チキンレース

応募作品

緋糸椎

小説

3,961文字

経営コンサルタントとしてそこそこ名を上げている俺、長島信彦はクライアントの要望によりYouTuberを始めた。思いのほか人気チューバーとなったが、しつこいアンチコメントに悩まされるようになった。メンタルに危機感を感じた俺は、反撃に乗り出すことにした……

【チキンレース】二台の自動車を反対方向から走らせ,正面衝突寸前で先にハンドルを切った方が負けになるゲーム。(Wilkipedia)

「よくもこんなでたらめが言えるものだと呆れます。嘘と捏造の羅列としか言いようがない」
〝黒船〟からのアンチコメント、これで通算20回目だ。最近買い替えたばかりのパソコンの画面を、俺は苦虫を噛み潰したような顔で睨む。

 

俺の名前は長島信彦ながしまのぶひこ。一応、そこそこ名の知れた経営コンサルタントだ。

脱サラ後、数々のスタートアップを経験し、そのノウハウを活かして今の仕事を始めたところ、これが大当たり。最近じゃ、名前の前に「今をときめく」なんて冠詞までつく。

あちこちから講演に招かれ、雑誌の取材も受けた。書籍化の話なんてのも持ち上がりもしたが、クライアントたちが声を揃えて言うのは、

 

YouTuberされたらどうですか

 

そのような声を聞くたび、俺は適当に相槌を打ってスルーしていた。巷ではいくら稼いだとか、YouTubeドリームに心を躍らせるが、現実に稼げる奴は一握りだ。最近じゃ小学生の将来の夢としても挙げられるとのことだが、もし俺の息子がそんなことを言ったら刺し違えてでも反対するだろう。

だが、クライアントたちの厚意的な勧めを無下にしているのも信用問題に関わる。俺はとりあえず当たり障りのない内容で動画を自撮りし、アップロードしてみた。別に再生数など気にしていなかった。「やってみたよ」と言えればそれでよかった。

ところが始めた途端、思いのほか再生数とチャンネル登録数がうなぎのぼり、あっという間に稼げる〝一握り〟のYouTuberとなった。

 

しかし、出る杭は打たれる。それが世の常だ。ある日、いつものように記事をアップすると、早速コメントがついた。〝黒船〟というフォロワーからだ。
[『〝経営者に必要なのは理念ではなく、日毎やるべきことをやる継続性〟と言うのが経済学者の通念』とありましたが、そんなこと、いつ誰が言ったんですか?]

俺は思い出した。それは〝プライム討論〟というテレビの討論番組での、細川佑という経済学者の発言だった。一応俺はそのことを返信として書き記した。ところが……。
[私もプライム討論は欠かさず見ておりますが、そのような発言は記憶にありません]

はあ!? 俺が見たから見たって書いてんだろ。頭悪いのか、コイツ。さらに黒船は続ける。[そして細川佑氏の発言とのことですが、私の知る限り細川氏の思想と矛盾します。長島さんは、彼の発言を何か勘違いしているのではないでしょうか?]

なんだコイツ。失礼にもほどがある。だが、ムキになって反論し、炎上するのは得策ではない。俺はそれ以上議論することの無意味さを感じ、黒船のコメントは無視することにした。

 

それからしばらく黒船は鳴りを潜めていたが、その翌週に黒船はまたアンチコメントをして来た。
[『マックスウェーバーの影響が戦後日本の合理化を進めた』というあなたの主張には無理があります。そもそもマックスウェーバーの理解は……]云々。

またか。まともに取り合うと面倒なので、適当なコメント返しでケリをつける。それからも、度々黒船はアンチコメントを送ってきた。
[その表現は不謹慎であり、不快です。訂正しなければ、運営に報告します]
[うだつの上がらぬ無気力者に一攫千金を夢見させるのは無責任です]

俺は別に無気力者をターゲットにしてはいないし、夢を与えることが無責任だとは思わない。

YouTuberに限らず、クリエイターに人気が出ればアンチはついて来る。それは重々承知だ。それでもやはり、気分はよくない。精神的に参る。積み重なればさすがに凹む。近頃指殺人なんて言葉もあるが、今の俺にはよくわかる。

 

