探偵は猫が好き

名探偵破滅派『ソロモンの犬』応募作品

乙野二郎

エセー

2,457文字

名探偵破滅派『ソロモンの犬』の推理です。

秋内の意識下で作られた喫茶店では、そのマスターが秋内殺害の犯人として扱われている。

ここで二回しか会っていないという記述があるが、秋内が二回しか会っていない主要人物は阿久津くらいである。なお、三回目に会いにいった際にはパーティション越しに話しており顔を合わせていないので、会っていないとした。

マスターは初老の男性であり、顔と声になんとなく覚えがある程度である。一方で、秋内は阿久津の顔を覚えていない。阿久津は40代とのことだが、声としゃべりは若々しい。しかし外見は逆に老け気味だったのだろう。声もバイトに電話するときのテンションでなければ雰囲気はだいぶ違ったものになる。人物として一致しうる。

・秋内の事故

自転車に細工した殺害方法をとれるのも阿久津くらいである。偽の集荷依頼を連絡して、秋内が建物の中に入っている隙に自転車のブレーキワイヤーを切断する。集荷場所の変更を電話して秋内を漁港に急いで向わせる。途中の急な坂道に罠(高速の自転車がふみつけたら転倒するものをはらまいておく)を張っておき、ブレーキの利かない秋内の自転車を突っ込ませて転倒させて殺害した。といった具合である。当然、このときは事務所でなく近辺にいて秋内の隙をみて自転車に細工をしたのだ(顔をそむけた軽自動車の運転手が阿久津だったわけだ)。通話時に息が上がっていたのは筋トレではなく、細工のために急に動いたのと緊張のせいだろう。

・陽介の事故

オービーは柴犬の血が入っており、柴犬は主人を守る意識が強いという(作中のテレビの専門家談)。オービーは雨の日に陽介に拾われてきてよく懐いており、その傾向が強いと思われる。

オービーが歩道で座り込んだ、あくびをした行動については、間宮によれば恐怖や緊張に襲われたときにするカーミングシグナルだと説明されている。

問題は何に恐怖や緊張を覚えたかである。
間宮は京也が雀と目が合ったことを聞いて真相を見抜いたらしいが、これがどうもよくわからない。目が合う前提として雀が並んでこちら(ニコラスの建物)を見ていたようだが、オービーが雀を警戒するのも違う感じがする。

オービーについて掘り下げてみると、雨が怖いだとか、間宮の部屋でテレビに吠えかかり飛びかかるといったことがあった。テレビに対する出来事は報道番組の椎崎家の遠景から木原の料理番組に切り替わった直後のことであった。アジを三枚におろすときのシーンなので木原は包丁を持っていたはずである。

鏡子の夫である悟は、包丁をもって暴れたことががあった。不貞があり悟が気がついた日の晩のことである。平日の雨の日ことで、雨が怖いオービーは家の中にいる。この際、陽介は二階にいたとされるが、オービーはその主人を守るために、暴れる悟に吠えるくらいのことはしたのだろう。

悟はその日以降別居しており、オービー視点からすると吠えて悟を追い出したことになった。ひろ子に対しても同様のことがあったが、こちらは縄張りを守る条件反射でひろ子は「敵」ではないとされる。しかし悟の方に対しては明確に「敵」と認識するようになったのだろう。

そのため、往来を散歩中であっても悟の気配があれば警戒するようになったと思われる。事故の直前、悟の匂いを感じ取った(体臭がけっこう遠くまで匂うという秋内のセリフが冒頭にある。鼻のよい犬ならなおさらだろう)オービーは警戒態勢に入る。しかし姿を見つけることができず(犬は目がそれほどよくないと間宮が言っている)、緊張を強いられたオービーはカーミングシグナルをとる。

そのとき、京也がニコラスから出てきて雀に対してロッドケースで撃つ真似をする。その騒ぎでニコラス側を向いたオービーは建物の陰に潜んでいた悟(包丁をもっている)を発見した。そして道路を渡って飛びかかっていこうとして、陽介を引っ張ってしまったのだ。

悟は、京也を恨みに思うか、鏡子からの釈明では納得しきれずに京也からも無理にでも話を聞こうとしていたのだろう。学生がよく利用するニコラス付近で張っていた(付近の道路には駐車車両がたくさんあったので、そのうちの一台にいたと思われる)ところ、京也たちが入っていくのを見て外の建物の陰で包丁を持ち待ち構えていたのだ。

その様子を雀たちが上空から見て警戒していた。雀たちが建物側を見ていたため、建物から出てきた京也と目が合ったのである。

事故後、予想外の出来事に悟は逃げ出し、オービーもそれを追って消えたわけである。

・二つの事件の関係

悟は結果として陽介を死なせる原因を作ってしまい、事故の裏側であったことを知られるわけにはいかなかった。そこで、事故を色々調べだした秋内を殺害することにした。その際に、兄弟の阿久津に依頼した。悟は鏡子と結婚した際に妻の氏である椎崎姓を選択しており、旧姓は阿久津だったのである。

もっとも、阿久津による秋内殺害は脳内イメージでによるところが大きいように思える。ブレーキワイヤーが切断されていた箇所は秋内の妄想で、実際には単なる事故だった可能性もある。秋内はそれまでにも他の者に対して疑心暗鬼になっていたことからこうした被害妄想を展開したのかもしれない。脳内でのマスターも「そういう可能性もあります。」と言っているのはこのことを示唆しているのかもしれない。まあ、これを言い出すと、陽介の事故から全て秋内の脳内での妄想だったというオチもありえてしまう。

・ラスト

秋内は5章の最後で死んだような描写だが、死んでいない。あれだけ脳内イメージを繰り広げられるくらいなので、身体的にはそこまで重傷ではないのだろう。意識がもどらないだけなのである。つまり眠り姫状態である。
それを覚ますのは王子様のキスと決まっており、脳内イメージの時点では智佳のキスを断ったので目が覚めなかった。
秋内が目覚めたとき、その目にはハンサムな王子様の顔が目に映るだろう。ヒロインの智佳を初対面の際に小柄ですごくハンサムな男と勘違いさせるほどボーイッシュに造形したのは、そういうラストからの逆算なのだ。

2022年9月26日公開

© 2022 乙野二郎

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