博物学者ジャン=アンリ・ファーブルによる歴史的名著『昆虫記』の日本語完訳版が、このたび30年の歳月を経て完結した。翻訳したのは仏文学者の奥本大三郎で、個人による完訳はこれが世界初となる。

ファーブルの『昆虫記』といえば、読んだことのない人でもその名を知る名作中の名作だ。1878年に第1巻が刊行されてから約30年の歳月をかけて出版された本作は、科学書としての枠組みを越え、一般的な読み物として全世界で愛されてきた。ファーブルはかつてノーベル賞候補に挙がってもいるが、その際の部門は生理学・医学賞でも化学賞でもなく文学賞だったほどだ。モーリス・メーテルリンクやロマン・ロランなど、世界的な文豪にも『昆虫記』の愛読者は多い。

そんな名著を奥本が翻訳しようと考えたのは、「これまでは虫をいじったことのない人による翻訳だったから、頷けない箇所が多かった」(サンデー毎日7月23日号)ためだという。奥本の本来の専門はボードレールやランボーといった19世紀のフランス詩人だが、著作は昆虫に関するもののほうが多いほどの虫好きでもある。過去には集英社のジュニア版『昆虫記』も翻訳しており、完訳を目指すのは自然な流れだったかもしれない。

奥本による『昆虫記』第1巻第1章が最初に発表されたのは、『すばる』1987年5月号のこと。ファーブルがオリジナルを書いたときと同じように、奥本も足かけ30年を費やして翻訳を完結したことになる。「完訳」の名に恥じない丁寧な仕事ぶりからは、虫好きの仏文学者としての矜恃が感じられるだろう。

これからはじめて『ファーブル昆虫記』を読む人や久々に読み直してみたいと思った人には、ぜひこの奥本版完訳をお薦めしたい。虫に興味をもっている小さな子供のいる人も、迷わず奥本版をプレゼントしてみてはいかがだろうか。もちろん、そのせいであなたの子供が道を踏み外してたとしても筆者は責任をもたないが。