「書き込みした奴を特定したいやと?」

肝川宅也きもかわたくや、通称〝キモタク〟は大学からの友人で、今は何でも屋をやっている。これまでも色々なトラブルの解決に奔走して貰っていた。
「ああ、しつこいアンチがいてな。通報してもいいんだが、直接会ってガツンと言ってやりたい。どうせああいう輩は、面と向かっては強く出れない弱虫だろうからな」
「かめへんけど、いっそのこと、チューバーやめたらどうや」
「バカいうな、これはどっちが先に引くかのチキンレースだ。コソコソ匿名で悪口を言う奴に負けられるか」
「ホンマ相変わらず負けず嫌いやなあ、長島は」
「それに今、息子のお受験で何かとものいり・・・・でな。YouTubeの収入を教材費に充ててるんだよ。けっこうバカにならないぞ、あれ」
「そうか……和馬かずま君(俺の息子)もそんな年頃か。昔はワンパクでお受験ちゅう柄やなかったのにな」
「今でもワンパク小僧には変わりないさ。この間なんてパソコン壊されたんだぞ。キーボードのボタン全部剥がされてな」
「そら難儀やな。そやけど本人は乗り気なんか、お受験」
「わからんな。だがあいつも俺も嫁には逆らえない。泣く子と嫁には勝てんさ。だから、せめてアンチ野郎には勝ってギャフンと言わせてやりたいのさ」
「わかった、出来るだけやってみるわ」

それから数日経って、キモタクから連絡があった。直接話したいというので、彼の事務所に足を運んだ。
「吸い出したIPアドレスで、この辺の人間やということは割り出せた。ただ、携帯のIPアドレスやから接続の度にアドレス変わって追跡は難しい。そやけど……これ見てみ」

そういって取り出したのは、カーナビのような端末装置だった。
「これは?」
「たとえばこれにおまえの携帯のIPアドレスを入力するやろ、すると……ほら」

すると画面には俺たちのいる場所が地図で示された。
「つまり、アンチコメントがあったら、そのIPアドレスを入力すれば、居場所がわかるということか」
「ご名答。作戦はこうや。まず黒船の飛びつきそうなネタをYouTubeで公開する。ほんでコメント来たら、相手を焚き付けて出来るだけ話を伸ばすんや。その間に俺たちは相手の居場所に車で駆けつける……そういう算段や」
「よし、俺も奴が食いつきそうなとびきりのネタを考えておく」

俺は今までの動画を見直し、黒船がどういうネタに食いついているか分析した。それらを箇条書きにしてリストアップし、それに沿うように内容を組み立てた。そうして黒船〝好み〟のネタが仕上がった。
(よし、これでいける!)

 

いよいよ作戦決行。俺はキモタクの車の中で、あらかじめ録画してあった動画を公開した。
(さあ来い、黒船!)

しばらくして高評価のサインが付き始めた。時々低評価を押す輩もいる。しかし、待望の(?)アンチコメントはなかなか来ない。
「長島、あせんなや。海路は寝て待てやで」
「それを言うなら果報は寝て待て、だろ」

二人とも落ち着こうとしながらも、ソワソワしていた。そうしているうちに待ちに待った黒船の到来![経済活性化の必要悪としてホテル業界におけるオーバーブッキングを例に取り上げておりますが、いかにも前時代的であり……]

 

絵に描いたようなアンチコメントに、俺は何故かガッツポーズを決めた。
「長島、あおれ。何とか引き延ばすんや!」
「ああ、わかってるさ。覚悟しろ黒船! 卑怯なてめえの泣き面拝んでやるぜ」

溜まっていた俺の心は一気にヒートアップした。
[あなたの方こそ、十年前の経済新聞から引っ張り出したような論説で、時代錯誤も甚だしい]

 

俺が奴とのバトルを繰り広げている内に、キモタクが声を上げた。
「お、案外近いで。すぐ着くわ」

キモタクが装着の地図上の場所を指し示す。それを見て、俺はおや? と思う。
「ここ……和馬の幼稚園のある場所じゃないか?」

幼稚園に着くと、装着はその中を指し示した。黒船は幼稚園の中にいる。一体誰だ?

