この国には海がない

縹 壱和

小説

3,955文字

 友人と合評会した時の作品です。テーマは「木漏れ日」「喉」「帽子」を使った作品でした。

 テキストタグがよくわかりません。ルビはどうしたら良いんでしょうか。

 【木漏れ日】
  木々の葉から漏れる日差し。またはその風景。

 課題を解くために古語辞典を開けば、そう書いてあった。ジュネレーションギャップ。
 今や「木漏れ日」とは、茂った葉から雨が漏れることを、木からの恵みという意味で、木漏れ日という。
 正直、雨は木からではなく、天からの恵みだと思ってる。でも、それは口にしない。口にして、もしも過激派の信仰者に聞かれでもしたら、未成年でも折檻される。
 前に五歳の子どもを襲ったと捕まった男がいたが、子どもの木を侮辱する発言が原因ということで、男は情状酌量となった。私刑も未成年への刑罰も許されていないから表面上は罰が与えられるが、木々への信仰の下では許されるというのが暗黙の了解となっている。

 百年以上前、地球は温暖化という問題があったらしい。それを解決するために、たくさん木が植えられた。計画通り解決し、僕らにとって「温暖化」とは歴史の教科書で学ぶものとなった。
 代わりに、別の問題を生んだ。慢性的な水不足。大きな木々が我先にと、地中に張り巡らせた根で水を吸う。だから、人間が飲むための地下水は無い。昔の川は常に水が流れていたらしいけど、今では乾涸びて、台風級の大雨の時にしか見られない。普段の木漏れ日程度の雨量では、すぐに地に沁みてしまうから。
 木々をある程度伐るべきだと主張する人はいる。だけど、現政権は樹木信仰だ。だから彼らは反逆罪に処され、貴重な水分、肉、肥料にリサイクルされる。
 これもまた教科書で知ったのだけど、三十年より前は、人間のリサイクルは無かったんだって。それどころか、未だに三ヵ国しかやってないらしい。
 小学生の時に、先生が「何ヵ国か知ってますか」と尋ねていて、エイタくんが元気よく挙手して答えていた。
 褒められたエイタくんは休み時間に、得意気な顔をして、パパが言っていたんだと話していた。
「処刑もリサイクルもヒジンドウテキだから、やらない国があるんだって。で、処刑の代わりにムキチョウエキがあるんだって」
 知らない言葉を交えて話すエイタくんが格好良くて、皆は口々に褒め、エイタくんはより得意気になった。
 二日後、エイタくんの父親はリサイクルされた。お別れ会を開く間もなく、エイタくんは他の家族と一緒に引っ越した。
 今ならわかる。政府の執行する刑を「非人道的」と説明したことが悪かったんだ。家から言い逃れできない証拠も出たのだろう。
 あの日の出来事は、僕の信仰心(無関心)に黒い水滴を落とした。

「時間だ」
 自分に言い聞かせるように呟いて、スマホだけ手にして出かけた。
 いつもの川の縁で、彼女はいつも通り、すでに待っていた。僕に気付くと、つばの広い帽子を被った頭を傾けて、にこりと笑った。白いワンピースの裾が揺れる。
「こんにちは。遅くなりました」
「こんにちは。時間通りなので大丈夫。今日も課題はできた?」
 肯定の意味で頷く。
「木々の葉から差し込む日光。またはその風景」
「正解」
「実は家出る前に引いてきたんで、覚えたてです」
「じゃあ減点」
 彼女はふふ、と短く笑う。あからさまな作り笑いだ。
「ところで、今日の私を見て、何か言うことは?」
「その帽子、似合いますね。麦藁帽子ですか?」
「うん。祖母の物なの。よく知ってたね」
「教科書で見たので。現物を見るのは初めてですけど。日除けのアイテムなんですよね」
 帽子は昔は、日除け目的もあったらしいが、木々の葉が空を覆う今、その必要が無い。帽子は防寒なファッションのためとなってる。
「こういう帽子も、全然オシャレだと思うのにね」
 そう言って彼女は、帽子のつばを摘み、深緑色の靴を軸にくるりとターンをする。
 麦藁帽子は、いわば過去の遺物だ。だけど、彼女が被れば、時代遅れはアンティーク物になる。意味の無いターンだって、滑稽にも嫌味にもならない。
「ねえ。そろそろ考えてくれた?」
 長い睫毛に縁取られた猫みたいな目が、僕の目を覗き込んできた。
 後ろに下がって距離を開ける。それでも彼女は目を合わせたまま。動揺する僕に対し、いたずらっ子のように口角を上げているのが、少し悔しい。大きく息を吐いて虚勢を張る。
「確かに、木々を崇めるばかりで水不足を解決しないことも、何でもかんでも反逆罪と判決するのも、僕は反対意見だ。だけど、それはクーデターでは無く、選挙で戦うべきだと思ってる」
「現政権になって何年経つと思う。私達が生まれるよりもずっとずっと前からだよ」
「多数決なら仕方ない。僕の思想が少数派だったんだよ」
「違う。木々を伐採したら困る人達が、信仰の皮被って政治と癒着してるから。木材が手に入る、水が不足しない、それが困るっていう連中が、宗教を騙ってるの。それに本来分離して然るべき政教を同一してるのも間違ってるし、少数派だからといって省かれるのは間違ってる」
「……そもそも、僕は丸っきり反政府というわけでないんだ。人間リサイクルについて、貴方は反対してるけど、僕は賛成してるんです」
「だからこそだよ。私が求めるものは、多様性なの。木々を信仰してる人も、伐りたい人も、人間リサイクルに賛成してる人も、反対してる人も、皆が意見を言って話し合える国を作りたい」
「だけど」
「君」
 僕の言葉を遮る。
「何だかんだと断るけど、いつも付き合ってくれるね」
 右目がぴくりと動く。絶対今の僕、不格好な顔してる。対して彼女は、またもやいたずらっ子みたいに笑う。少しどころではない。とても悔しい。
「君が絡むから……!」
「そうだね。いつも絡んでごめん。好きだから」
 何で、平然とそんなことを言えるんだろう。
「でも、そろそろ時間が無い。私の計画は、私が少年法により罰せられない今しか出来ない。だから、最後に私にチャンスを頂戴」
「チャンス?」
「うん。明後日まで考えてよ。私とやるかどうか。これで、尋ねるの最後にするから」
 
