探偵は歴史に抗えるか

名探偵破滅派『黒牢城』応募作品

乙野二郎

エセー

1,995文字

名探偵破滅派『黒牢城』の推理です。

犯人は、荒木村重。

別にボケではない、最後まで読んでいただこう。

 

本作『黒牢城』は歴史を舞台とした連作ミステリであり、この手の話の常として、歴史的事実にどこまで沿うのかという問題がある。

多くの作品では、大きな歴史的事実は改変せずに、創作の範疇としてゆるされる限度で改変・創出するようだ。また、歴史的事件の隠された&意外な動機を解き明かすといったものも多い。ミステリではないが、悪役とされてきた原田甲斐を忠臣として描いた山本周五郎『樅ノ木は残った』なんかもそうである(個人的にはあの解釈には無理があると思っているが)。

この『黒牢城』においても、同様であり、歴史的事実は変わらないだろう。つまり、荒木村重は有岡城を単身脱出して、息子の守る城に逃げ込むし、小寺(黒田)官兵衛も有岡城が織田の手に落ちた際に救出され、羽柴秀吉に引き続き仕えるわけだ。もっといえば、村重は一族をどんどん殺されながらも城にこもったままで、最後は毛利に亡命する。表舞台に復帰するのは本能寺の変の後であるが、その後も秀吉との関係がうまくいかず茶人としての方が有名であったようだ。

名探偵破滅派のレギュレーション的にこうした歴史的事実を推理の材料にしてよいのか疑問はあるが、一般に歴史を舞台にしたミステリで歴史的事実を前提とするのは作者・読者共にむしろ当然のように思えるのでよしとする。

それはさておき、歴史に残っている村重の行動はあんまりかっこよくはない。これを『樅ノ木は残った』のように違った解釈をみせるのが本作なのだろう。

そうした観点で『黒牢城』を見ていくと、歴史的事実につながる伏線は作品内でもちりばめられている(なお、本作は各章の事件の伏線もきちんと張られている)。

まず、逃げ込む先の息子の城はどこかでさらりと書かれているし、脱出口も2章の秘密の出入り口を使ったのだろう。

家臣との軋轢は3章で書かれている。これまで忠実だった久左衛門も村重に疑問を呈するようになっているが、史実でも有岡城に残っていた久左衛門は織田にあっさり開城する。このことも村重は作中で予想している。

節制のきいた人物として描かれている本作の村重だが、茶器の「寅申」には異常ともいえる執着をみせている。千代保に対してもそこまではっきりしていないが、けっこうな愛着があるように読める。また、茶の湯のときのみが解放された瞬間という描写もある。

3章の最後で孤独であることを自覚した村重は、重責を捨て、自由に生きることを夢見て、寅申を片手に城を捨てるわけだ。一方で残された家臣たちは内心の望み通り織田に降伏することができる。八方ふさがりだった事態の解決策としても悪くない。千代保は史実では有岡城に残され、のちに信長に処刑されているが、連れて逃げるくらいは話として盛っていいように思える。

さて、そんなこんなで、いちおうピースはうまったが、なんだかぱっとしない。

そんなことを考えていると、歴史上の大きな謎がすぐ近くにあったことに気がつく。

本能寺の変である。

実行犯は光秀であるが、その動機や背景については諸説あるところである。

利益を得た者は誰かという点で、毛利家、足利義昭に加えて、秀吉や家康の名が裏の人物として挙がることもあるが、ここにも本能寺の変で利益を得た最大の人物がいるではないか。そう、命の危険がなくなった村重である。歴史的スケールは小さいとはいえ、当人にとっては一大事だ。まして、前述のように1~3章をかけて村重は戦国時代の武家の考え方からだんだん外れてきている。

そこで、村重が単に反対のやり方をしていただけの信長を真に超えるべく、抹殺を試みた(史実どおり千代保が処刑されていればその復讐にもなるだろう)。

キーとなるのはやはり官兵衛である。彼は人をたきつけるのが上手いとされている。実際、2章では牢番を言葉だけで村重を殺そうとさせることに成功している。

村重が計画し、官兵衛が光秀に会えるように段取りする。この際、例の「寅申」が今度こそ渡されたのかもしれない。村重によってひどい目に遭った官兵衛がまさかその意を受けているとは周囲は思わないだろう。このころ毛利に亡命中の村重は、光秀がその気になるような毛利の偽情報を密かに流し、一方で秀吉にも光秀の企てや毛利の情報を流す。

かくして、本能寺の変は起き、憎き信長を殺すことに村重は成功する。

一方で、村重から情報を得ていた秀吉は準備しており、光秀を山崎の戦いで易々と討つのだ。これは協力した官兵衛への見返りである。官兵衛は家を継ぐべき人質となっていた子を失っていた上、土牢にずっとつながれていたことで精神的に変質し、切れ者ではあるが単に武将の一人でしかなかった者から、自らの才で歴史を動かしたいと望む人物になっていた。これを村重に見抜かれ、協力させられたわけである。

冒頭の言葉を繰り返そう。

犯人は、荒木村重。

2022年3月24日公開

© 2022 乙野二郎

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