密室

才場正人

小説

2,639文字

名探偵・外天堂悟はこの無限多重密室殺人事件を解き明かすことができるのか!?

僕が推理小説の密室トリックに惹かれるのはなぜだろう。古今東西、あらゆる密室トリックはすでに考えつくされ、あとはそれらの変奏、組み合わせの妙でしかなくなってしまったというのに、いまだに密室殺人事件に小説やドラマの中で出くわすと、腹の底が疼くような感じがする。

密室殺人はそもそも不合理だ。人を殺すのにわざわざ密室を作る必要はない。事故に見せかけるとか、遺体を隠すとか、他人の犯行に見せかける、というのがまともな思考であって(殺人を犯す時点である程度まともではなくなっているのかもしれないが)、密室殺人を犯す者の意識の中では、合理性とはまた別の異常な論理が働いているとしか考えられない。

密室殺人は、実のところ密室ではない。密室のように見えるだけだ。殺人犯という芸術家によって作り上げられた虚構だ。そして、密室は必ず破られる。探偵という批評家によって。

密室トリックの推理小説を読むとき、読者は初めから、その密室が破られ、開かれることを知っている。それを期待している。密室に惹かれる理由はそこにある。なぜなら、この世界はまさに密室であり、それが破られ、開かれることを僕自身が待ち望んでいるからだ。僕たちは世界という密室に監禁され、外部へと脱出することを禁じられている。あるいは社会という密室、生という密室の中に。

密室殺人は、世界そのものの再現だ。現実の模倣としての虚構だ。それは意図せず生み出された、偶然の産物としての密室だったとしても変わりはない。殺人犯自身がそのようなことを自覚的に考えた上で実行しているわけではないからだ。密室に閉じ込められ、苦痛を感じ、外部への脱出を願う、その精神性は無意識下で殺人犯に作用し、彼らは死者を密室の中に幽閉する。彼らは自分たちが決して世界の外部へと脱出できないことを感じているから、その密室性のトリックを解き明かす者、すなわち探偵を召喚するために密室を作り上げる。

僕は待ちわびていた。この密室を誰かが破ってくれることを。現実を批評して、世界を開こうとする者を。だから僕はいつまで経っても殺人犯の側に立っていて、決して探偵にはなれなかった。

僕がページをめくると、小説の中の名探偵、外天堂悟の台詞が続いていた。

「……ということだったのだ。これで、この密室トリックは解き明かされた。しかし、もうひとつ解き明かさなければならない謎が残ってる」

外天堂が応接間の隅に置かれていた一冊の本を指差した。

「あの本がどうかしたのですか」と屋敷の執事が反応する。

「あれは、殺されたオーナー、金子さんの所有物なのかな?」

「ええ。ご主人さまがこの屋敷を買い取ったときには、今ここにあるアンティーク家具の大部分は既に揃っていて、その中に紛れていたそうなんですが。ご覧の通り、鍵がかかっているのです」

執事が部屋の隅の丸テーブルに歩み寄り、本を手に取る。革張りに金の箔押しがなされた豪華な装丁で、随分古いものであることがわかる。小口側には真鍮製の頑丈な作りの留め金がついていて、鍵がないと本を開くことができないようになっていた。

「鍵はどこに?」

「それが、最初から鍵はなかったのです」

「なるほど。つまり、この部屋は二重の密室になっていたということだ」

どういうことだ、と、この場に集められた一同が口々に声を上げる。

「そんなことはどうでもいいだろう! それより、密室のトリックはわかったから、早く犯人を教えてくれ!」と宿泊客の田口が苛立ち気味に外天堂へ詰め寄る。

「いいや、どうでもよくはない。なぜなら、犯人が金子さんを、どうして彼が寝ていた寝室ではなく、わざわざこの応接室に呼び出して殺したのか、そしてなぜここに密室を作り上げる必要があったのか、という理由が、その本に隠されているからだ」

外天堂は執事に歩み寄り、本を受け取った。そして、彼の着ているアウトドアブルゾンの前面についている大きなポケット、通称四次元ポケットから金槌を取り出すと、真鍮の金具めがけてそれを思い切り振り下ろした。

ガギン、と甲高く歪んだ音がして、金具は弾け飛んだ。呆気にとられる一同をよそに、外天堂は本をパラパラとめくり始める。

「犯人はここに、二重の密室を作り上げる必要があった。つまり、この部屋という密室の中に、もうひとつの、鍵によって閉ざされた書物という密室を作ること。その二重性、それこそが、犯人に取り憑いた妄執的な精神分裂の様相を示していると同時に、彼を密室殺人に追いやった動機でもあるということだ。彼は入れ子になった密室という強迫観念、あるいは妄想に苛まれていた。彼は、密室をこじ開けてほしかったのだよ」

外天堂はページをめくる手を止め、そこに書かれている一節を読み始めた。

「僕が推理小説の密室トリックに惹かれるのはなぜだろう。古今東西、あらゆる密室トリックはすでに考えつくされ、あとはそれらの変奏、組み合わせの妙でしかなくなってしまったというのに、いまだに密室殺人事件に小説やドラマの中で出くわすと、腹の底が疼くような感じがする」

外天堂がまたパラパラと何ページかめくり進めると、本の中の僕は言った。

「二重の密室が意味すること。それは、単体の密室とは決定的に違う。二重であるということは、内側の密室の中に、もしかするとさらに密室が隠れていて、その内側にも、そのまた内側にも、無限に密室が続いているかもしれないことを否定できない、ということだ。そしてそれに気づいてしまったとき、僕たちが一番外側だと思っているこの密室の外側にも密室があって、その外側、そのまた外側へと無限に密室が続いているかもしれないということを考えずにはいられない。

あるいは、この密室の内側の、そのさらに内側の密室の中には、「この密室」があるかもしれない。外が内で、内が外で、クラインの壺のように、互いが互いと入れ子になっているのかもしれない。どちらにしても、僕たちはこの入れ子になった密室からは絶対に脱出できない」

さらに外天堂はページを進める。僕の台詞が続いている。

「君の怖れを教えてくれ。頼むから、僕にはそれが必要なんだ。君の恐怖と僕の恐怖を混ぜ合わせないと、僕はこのままではどこにも行けない。一生この密室から抜け出せない、生の牢獄に幽閉され続けて、頭がおかしくなってしまいそうだ、僕が正気であり続けるために、どうか……」

外天堂が本を閉じる。

「もう、犯人はおわかりかな?」

外天堂は四次元ポケットからライターを取り出し、本に火を放った。

2021年6月1日公開 (初出 note『日記 密室』2021/05/28

© 2021 才場正人

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