23 08:09

    「ZONBIE LIVES MATTER」や「ファッションゾンビ」など、ポリティカルなゾンビもの、面白いですね。
    個人的に「Zクラ」という表現がツボでした。通っていた商業高校は女性比率が圧倒的に多く「女クラ」が存在してました。「女クラはやべえぞ、治外法権だ」と仲間内で話していたのを思い出しました。

  • 編集者 | 2023-03-24 17:39

    コロナ、人種差別問題、スクールカースト、これらが旨くミックスされていて面白く読みました。できれば先生、小暮友紀の語りも読みたかったです。わたしも一度、脱水症状で痙攣してぶっ倒れる人を見たことがありますが、あれはビビりますね。

  • 投稿者 | 2023-03-25 05:59

    とても面白かったです。
    ゾンビを現実社会の色々なマイノリティーに置き換えたら含蓄深いですね……

  • 投稿者 | 2023-03-26 18:46

    面白かったです。弁が立つ女学生だなーって思いました。まあ書き起こしたら大体こうなるんでしょうけども。しかし疑似だったのがいつの間にかこうなってしまってるんですね。悲しい、いや悲しいのか、あるいはいいのか、望み通りなのか。わかりませんけども。あと、ファッションだったってわかられたら恥ずかしいだろうなあwww

  • 投稿者 | 2023-03-26 22:32

    上手いオチで感服です。Zクラ(ゼックラですかねw)などいかにもな用語の連発が楽しかったですね。

  • 投稿者 | 2023-03-26 23:28

    素晴らしいですね。なんか自分なぞとは色々レベチで、そのまま文芸誌に載っていそうな小説だと思いました。自分もこういうの書けてればよかったなあと。ただゾンビにはゾンビの世界があるのでしょうね。

  • 投稿者 | 2023-03-27 00:55

     女子高生の独白というスタイルで読みやすく、ゾンビ化した方が手当がもらえるなど特典があるので偽ゾンビまで出始めるという設定は面白いと思った。オチも効いている。/ノーマルな生徒たちがゾンビ化した生徒たちと具体的にどういう形で一緒に上手くやっていたのか、状況を頭に浮かべにくかった。具体的に描いてほしかった。

  • 投稿者 | 2023-03-27 00:59

    この手の題材の作品は苦手なのですが、ウェットに富んだところもあり評価できます。

  • 投稿者 | 2023-03-27 18:13

    内容については非常に面白く笑える部分もあって良いですが、一点だけ差し出がましいことを言わせていただくと、タイトルで大分スポイルされてる感があります。
    この内容ならもっとキャッチーなタイトルがつけられそうな。

  • 編集者 | 2023-03-27 20:15

    冒頭からオチまで上手く組み立てられている。三年続くコロナという緊急事態でもそうだったように、ゾンビがすぐ近くにいる世界になっても、様々な問題は変わらないのだろうなと思わされる。

  • 投稿者 | 2023-03-27 20:34

    社会風刺に対する作者の強い意志が感じられる。「ファッションゾンビ」や「自然変異的ゾンビ化」などオリジナルの要素が効いている。ZONBIEではなく、正しくはZOMBIEだと思う。

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