これはきっと醜悪な化物の砦

応募作品

縹 壱和

小説

2,127文字

2018年11月合評会応募作。『昭和歌謡大全集』を読んでいない·観ていません。
BGMは、こんにちは谷田さんやMARETUさんの楽曲。

「ねえ」
 パチン。爪を切る音が軽快に響く。
「平成最後の夏は、何かした?」
 大きく丸い黒目に見つめられながら、冷静に質問を返した。
「今更その話題?」
 適当につけているラジオでは、ハロウィンも終わってもうすぐ冬だと話をしている。
「平成最後の秋って、情緒はあるけど、夏に比べてイベント無さそうだし」
「秋に失礼だな。ハロウィンとかあるじゃん」
「駄目駄目。情緒すら無い。やることだって、仮装とお菓子の強請りぐらい。西洋式の豊作祭を、申し訳ないような低レベルになぞって馬鹿騒ぎするぐらいなら、盆に踊っていればいいのに」
「極論だなー」
 あーちゃんは、流行にとりあえず乗っている人を、目敏く嫌う。だけど、乗っかる店や雑誌は嫌いじゃない。現に、ハロウィンの日、我が家の冷蔵庫にはハロウィン限定の南瓜プリンが入っていた。(因みに、南瓜は彼女の好物である。ハロウィン自体を楽しんでいたわけではない。あれだけ蔑んでいた手前、彼女の名誉を守るため付け加えておく)
「単純なこと。自我が有るか無いか」
 前に訊いた時の返答。「あえて」と「とりあえず」の差らしい。言いたい事は分かるけど、別にいいのにって思ってしまう。
 閑話休題。
「夏かー。平成最後だって盛り上がったのも、六月ぐらいだったな。何もしてない、というか、できなかったし」
「そうだった。二人してずっと引き篭もってたもんね」
「暑かったし、それが賢いよ」
 蝉が鳴かない日があったぐらい、異常な暑さだった。冷房の心地良い部屋とは、まるで別の世界だ。窓から見下ろすアスファルトの地上は陽炎が揺らいでいて、額の汗を拭うスーツ姿や制服姿に合掌していたのを思い出す。
「それに、おかげでユウちゃんとずっと、一緒にいた」
 そう言うなり、右目の瞼に唇でそっと触れてきた。
 普段は眼帯で隠しているそこは、剥き出しになっている。瞼のところには、視力と引き換えに、目立つ蚯蚓腫れが残ってしまった。幼い頃に、酔ったもう長らく会っていない父親に投げ飛ばされ、テーブルの角にぶつけた傷だ。
 みっともないからと、同じく長らく会っていない母親に言われ眼帯で隠してきたものを、あーちゃんはいつも、醜いねと言いながら柔らかい唇で愛でてくれた。その度に、空白が満たされるような気がした。
 細く白い腕に触れれば、人形のように冷たい。
「上着着なよ。寒いだろ」
 室内とはいえ、暖房も入ってないボロアパートの一室は肌寒い。それなのに、今日は朝から、夏用の薄い白のワンピースしか着ていない。あーちゃんのお気に入りのワンピース。
「ユウちゃんが抱き締めてくれたら充分」
「わかった」
 背中に腕を回す。今日は甘えたがりモードらしい。
「暖かいね」
「あーちゃんは冷たい」
「……あんな奴が触れるなんて、私のユウちゃんなのに」
「怒ってる?」
「あいつにね」
 頬を膨らますあーちゃんは、幼くて小動物みたいだ。可愛く嫉妬する彼女の頭を撫でる。
「こんな風に、愛しくて触れるのは、君にだけだよ」
「……狡い」
 ラジオからは、リスナーのリクエストした歌が流れる。今週のテーマは、平成最後に聴きたい平成の歌、らしい。だからさっきから、何処かで聴いたことのある歌ばかり流れている。
 ねえ、と声をかけられる。
「もうすぐ年号変わるじゃん」
「うん」
「そしたらさ、いつか、懐かしの平成歌謡特集なんて組まれるのかな」
「かもね。そう考えると、時間の流れって怖いな」
「懐かしいって思っていると、若い子が、何それ初めて聴いた、って言うんだよ」
「あー、こわー」
 お互いの肩に額を当てて、力を抜いて凭れかかる。
 鈴を鳴らすみたいな声が耳の近くで震える。さらりとした黒髪が頬を擽る。
「でも、あーちゃんが、おばあちゃんになっても隣に居てくれんなら、怖くないな」
「一緒に、あの歌懐かしいね、この歌好きだったな、って話してね」
「うん」
「もう無理だけどね」
「うん、そうだね」
 あまりにも平然に言い放つから、申し訳なさは吹き飛んでしまって、私達は心から笑った。

