のこべん常習犯

伊須方里峰

エセー

2,157文字

夏休み、みなさんはいかがお過ごしでしたか? 暇だと色々よけいなことを考えてしまいます。誰もが知る8月31日の気まずい思いについて考察した、ダメ人間に優しいエッセー。

去年の九月一日、神戸で中学一年生の男子が飛び降り自殺をした。

最近の日本は甚だ物騒であるが故に、「この程度の事件」では別に何とも思わなかった。

しかし、この自殺の原因が「夏休みの課題が終わらず、その事を苦にしたから」というものであれば、これは途端に興味深い事件となってしまう。

 

八月三十一日。

日本全国の小学生が一斉に机に向う日である。

汗、鼻水、涎(所と状況により血液)、ありとあらゆる体液を無様に垂れ流し、連敗中の巨人ファンの如く怒り狂う二匹の鬼(俗称・親)を背にしながら机に縛りつけられる、そんな地獄への通過点。

去年の八月三十一日、自分は時計をチラチラと見て、たまたま隣にいた友人と下卑た笑いを浮かべながら、

「お、そろそろ漢字ドリルが終わった頃だな」

「この時間だと今から算数ドリルに手をつけ始めたか?」

「何処からともなくヤクルトの容器を探し出して、変なロボット提出するんだろうよ、イヒヒ」

「いやいや、今頃はヒイヒイ言いながら紙粘土をこね回してるんじゃないのか」

「絵日記も描かなきゃいかんだろうが、普通は一ヶ月前に何があったかなんて覚えてないよな」

「『なつのとも』って、アレ絶対『悪友』だよねえ」

……などという、本当にどうでもいい馬鹿話を繰り広げていた。

無論、これらの冗談は小学生だった頃の自分においても当てはまったからこそ、こうして笑い話に出来るのである。

やはりと言うか、当の伊須方自身もこの日にあまり良い思い出はない。

当時、「居残り勉強(略して、のこべん)常習犯」の肩書きを欲しいままにしていた自分が、どうして夏休みの宿題などを糞真面目に毎日毎日こなしていただろうか?

 

十八年前の八月三十一日。

溜まりに溜まった宿題がどうしても終わらず、半ば自暴自棄になった自分は家の外へ飛び出した。

しかし、だからと言ってこういった状況は当時の友人にしても全く同じであり、とてもではないが遊びに行ける状況ではない。

だから、自分は家の外に置いてあったタルに乗って遊び出した。浅はかな子供ならすぐに考えつきそうな現実逃避に、自分も手を染めたのであった。

当時は『キグレサーカス』というサーカス団が大分にやって来ていたこともあって、

「ウオオオ、俺はキグレサーカスだあ!」

……などという全く意味不明な事を叫びながら、一心不乱にタルを転がし続けた。

この様態は、キグレと言うよりは「気狂い」に近いものがあった。

が、しかし、所詮は小学生低学年のやる事である。

何かの拍子でバランスを失い、制御をも失った自分とタルは、神風特攻隊よろしく玄関へ突っ込んでしまった。

無残に砕け散る玄関のガラス……大変な事になってしまった。これは呑気に宿題なんか終わらせている場合ではない!

まず何よりも父の制裁を恐れた自分は隣の家屋に逃げ込み、考え得る限りの逃げ道を考えた……が、どれも現実味に欠ける上に解決しないものばかり。
「どうしよう、お父さんに殺される……」

こう呟いた自分に、その時遊びに来ていた従兄弟が僕を励ました。

「大丈夫、水と『ムヒ』さえあれば、何処ででも生きていけるよ」

それを聞いた自分には「……何故ムヒ?」と逆に尋ねる余裕はなかった。

それどころか、本当にムヒを買いに行こうとしていた辺りがいかにも小学生の考えそうな事で、今思い出しても笑ってしまう。

 

結局、父は「わざとじゃないのなら怒りはせん」と自分に言ったきりで、それ以上は咎められなかった。これは、我が父の破天荒極まりない性格を考えると奇跡だ。

この一件をきっかけとして、少なくとも長期休みの課題だけは何としても早めに取り掛かって、終わらせるようになった。

しかし、それはあくまでも「長期休み」に限ったことであり、相変わらず普段の宿題をちっともやらなかった自分は、とうとう当時の担任に「中休み・昼休み外遊び禁止」を言い渡されてしまった。

まあ、そのお陰で図書室に篭ってひたすら蔵書を読み耽る癖がついてしまったのだから、人生何が幸いするか、本当に分からないものである。

ちなみに、家の玄関のガラスは、アルミ板に挿げ替えられた。今でもそのアルミ板を見る度に、この事を思い出す。

極端な事を言えば、夏休み中に遊び呆けた結果として宿題が終わらなかったとしても、それは大した事ではない。せいぜいしばらく居残りさせられるか、休み明けの課題テストで痛い目を見るだけである。

だから、もし本当にそんな事が原因で死んでしまったのなら、それはとてもとても悲しい。第一、そんな事で死ななきゃならんのなら、自分は既に六回程死んでいる事になる。

しかしながら、もしそれが本当の事だと仮定して、最近無茶な注文をつけて教師を困らせている『モンスターペアレント』(自分は別にこんなカッコイイ名前を使わないで、シンプルに「馬鹿親」「糞親」「餓鬼親」とかでいいのではないかと思うのだが)であれば、

「夏休み中にとても処理できない量の宿題を課され、精神的な苦痛と重圧に押し潰された」

などとほざき、損害賠償を請求しかねないと思ってしまった。

いくら何でも、この自殺した生徒の親はそんな事はないと願いたいが……こう考えるのは、不謹慎かな。

2007年9月25日公開

© 2007 伊須方里峰

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