東京ギガストラクチャー (二十九)

東京ギガストラクチャー(第30話)

尾見怜

小説

4,303文字

そろそろ終わりです。読んでほしいですー。

二〇六五年十月十日十四時三十分、十八台の巨大建設AIが上野オフィスビル外壁に取り付いた。壁に張り付いている蜘蛛を思わせるそれは、ピンクや黄色のポップな原色だった。ボディには「香山建設」「青木重工」などと、SUA関係企業のロゴが入っているものだった。しかしそれらはリミッターを解除されており、本来の機能であった多脚戦車としての機動力を取り戻していた。そしてそれぞれが作業用マニピュレータを器用に使って窓を破壊、ビルの各階に侵入した。多脚戦車はチェーンガンで武装していた。
葛野は武装兵をビル各階に散開させて撃退しようとしたが、狭いビル内での戦闘は火力に勝る多脚戦車に有利だった。通路内で使用可能な武器では、戦車の装甲に対し無力だった。原発テロで死傷者を一切ださなかった葛野率いる精鋭たちは、圧倒的な戦力差で蹂躙された。
想定外の戦力に初っ端での大損害、かつ対人戦闘の想定をしており対戦車戦など全く頭に無かった葛野は、早々にこのビル内での抵抗をあきらめ、旧上野公園に戦闘部隊を配置し、ゲリラ戦の構えをとった。
それを追って公園の入り口を包囲した十八機の多脚戦車からはそれぞれ三人の武装兵が降りてきた。遠巻きに監視していた葛野が見とれてしまうほど、恐ろしくスムーズで美しい動きだった。彼らの統率された動きは場の空気を支配した。彼らは少しのためらいもなく、淡々と出来る限りシンプルに葛野たちを処分するだろう。葛野はその動き一つを見ただけで、負けだ、と直感した。そしてそれは正しかった。それからの十五分間、上野スラムに響くのは、銃声と爆発音、そして日本人の悲鳴だけだった。
一般人は上野にはすでにおらず、逃げ遅れた足の悪いアジア難民の老人が居るだけだった。金春と会った喫茶店は、戦車の榴弾によって吹き飛んだ。

茂山は敵の無線を盗聴することに成功していたが、飛び交う通信は、自分が分かる英語、ロシア語、北京語、ドイツ語以外の言語ばかりでおどろいた。小隊ごとに使う言語がちがう、翻訳AIを使っても即時的な対応ができない。茂山は葛野に敵方の正確な位置情報や動きを共有することができなかった。
茂山は自分の能力に絶望し、叫び出したくなる衝動を必死で抑えていた。なにもかもをあきらめて、相手の戦車に突っ込んでいけば、この無力感から解放される。そんな誘惑を必死で振り払いながら、相手の通信を盗聴し続けた。

葛野は自分が育てた兵士たちが、ベオウルフの兵士達に量と質で完全に負けていることを受け止めなければいけなかった。装備も錬度も相手が上、日常的に戦争をしている本職の兵士達にはまったく歯が立たなかった。かろうじて戦闘の形になっていることがまだ救いで、もしもうすこし相手の戦力が多かったら、これは虐殺に近かっただろう。葛野はライフルにアドオンした小型グレネードランチャーを前方五十メートルに居る敵戦車にぶっ放した。「いったん退け」と叫んで全兵士に撤退命令を出した。元博物館だった建物に全員を集合させて体制を立て直そうと考えた。百人近く居た兵士は半分になっていた。ふと雑居ビルの看板広告が葛野の目に入った、葛野好みの美しい女がビール片手に微笑んでいる。我ながらなにをのんきな、と葛野はおもったが、ここでおまえは死んで、こういう女をもう抱けないのだよ、と何者かに言われている気がした。上野スラムはいつもホームレスの体臭と腐った野菜の様な臭いに包まれていたが、今は火薬とガソリンの混じった臭いしかしなかった。戦闘を開始して十分後、葛野は博物館最奥の部屋で、茂山と無線を介して今後の行動について話し合った。皆負傷していて、もはやこれまでだ、逃げるしかない、と葛野は結論づけた。俺たちは何が何だか分からないまま外国の企業に殺されて負けた、現在十四時四十五分、アイツらがやってきてものの十五分で俺たちは壊滅状態だ、その事実を受け止めなければいけなかった。
雨が降りだして、ベオウルフ兵士たちの血を洗い流した。その瞬間、葛野の前方で、恐竜の足音かと疑うような腹に響く地響きが起きた。その一瞬後に轟音が葛野の耳を襲った。葛野の部下たちが五人ほど固まって抵抗していた地点に、無反動砲が数発集中して撃ち込まれたのだった。彼らは衝撃で土と一緒にバラバラになって上空にふきとばされ、雨と混じりあいながら落ちてきた。葛野は全員に一切の抵抗をやめて散開しろ、という命令を出した。この通信は敵に盗聴されているから、今後使用はやめて俺の通信端末に連絡してくれ、わかったな、と言って、公園を離れ上野スラムの方に駆け出した。雨は強くなり、スコールに近い豪雨となった。葛野には、撤退の是非を確認する余裕さえなかった。
葛野の部隊は既に半分以下に減っていた。葛野は生き残るために走った。茂山が何とか無線で安全な方向に誘導してくれるようだった。ふと、不忍池の方で三十ミリチェーンガンの発砲音が聞こえた。池に潜ってやり過ごそうとした隊員が、対戦車ヘリに撃たれているのだ。葛野は耳をふさぎたかった。あいつら頭がいかれてるんじゃないのか、歩兵相手に対戦車ヘリだって、ここは日本の、東京の、ど真ん中だぞ……ましてやあいつらはアメリカの一企業じゃないのか、この国の主権は今日、無くなった、なにもかもが終わりだ、日本という国は、幻だったんだ……

