古びた駄菓子屋の外、アーケードゲームが一台、ぽつんと置かれていた。それは、普通のゲーセンではもう見かけることのない、昭和に流行ったものだ。古いものの、お金を入れれば未だに遊べる、とのこと。
「うわっ、本当だ」
駄菓子屋同様、古びた筐体に半信半疑だったミマスは、お金を入れ起動したことに、つい声が漏れた。筐体の前で、視線だけを隣に向けながら、信じてなかったんだ、とスバルが返す。画面には、ドットの粗い戦闘機のようなもの。
「いやね、疑っていたわけじゃないけど」
嘘である。
「条件反射みたいなもんだよ。可愛い仔猫が可愛い仕草をしていると、つい可愛いって言うでしょ」
「どちらかというと、ブサイクな仔犬が可愛い仕草したときの可愛い、じゃない」
「仔猫ね」
「私は犬派」
ずれた会話は誰にも訂正されぬまま、慣れた動作で、スバルはカラフルな敵を撃ち倒す。
「どんなゲーム?」
「宇宙人の攻撃を避けながら、倒すゲーム」
「星間戦争なの?」
「それは知らないけど」
画面には新たな敵が出てきて、右下に旗が表示される。
「気にならない? なぜ宇宙人と戦うのか」
「気にならない。何だろうが、敵なら倒すだけだ」
「はー、スバルちゃん、血も涙もない優秀な軍人みたい!」
右下の旗が二つになる。
「ちょっとお菓子買ってくるねー」
「ベビースターラーメン」
「了解っす、上官」
ミマスは手を額に当てる敬礼をすると、駄菓子屋の中へ駆けていく。その足音を聞きながら、出世したと呟いた。旗は三つになる。
ふわふわした甘い声がなくなって、電子音がよく聞こえる。こんな簡易な電子音で、宇宙人が死んでいくのだ。
旗が四つになったタイミングで、ミマスが袋をぶら下げて戻ってきた。
「買ってきたよー」
「ありがとう」
「キャラメルいる?」
早速、ビリビリと開封しながら尋ねられる。いる、と短く答え、口を開いて待った。ミマスは、指まで咥えられぬように、スバルの口内へ軽く放るようにして入れてあげる。糖分は脳に良いと言うけれど、確かに、舌の上でじわりと溶けていく甘味は脳に効いているような気がする。
「ミマスなら、この星間戦争をどう書く?」
「ほえ?」
ポッキーを食べていると突然質問をされて、気の抜けた返事になる。スバルの横顔を見て、そして、その視線が向く画面の、カラフルな宇宙人達を見た。
「ゲームの話ねー。私なら、そうだなー」
腕を組み、目を瞑り、思案するのも一瞬。
「地球以外に移住しなければいけなくなった人間は、ついに、人間の住める惑星を見つけた。しかし、その星には、狂暴なエイリアン達が蔓延っていた。人間を襲い、時には殺すエイリアン。恐ろしいエイリアンを相手に軍人達は、移住計画のため、そして、愛する人のために戦うのです!」
語りにどんどん熱が入っていき、語尾は殆ど叫んでいた。ガッツポーズもしている。しかし、質問した本人は不満げに、声を漏らす。
「それってさ、後味悪くない?」
旗は既に、七つになっていた。
「スバルちゃんは何が不満なの?」
「だって、移住云々は人間の勝手で、危険だから、邪魔だからって、元からいた生物を殺すわけでしょう。なのに」
「そういうことねー」
スバルは喋っていると、言葉の途中で開いた口にポッキーが突っ込まれた。突っ込んだのはミマスで、途切れた一瞬に言葉を被せる。先程の語りのような力強さはなく、間延びした台詞。
「スバルちゃんの思うとこは正しい。さっすが、誰であろうと媚びない曲げない靡かない、高嶺の白き花と言われているだけあるね」
「誰に言われているのよ」
初めて聞いたわ、とスバルが呆れる。
「ふざけてないで、続きを話してよ」
「続き?」
「私は正しい。でも、間違っているんでしょう?」
旗は、一つの大きい旗になっていた。
「間違っているわけじゃないよ。正しいんだよ。清廉潔白。だけどね、多くの人は、この話を、後味悪いなんて思わないよ。例えば、アメリカとイギリスはインディアンを、日本はアイヌ民族を迫害した。だけど間違っていたことではなく、生きるために仕方ないことだとだと思っていたんだよ」
別に迫害しなくたって生きられるのにね、と言う声は、いつもと変わらない無邪気さで、言葉と矛盾していた。
