入水着

小林TKG

小説

3,158文字

海がテーマだから、こう言うのも考えてたよ①。

もういい加減色々なことがどうでもよくなって自殺しようと思って電車に乗って海に行った。

「海に飛び込んで死のう」

そう思ったのである。

 

子供の頃、家族で七号線沿いの道を車でよく走った。七号線というのは海沿いの道である。日本海側で、後部座席からよく太陽が沈むのを見ていた。毎週の一回、家から厚生年金施設の大浴場に家族で行っていた。そこにはサウナがあって、父がその当時まだ珍しかったサウナというものにハマったのである。

 

で、自分は風呂なんてどうでもよかったけど風呂から出たところにあったゲームコーナーにハマった。パロディウスとかテトリスとかワニワニパニックとか。そう言うのに。当時まだそんなもの珍しかったんだ。

 

だから毎週のように家族で風呂に入りに七号線沿いを車で走っていた。ある時子供のくせに冷やかしの様にサウナに入ろうとした自分の目の前でサウナの扉が開かれて中から暑さに疲弊した裸の人間が出てきた。その際私の左足の親指の爪に扉の下部がぶつかり、恐ろしい痛みが走った。

 

「ぎゃあ!」

サウナの暑さに疲弊している裸の人間は当然そんな子供が居ても構わず水風呂の方に行ってしまった。なにせ限界までサウナで耐え忍んだんだ。周りを見る余裕も無い。で、自分は自分で何が起こったのかわからなかったが足を見るとそこからは多量の血が噴き出していた。お湯や水で何度も流した。でも血は止まらずにべちゃべちゃと出続けた。

 

血が垂れないように足をティッシュで包んで家に帰り、何日か経過した後、茶色く、もうほとんど壊死する前の末端の様な黒に変色した足の親指の爪が剥がれた。

 

「どうしてこんな事になったんだ?」

両親は何度となくそれを聞いた。しかし何故か私は、疲弊した人間との接触事故の話をしなかった。自分でそれをしたんだという事を言い続けた。自分がサウナのドアを開ける際にそういう痛ましい事故が起こった。と。自損事故。何故接触事故の話をしなかったのか自分でもよくわからない。

 

学校で言い訳するなと教えられたからかもしれないし、疲弊した顔のあの人に責を負わすのがなんとなく不憫に思えたからかもしれないし、あるいは子供のくせにサウナに入ろうとした自分が悪いと本当に思ったからかもしれない。

 

「ただまあ・・・」

今考えると、あの時、自分という人間がどういうものか決まったような気がする。

 

本当の事を言えない。思ってる事を言えない。何かあっても自分が悪いんだと思ってしまう。

 

自分がそんな人間になってしまったような気がする。

 

それが高じてもういいやってなってしまった。全部がもういいやって。死のう死のうもう死のう。死んだらいいぞお楽だぞお。悩みも何もなくなるぞお。言いたいことが言えないのを悩む必要もないし、思ってる事を言えないって言うのを悩む必要もないし、何もかも自分が悪いって思って塞ぎ込む必要もない。

 

「言いたいことがあるなら言ってみろ!」

って叱責を受けて言わないでぐっと我慢するの疲れた。

 

「お前、イライラするんだよ!」

黙っててコミュニケーションも取れないからってイラつかれるのも疲れたし。

 

「もっと頑張ってくれないと」

頑張るのももう嫌。もう嫌だ。

 

もう嫌だ。

 

死んでいいじゃないか。

 

海で死のう。

 

子供の頃よく眺めていた海。

 

足の爪が剥がれた帰りも車の中から眺めていた海。

 

いいじゃないかいいじゃないか。養ってる誰かがいるわけでもない。将来を考えると不安しかない。死んだらいい。死んだらいいんだ。ただ賃貸の家で死ぬのは気が引ける。大家さんに申し訳ない。どっか適当な場所で死ぬのも気が引ける。その場の空気が悪くなるとかってなっても困る。スポットになったらいやだな。集まってこられても困る。

 

海がいい。

 

子供の頃眺めた海がいい。何度となく太陽が沈むのを眺めた海がいい。

 

海ならいいじゃないか。

 

海にしよう。

 