俺は上野のビルの地下、セキュリティルームで外の惨状を茂山経由で確認し、呆然としていた。手にはニシキの残したデザートイーグルがあった。アオイは昨日軽井沢へ向かったので安心だが、正直ここまで大規模な攻撃があるとは想定外だった。茂山の話では、対戦車ヘリも投入されているそうだ。東京になんで自衛軍以外で対戦車ヘリがあるんだ、 まったく理解の及ばない、夢としかおもえない状況だった。ベオウルフに東京で好きなだけ暴れていいぞ、と誰かが許可して手引きしている。かなり上の、誰かが……。いくらギガストラクチャーの外とはいえ、ここは日本の首都だ。この状況を作り出したのは誰なんだ。
俺はこのビルから出て茂山と合流しなければならない、と考えた。俺は自分のベレッタを片手に、ニシキのデザートイーグルを腰のベルトに挟み、非常用階段で地下から1階へ出た。そして穴だらけになったビルの外へ出て、上野スラムのビルの隙間へ逃げ込んだ。

俺は緊急避難場所としてあらかじめ決めておいた、隅田川沿いの神社へむかった。
そこにはアジア難民によって既に燃やされた跡があった。俺が本堂に上がり込むと、銃を構えて警戒している茂山と葛野が先に到着していた。
「どのくらい残った」
「連絡が取れたのは三二名です、あとは不明です、ヒットチームも動かせません」
「ほぼ全滅に近いな、茂山の方は」
「情報部隊は全員生きていますが、おそらく動かせば殺されます、我々の構成員情報はすべて把握されていると思った方がいいですね」
「あと上野を襲ったベオウルフ達の中に、杉山シュウジを見ました、ニシキさんのガード二人を殺したのもこいつです」茂山が言った。
「ゴメン、そいつ誰だっけ」
「喜多のジジイと一緒に春日の子供をさらったやつですよ、唯一ニシキさんが殺さなかった、両手両足をふっとばして、入院していたはずなのですが、何者かの手引きによって脱走しました」
「足と手はもう動かないはずだ、ニシキが丁寧にやったから」
「両手両足を電子義肢で機械化されてましたよ、化け物になっています、もともと骨格が人間離れしていたから、ベオウルフ側の実験も兼ねているんでしょう、上野オフィスの場所や平岩さん、野村さん、ニシキさんの情報はそこから漏れたと思われます」
「そうか……」
俺は喜多の仲間で、ひときわ体のでかい、青い目をした男を思い出した。目の前でニシキに仲間を殺され、自分も両手両足を使用不能にされた哀れな男だった。あいつがニシキを襲い、俺達をこんな惨めな状態にしたのか。信じられない。もっと恐ろしい、なにかが背後に居るはずだった。
茂山が遠慮がちに、内緒にしていたことがあるんですが、と俺に切りだした。
「実は、野村さんから和泉さんに内緒で特命を受けていたんです、怒らないでください、もう野村さん死んじゃったし」
「別にいいよ、なんか関係あんのか」
「おそらくベオウルフに手を回したのはこいつです」
茂山は一冊のレポートとある人物のプロフィールをまとめた書類を神社のさい銭箱の上に置いた。レポートは昔夢中で読んだ、野村独特の論文形式だった。タイトルには「米中露秘密協定と我が国の現内閣におけるSUA疑獄事件との関係性」とあった。
「私は野村さんの指示で観世内閣官房長官を内偵していました、もっとも内調の奴らもそれなりにやりますから派遣した諜報員がパージされることも一回あったのですがね、結論から言うと観世官房長官はSUA及びギガストラクチャーの真の発案者です、宝生は運営を行っていただけで、雇われ店長みたいなもんです」
「え……」葛野が思わず声を漏らした。
「野村は気づいていたのか」
「つい最近です、野村さんが原発テロの日から内閣官房の動きが怪しいって僕に知らせてくれたんです、確かに宝生を捕まえた後、内閣の情報官や参事が急に外国へ飛んだんです、米国と中国とロシア、イギリスです、ガードが固すぎてこれ以上はなんとも言えませんが、SUAの首魁はその四国を後ろ盾にした観世で間違いありません、ベオウルフと観世を結びつけたのは米国でしょう、和泉さんに内緒にしたのは、確証が無かったからです、あの……多分ニシキさんは観世を尊敬していたと思ったので、すみません」茂山は心底悔しそうだった。

俺は野村のレポートを読み始めた。ニシキの死による衝撃と上野での敗走がまだ頭の中で整理できておらず、情報が頭に入ってこない。
「ベオウルフはこの観世官房長官の差し金か、こいつらが殺したのは野村さん、平岩さん、ニシキさん、みんなSUAの次の社会を作るはずの人たちです、観世の狙いはなんでしょうか、SUAの復活を企んでいるんでしょうか」
葛野は血まみれだったがまだ冷静だった。対して俺はどうしても、考える力が湧かなかった。いつもなら、ニシキが俺を先回りして怒ってくれるはずだった。

「悪い、ちょっとこれは持ち帰らせてくれ、俺に時間をくれないか、悪い、生き残ったやつらは東京に潜伏していてくれ、絶対にもうだれも死なないように、諜報活動もすべて中止してどこかのセーフハウスにみんな逃げろ、いいな、相手は本職の兵士だ、絶対にかなわない、いずれ連絡するから待機だ」
俺はそう言って軽井沢のアオイのもとへ向かうことにした。

2020年11月4日公開

作品集『東京ギガストラクチャー』第30話 (全35話)

© 2020 尾見怜

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