『――――警察は、この女性を小山田さん殺害事件の重要参考人として、現在捜査中です。
 次のニュースです。アパートの一室で、女性二人の遺体が見つかりました。
 今日午後三時頃、〇〇県△△市のアパートで、異臭がするため大家と同じ階の住民が確認したところ、部屋に住んでいた上原祐希さん二十二歳と田山葵さん二十三歳が、遺体で見つかりました。
 田山さんは首を吊ったことによる窒息死、上原さんは刃物のような鋭利な物で刺されたことによる出血性ショック死であることが判明しました。玄関や窓には鍵がかかっており、家の中や二人の遺体には、争ったような跡はなかったとのことです。
 上原さんは腐敗が進み一部白骨化していることに対し、田山さんは死後あまり日が経っていないことから、四ヶ月以上間が空いていることが推定されました。また、この四ヶ月の間に、上原さんの両親が傷害事件に巻き込まれ、田山さんの母親も事故死していて、警察は今回の件と何らかの関連があるのではないかと捜査を進めております』
 
 
 

2018年11月20日公開

© 2018 縹 壱和

これはの応募作品です。
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"これはきっと醜悪な化物の砦"へのコメント 11

  • 投稿者 | 2018-11-21 18:02

    この短い中で180度展開するという構成は斬新だと思います。
    『昭和歌謡大全集』はお好きだと思いますので、是非読んで欲しいです。

    • 投稿者 | 2018-11-22 11:37

      ありがとうございます。
      あらすじだけ読んで面白そうだと思ったので、読んでみようと思います。

      著者
  • 投稿者 | 2018-11-22 01:58

    構成に工夫がみられる。ただ、ユウちゃんの性別とすべての殺人事件が最後の段落で一度に明かされるのでかなり唐突な印象を受けた。どんでん返しで明かす決定的な秘密は一つに絞ったほうがより効果的だと思う。

    それと、伏線をもう少し分かりやすく張ったほうが、ラストにもっと説得力を与えられるのではないか? どうして既に白骨死体のユウちゃんのほうが死ぬ直前(あるいは死にたて)のあーちゃんよりも体が温かいのか、私は読み返してもよく分からなかった。

    • 投稿者 | 2018-11-22 11:41

      ご指摘ありがとうございます。
      体温云々は初期設定で書いていた名残で、投稿した後に気付きました。伏線もちゃんと張れていなかったので、合評会の後にご指摘を参考に改訂したいと思います。

      著者
  • 投稿者 | 2018-11-22 03:10

    一回読んで正直、「え、なんで?」と感じてしまいました。しかし少しして、このやや唐突なオチは、作者の意図であるように思えてきました。「なぜ」「どうして」といった理屈をあまり明示的にせず、あり得たかもしれない可能世界の時間の欠片をそのまま描写したような物語として、この作品は書かれたように思いました。他方、であるならば、描写や会話文がより印象的に描かれていれば、また違う読後感だったのかもしれません。

    • 投稿者 | 2018-11-22 21:52

      ご指摘ありがとうございます。
      オチを唐突にしようと思っていましたが、そのせいで伏線がおざなりになってしまった自覚があり、反省しています。合評会終わったら、ご指摘を参考に改訂したいと思います。

      著者
  • 投稿者 | 2018-11-23 23:24

    大きな物語なのでもう少し枚数をかけて書いた方がよいかもしれません。
    二人がなぜ一緒にいるのか、どんな背景があるのか、じっくり語った方が素敵な物語になると思います。
    あーちゃんとユウちゃんのどっちが男なのかな、と思っていたらあれ?なんか変だぞ、となってラストを迎えてぎょっとさせられました。でも詳細がよく分からなくてちょっとストレスが残ります。合評会の作品でなくてもよいから、もっと読ませてもらいたい物語です。

  • 投稿者 | 2018-11-25 07:16

    個人的には繋ぎをすっ飛ばしたハイライト的な作品は好きです。その隙間でいろいろ想像するのが楽しいし、作品にはそういう可塑性があってほしいと思う性質なので。ただ、この題材、ギャップはもう一本だけでもいいから伏線があれば、より映えるとも感じました。目の付け所は大好きです。

  • 編集長 | 2018-11-25 08:58

    キャラクターの造形はよくできていた。
    ハロウィンはここ2、3年で流行り始めたので、そんなに平成感があるかどうかは疑問。次の元号でも行われていそうな気がする。
    最後のオチを読んでから、「え、そうだったっけ?」と読み返してしまった。

  • 投稿者 | 2018-11-25 14:10

    イチャイチャしているカップルがいきなり死んだのでびっくりしました。もう少し描写が欲しかったです。

  • 編集者 | 2018-11-25 15:49

    どんでん返しの効果は強く、意図した効果は出ているのではないか。ただ、字数も多少は余っているし、印象や伏線を強めるセリフがあっても良いかも知れない。

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