良心と悪心の狭間

伊須方里峰

エセー

1,534文字

小林多喜二を連想させずにいない重労働の蟹市場で働いていた著者による、ほんわかエッセー。

以下は、今から二年前の思い出話となる。

 

二年前の自分は、荒くれ漁師共の怒鳴り声にビクビクしながら、自らもまた大声を荒げて蟹を売るというアルバイトをやっていた。

この日も、いつも通りバイトへと向かった……筈だったのだが、同じ日の朝、ふとした事から自分の感情は、正に怒り頂点という、何やら穏やかではない状態へと陥っていた。

往々にして、怒りに心を奪われると、本当にロクな事が無いし、良い事も起きない。

今朝の「空を焦がさんばかりの怒り」はそのまま後悔へと昇華し、天に昇り、雨となって自らに降り注ぐ結果となったのだ。

「ヤバイなあ、このままじゃ遅刻する……急がねば」

この時は、怒り、その事ばかりに気を取られた所為で、その他の重要な要素をすっかり失念してしまっていた。

そのせいで遅刻だなんて、馬鹿にも程がある。

だが、自分とて、足にはちょっとした自信がある。

バイト開始時間まであとわずかとは言え、自分にはお気に入りの歌を口ずさむ余裕すらあった。

「いける!間に合う!」

そう確信してバイト先のデパート前に到着したところで、自分は決して止めてはいけない足を止めた。

……ついてない。

朝っぱらから強敵に遭遇してしまった。

「募金お願いしま~す!」

「恵まれない子供に愛の手を!」

……その強敵とは、募金だった。

(くそ、なんだってこんな時に……!)

今すぐにでも走り出せば、まだ時間に間に合う。

しかし、ここに来て突如現れた自分の良心がそれを許さなかった。

……まだ残っていたのか……と驚くも束の間、良心は自分にこう諭してきた。

(これ、お前、昨日たまたまやった動物占いの結果を忘れたのか?羊であろう?肉から毛まで、全て人の為になってこそのお前ではないのか?募金にしてもそうだ。お前がたった一個のチロルチョコを我慢すれば、それだけで助かる命があるかも分からんのだぞ?)

こうなれば悪心も黙ってはいない。

(おい、お前!遅刻すんぞ?漁師に怒鳴られんぞ?いいじゃねえか、愛の手なんぞほっとけほっとけ!チョイナチョイナの合いの手入れとけばいいって!いいからそのまま行け!走れ!)

二つの本当にしょうもない感情がぶつかり合い、まさしくコンフリクト。

募金するか?走るか?するか?走るか?するか?走るか?するか?

「あ~~~~~~~!!!!もう!!!!」

こうなったら自棄だ。

自分はポケットから小銭入れを取り出し、十円玉一枚を、子供が抱える募金箱へ、ダンクシュートよろしく叩き込んだ。

(恵まれよ、そして生きよ!)

十円玉に恩着せがましい愛情を託しながら。

「ありがとうございま~す!」

……そして、自分は完全に遅刻した。

着いた頃には、蟹売り場は既に修羅場と化していた。

荒くれ漁師達の視線があちらこちらに突き刺さって、痛い。

「こら、バイト!のうのうと遅れて来やがって!」

「え、あ、いや、でも、良心がですね」

「そんな年にもなって両親と喧嘩か?ホラ、さっさと働け!客待ってんぞ」

良心と喧嘩、まあ間違ってないな、上手い、こりゃ一本取られた、ハハハ!

……とか何とか思って笑ってしまい、はたまた漁師に怒鳴られたのは言うまでもない。

やってくれたな、良心とやら。

でも、募金をしたからか、何だか清々しい気分だ。

わずかチロルチョコ一個分の愛の手で命が救われるなら、自分も本望だ。

ありがとよ、我が良心!

 

~この日の出費~

・電車賃往復 720円

・歳末助け合い募金 10円

 

そして……

・募金の心地よさ priceless

ちなみに……

・十円足りず帰りのバスに乗れなかった自分

Homeless

 

良心なんて、糞喰らえ!

2007年5月15日公開

© 2007 伊須方里峰

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