「うあーすげー」

夜の海は暗く、どこが水面でどこが空かわからなかった。嘘嘘。星が出ててちょっとだけ見える。夜の海と夜の空はちょっとだけ色が違う。海の方が暗い色。空はちょっとそれに比べると薄い。

 

「うあああ」

砂浜に降りたらもう一直線。一直線に海に向かって走った。砂浜に降りる前に靴と靴下を脱いでその辺に放った。足の裏に触れる砂の感触が冷たく、サラサラとして心地よかった。誰もいない夜の海。砂浜。なんか秘密のビーチみたいだ。地元民しか知らない秘密のビーチ。そこに紆余曲折の後ようやく到達したみたいな。そんなOLみたいな。

そら、

「うあああ」

って走り出してしまう。コテージから海まで水着で行けます。ってホテルの受付で案内されて、水着でコテージを出たものの、なかなか海までたどり着かない時のOL。夏休み。海外。一週間のバカンス。太陽。太陽光。透き通った水。白い砂浜。どこまでも雄大な海。そんなOL。普段のストレスから解き放たれて、更にビーチまでじらされて、ようやく海を見つけたOL。

 

「うあああ」

そら走り出してしまう。気分はOL。真暗な海は気にならなかった。自分の内部に蓄えられた諸々の方がそれよりよほど真暗だったから。

 

死ねる死ねる死ねる死ねる死ねる。

 

やったやったやったやったやった。

 

一度も止まらずに海まで走った。一気呵成に海まで走った。気持ちは田楽狭間から今川軍に奇襲をかけた時のような感じ。

 

走るのは苦手だ。運動が苦手だ。学生時代もずっと帰宅部だった。だから根性が無いとか言われたりもした。でも面白くないんだもん。走っても。疲れるし、息が切れるし、足が痛くなるし、熱っつくなってくるし。

 

それなのに、

 

「うあああ」

その時は一切何も感じなかった。寧ろ一歩ごとに楽しい気持ちになっていく。

 

海。海海海。海海海海海海海。海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海。

 

「やあああ」

んで、じゃぼんと波間に足を入れた瞬間、投網に捕まった。

 

「ダメだよお」

両側から沢山の人が自分の所に集まってきて、まずそう言われた。

 

止められた。

 

死ぬのを止められた。

 

どうしよう。

 

このままじゃあ、結局世俗に戻されてしまう。恐怖心がもりもりと湧いてきた。

 

「死ぬなら死ぬでこれ着てくれないとさあ」

集まってきた人達の中のリーダーのような人なのかな、その人が何かの衣服を目の前に突き出してきた。意味が分からなかった。

 

昨今、母なる海から齎される恵みも減りつつあるらしい。故に海沿いの人達は各々自殺者と思わしき人間に自殺専用の入水着を着せることになってるんだって。

 

自殺者はそれを着て入水。死ぬ。にっこり。

死んだらその死肉が近海の小魚とかのエサになって海が潤う。にっこり。

各々の入水着でどこのエリアで死んだかわかる。それ一つにつき国から保証と補填がもたらされる。にっこり。

 

との事。

 

「ありがとうありがとう」

集まった人達は自分が入水着を着て海に入る時そう言って、手を握って涙を流して頭を上げたり下げたりした。

 

久々に他人から感謝された。

 

優しくされた。

 

嬉しかった。

 

海にじゃぶじゃぶ入っていく時、少しも怖くなかった。

 

アナ雪のエルサの様な気持ち。

 

そんな気持ち。

2021年7月27日公開

© 2021 小林TKG

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"入水着"へのコメント 2

  • 投稿者 | 2021-07-28 21:46

    現代日本版の阿Q正伝という趣きがあって、個人的にはこの作品が好きですが、『夢のような日々』がやっぱり一番の力作なので正解だったと思います。『夢のような~』『LOV47』系列の方が小林さんの本領なのかもしれませんが、自分はこの作品や『散布X』のような、疎外された人々を書いたどこか哀しみのある作品も好きです。

    • 投稿者 | 2021-07-29 19:00

      感想いただきましてありがとうございます。
      夢のような日々はあれですね。時間かかりましたし、何度も見直しましたからねえ。
      それに対して入水着とかLOV47は一発撮りみたいな感じですからね。ええ。書いて出しです。だからまあ口調が軽いですよね。なんとなく。私の書く話ってそういう所があるんですよ。ええ。

      著者
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