俺たちは、適当な理由をつけて中に入れてもらった。そして、装着のナビゲーションに従い進んでいくと、やがて職員用のトイレに行き着いた。その中で書き込みをしているのは間違いない。俺はコメント欄にこう書いた。
「そこから出て来て下さい。そこにいるのは分かっているんです」

すると、トイレの中でゴソゴソと音がしたかと思うと、ゆっくり扉が開いた。中からは見覚えのある男性が出て来た。

「船山先生……あなたが黒船だったのか」

 

それは和馬の担任の船山淳だった。観念したのか、ずっと項垂れている。
「どうして、こんなことを?」

すると船山は長い沈黙のあと、おもむろに口を開いた。
「和馬君の笑っているところ、最近見たことありますか?」

その問いは俺の心を突いた。黒船のアンチ発言など、屁でもないほどに。「昔は和馬君、よく笑ってみんなとも仲良くしていたんですよ。ところが、受験が決まった途端、塞ぎこむようになったのです。話を聞かせて、というと、みんなと同じ小学校に行きたいというのです。パパやママに話したのかい? ときくと、首を横に振って、パパは最近パソコンばかり見て、話も聞いてくれてないし、遊んでもくれないと……」
「それで、俺にYouTuberをやめさせようと、先生はアンチコメントを?」
「ええ。長島さんは有名ですからYouTuberをやっているのはすぐにわかりました。和馬君はパソコンを壊せばまた前みたいにパパが遊んでくれると思ったそうです。でも、壊してみたらすぐに新しいのが来て、もうダメだと思ったそうです」
「そうだったのか……」
「最初は和馬君のため、と思っていましたが、そのうちあなたへの対抗心が強くなって……すみません」

そういって船山は頭を下げた。それが上がる前に俺たちは引き上げた。

それから俺たち夫婦は和馬とよく話し合った。和馬は今の友達と同じ学校に行きたいといい、俺たちは和馬を地元の公立校に入れることにした。

船山先生はそれから幼稚園を辞めた。しばらく音沙汰がなかったが、その一年後、再び俺の目の前に現れた。……俺が開催する開業セミナーの受講生として。

2021年10月25日公開

© 2021 緋糸椎

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"チキンレース"へのコメント 12

  • 投稿者 | 2021-11-14 15:23

    展開が早くて面白いストーリーだと思いました。船山先生がいきなり出てくるんじゃなくて、前に一度どっかに出てくるという、伏線があってもよかったかもです。ショートショートにありそうな落ちかも知れない。

    • 投稿者 | 2021-11-18 00:10

      お返事遅くなりすみません。コメントいただきとても嬉しいです。
      船山先生が初めに出てくるという伏線は確かに面白くなりそうですね!次作の参考とさせていただきたいと思います。
      ありがとうございました。

      著者
  • 投稿者 | 2021-11-18 22:26

    人に促されてYouTuberに「なってしまった」ら、なかなか辛辣な現実が待っていた、という感じでしょうか。YouTuberというお題から、現実生活の細やかな部分をあぶり出せていると思います。
    和馬のセリフや実際にパソコンを壊す描写があればより説得力が増すような気がしました。

  • 投稿者 | 2021-11-21 11:46

    起承転結がしっかりしている。シンプルに見えてなかなか難しいことを投げっぱなしにせずキチンとやりきる姿勢に好感が持てました。

  • 投稿者 | 2021-11-22 21:24

    面白く拝読しました。
    何となく途中から息子関係かなと察しがつくのですが、文章に嫌味がないのでするする読まされます。オチが素敵です。

  • 投稿者 | 2021-11-23 09:15

    じわじわ真実に迫っていくのが面白かったです。
    尺的に仕方ないのかもしれませんが、終盤がやや駆け足だったかなと思いました。
    息子との直接の絡みや、犯人と分かる前の先生との絡みの描写も見たかったです。

  • 投稿者 | 2021-11-23 13:14

    もう少し長く読みたかったネタでしたが、中盤あたりのドライブ感がよかったです

  • 投稿者 | 2021-11-23 14:25

    面白かったです。こういう話を自分も書いてみたいな、と思いました。YouTuberの設定で、経営コンサルというのも良いと思いました。ネットのコミュニケーションと現実でのコミュニケーションについて考えさせられます。

  • 投稿者 | 2021-11-23 17:30

    アンチコメ、裁判沙汰、現代的な問題に親子や教育という普遍的なテーマが通底していて良いと思いました。展開も良かったです。

  • 編集者 | 2021-11-23 17:53

    駆け足な様でもあるが、YouTuberをやる上での論点を踏まえていて中々堅実な作品でもある。息子さんにはこれから頑張って欲しい。

  • 投稿者 | 2021-11-23 19:15

    面白かったです。自分のを書く前にこれを読んでたら、すごいYouTuberやってる!って思って、書くのを躊躇っていたと思います。

  • 投稿者 | 2021-11-23 19:22

    登場人物がみんな意外といい人たちで安心しました。
    今回はハッピーエンド(仮)が多いですね。

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