「それに、例えば、日本人は戦後、軍部の幹事を犯人に仕立てあげたわけだけど、それも可笑しい話だよね。だって、自分達だって、戦争を反対する人を非国民だって罵っていたんだよ。子どもに戦争は正しい、米兵は殺していいって教えていたわけだよ。それなのに、いざ敗戦すれば、アイツらが悪い、僕らは全て失った被害者だ、って面してるんだよ。戦争を反対しなかった人だって、全員犯人なのに」
うんうんと一人頷くミマスの仕草は、言葉さえ聞いてなければ、子どもっぽくて可愛らしいものだった。しかし、ゲーム画面を見ているスバルからしたら、声と言葉のちぐはぐさに呆れるだけだ。
ミマスがまた、思考の渦に呑まれかけているようだ。
溜め息を吐くと、呑まれて溺れないうちに手を伸ばすことにした。
「それで、迫害と被害妄想が、どうしたの?」
「だから、人っていうのは、大義名分だとか上から命令だとか、言い訳さえあれば、自分が正義だと思えるんだよ」
だから、移住しないといけないから、そこにいたエイリアンを殺す話も、愛する人のために人を殺すエイリアンを倒す話だって美談にできるんだよ。
ゲーム画面では、ゲームオーバーの文字が浮かぶ。
「あーあ、死んじゃったね」
「わざとだよ。あんたの話を聞いていたら、ゲームといえど、殺す気なくなった」
「血も涙もない優秀な軍人に、心が出来たということだね」
言いながら、スバルにお菓子の入った袋を渡し、筐体の前に立つ。そして、お金を入れた。
「するんだ」
「もっちろん! それが目的で、今日連れてきてもらったんだよ! 忘れてたの?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
珍しく言い淀むスバルだが、ミマスは何が言いたいのか勘づいたようで、あーと呟き、ニヤッと笑った。
「だって、ゲームと現実は違うし」
不慣れな操作だが、危なげな様子で敵の攻撃を避けカラフルな宇宙人達を撃つ。
「誰も悪くないからね」
よたか 投稿者 | 2017-10-19 18:47
最後にゲームに話を持っていったのはとてもとてもいいオチだったと感心してしまいました。
ただ、普通の女子高生同志で、あんな感じの会話が成り立っているのかどうか気にかかりました。
そんな会話をするキャラ付けが必要だったのかもしれない。
とはいえ、このタイプの掌編は大好きです。
縹 壱和 投稿者 | 2017-10-20 20:56
コメントをください、ありがとうございます。
キャラ付けの話ですが、仰るように浅かったです。またこの二人を書くことがあれば、もっとキャラ付けしたいと思っています。アドバイスまでありがとうございました。
藤城孝輔 投稿者 | 2017-10-21 16:42
三人称多視点で書かれているが、その必然性が明確でないため、視点がブレているように感じた。どちらかの人物に視点を定める、あるいは戯曲みたいに誰の心の中にも立ち入らないと決め、一貫させた方が読みやすくなると思う。スバルの視点に定めるのであれば、「嘘である」というミマスの心理描写や「スバルの口内へ軽く放るようにして入れてあげる」というミマス視点の授受表現、「ポッキーを食べていると(スバルに)突然質問をされて、気の抜けた返事になる」というミマス視点の受身表現は、視点をブレさせる要因となる。誰の視点か分からないまま読んでいるうちに、途中でセリフの話者が分からなくなってしまい、私はものすごく混乱した。
縹 壱和 投稿者 | 2017-10-21 22:59
視点のブレによる台詞の混乱は申し訳ございません。読み返してみて、ご指摘にあったように、一貫して戯曲のように心理描写を省くべきだったと反省しております。
ご指摘ありがとうございました。参考になります。
斧田小夜 投稿者 | 2017-10-25 20:12
最後のオチ方が良かったです。落語みたいなおはなしでした。
高橋文樹 編集長 | 2017-10-25 20:45
ゲームと見せかけた宇宙人と戦うのかなと思ったら、ゲームのまま終わってしまったので、残念だった。