神様はずっと孤独だった。世界を創造してから数えられない月日が経った今でも、自分と対等に接することのできる存在が生まれず、常に寂しさを抱えて日々を暮らしていた。パンもワインもサーカスも、神様を楽しませるものは一つとしてない。それが当たり前だった。何も思いつかなかった。
神様は寝転がり、そのまま彫像のように微動だにしなかった。けれども、けっして眠りはしない。思考はクリアにした状態で、いつか尋ね人が現れないかと天国にて待ちわびた。
どれだけの時間を動かず、ひっそり静かに過ごしただろうか。固まっているのにも飽きた神様はようやく思い立って、天国の神殿の奥の寝室に置かれたベッドから体を起こし、自分でもその大きさがわからなくなるくらい広い宇宙をひとり、何処かにいるであろう友を探して旅をすることにした。
いたるところで静寂に声をかけたが、当然、返事はない。どこを見ても命と言えるものはなく、明暗様々な星と屑しかなかった。憂鬱な退屈が神様を襲う。途方に暮れ、くたくたになったところで、神様は光を失おうとしている一つの恒星に降り立ち、体を休めることに決めた。岩だらけでほかには何もない星だった。神様はつい笑ってしまった。力なく。
寝転がるのに適当なところを探しながら神様がうな垂れて歩いていると、小さな岩の数々に埋もれて、薄汚れた筒を見つけた。元は赤色をしていたのだろうか、色あせているがわずかに過去の面影が残っている。神様は筒を拾い上げて、握ってみた。軽い。終わってみればほんの短い間だったが、角度を変えたり、突っついたり、ためつすがめつ、穴の開くほどそれを調べた。
なるほど、本当に穴があった。透明な板で仕切られていた円形の窓。その小さな窓から中を覗き込むと、神様が未だ見たことのない別世界が広がっていた。宝石箱を転がしたかのような、贅沢で極上の輝きいっぱいで筒の中は満ちていた。
神様は思わず身を反らした。なんという美しさ! 瞬時にその筒の虜となった。もう一度、筒を覗いてみる。「おや?」と脳裏に疑問が浮かぶ。先ほどと違う。きれいな光の群れが筒の中を飾っているのは同じなのだが、さっきと配置や彩りが少し異なっていたのだ。
これはいったいどういうことだろう?
神様は筒の仕組みにいたく興味を持った。しかし、分解して調べたら、もしかすると元に戻せないかもしれないと不安になったので、奥の手、森羅万象を見抜く神の眼でもって筒を凝視した。
そういうことか。一瞬にして、すっかり氷解。種を入れ替えれば、もっと別の像が見られるとわかるや否や、何を混ぜてみようかと腕組みした。
この筒は言わば、宇宙を閉じ込めたような小宇宙。だったら、本物の宇宙を入れてみよう。神様は早速、実行に移した。
結果は想像以上だった。代わる代わる目に飛び込む映像は神様を魅了した。ただ、それも長くは続かない。色が単調で物足りなさを感じ始めた。ふと、視界の端に青色が映る。
さて、この青は何の青だっただろうか? 神様はしばらく思案を巡らす。そうか、地球か! 途端に思考のもやが晴れた。
急いで筒から目を離し、肉眼で地球を眺めた。神様が旅をしている間に地球には驚くほどの速さで人類が繁栄し、地上を埋め尽くしていた。
人類もまた神様のコピーと言って差し支えない。知恵の実を食べてしまったことも許した。神様は人類を自分の下に置きながらも、寂しさを埋める為に、近づいてきてほしいとも思っていたからだ。
美しく青い星の移ろいを見届けるのも、神様にとってはまた一興だった。人類は思いも寄らないことをする。素晴らしい発見、馬鹿げた行為。どれもが愛おしく感じられた。
神様が筒を横に置いて、しばらく人類の営みに見入っていると、あるとき人類は神様が持っているものと同じ「筒」を作り出した。人類はそれを「万華鏡」と呼び、娯楽の一つとして珍重するようになった。
これを見つけた神様は激怒した。
「筒はわたしだけのものだ!」
瞬時に頭が沸騰した神様は人類に大いなる災いの種を蒔き、持ち上げた万華鏡を転がした。それまで平穏に暮らしてきた人類は途端に憎しみ合い、世界を巻き込んだ戦争が勃発する。血に覆われた大地は見るに耐えず、万華鏡の中の景色は一変した。
神様は後悔した。美しい星を醜くしてしまったことを。肩を落とした神様は万華鏡を天国の片隅に放ると、燃やしてしまった。
もう二度と神様の万華鏡は回らない。しかし、人類は万華鏡の美しさを忘れ、今も争っている。命が枯れ果てるまで。最後に残るのはきっと万華鏡だけだろう。
白鳥の騎士 ゲスト | 2011-03-11 04:00
この作品に登場する「神様」というのはいったい何者なのでしょうか? いやに人間くさいというか、「神様=絶対者、万物の創造主」という一神教的なイメージからはほど遠い、被造物のように感じられます。かといって多神教の神様とも一味ちがうようにも思えるので、「とある超大国の大統領の比喩なのかな?」なんて感じてしまいました。