 夜から予報外れの雨が降り出した。住宅路にバケツや盥が並ぶ。
 初めは木漏れ日だとはしゃいでいた人達も、雨脚が皮膚を刺すような激しさになって、慌てて家の中へと帰っていく。父に連れられ帰ってきた幼い弟が、どれだけ雨が凄かったか、拙い言葉で説明していた。
 次の日も、勢いは止まることなく振り続けていた。バケツも盥も水が溢れかえっていて、井戸も満タンになった。この調子なら、近所のおばあちゃんが、水の流れる川が見られるかもと言っていた。
 次の日。雨はだいぶ治まって、ぽつぽつと降っていた。川を見に行きたい弟を父が連れて行くことになった。
「兄ちゃんはいっしょに行かないの?」
「友だちと約束してるから。ごめんな」
「じゃあ、写真とってくるね!」
 二人を見送って、少ししてから家を出る。行き先が同じ川だから、会わないように。
 家族とずらして出たから、少し遅れそうだ。走って向かう。
 いつもの川縁が見えてきたけど、彼女は見えない。待たせてないようで良かったと思いつつ、珍しいと思った。いつもは時間より早く着いてるのに。胸騒ぎを覚え、スピードを上げる。
 川縁にはやはり彼女はいない。だけど、帽子が落ちていた。一昨日彼女が被ってきた麦藁帽子だ。拾おうと屈むと、大雨で泥濘んでいた縁に、誰かが滑ったような跡を見つけた。
 勝手に思考が底無し泥に嵌まる。
 気付いたら、川の流れる方向へと走っていた。
 名前を呼びながら走る。足場は泥濘んでるし、川を見ながら走るから、何度も躓く。
 次第に見物人が増えていく。その中にも彼女はいない。そんな時。
「靴が川に流されてた!」
「誰か流されてるかもしれない! 早く探せ!」
 足を止めた。
 声のした方向に向かう。
 すでに野次馬が集まって来ていた。それらを掻き分けていく。円の中心には、片足だけの靴がぽつりと置かれていた。深緑色の靴。
 僕はこの時、駆け出したつもりだったけど、近くにいたおじさん曰く、ゆっくり、ゆっくりと、靴の側に寄ってきたらしい。そして、崩れるようにしゃがみ込んだ。
 言葉が喉に突っかかる。喉が焼けるように痛い。突っかかった言葉の熱のせいだ。

 彼女が見つかったのは、次の日だった。水に一日中浸かっていた皮膚は、ぶよぶよになっていたらしい。僕は見ていない。彼女の祖母が、誰にも見せたくない言ったから、葬儀の棺はずっと閉じられていた。
 僕は警察を名乗る人に呼び出された。
「君、彼女が事故にあった日、会う約束をしていたんだって?」
「はい」
「古文に苦手意識があるので、彼女によく教わっていたんです。クイズ形式の課題を出されて、会った時に意味を答えられるかっていう」
 嘘は真実に混ぜるんだって。彼女が教えてくれた。
 比較的早く開放された。僕の部屋から証拠は出なかったのだろう。
 皆、警察が僕を彼女殺害の犯人と疑っているんだと、怒ってくれた。
 だけど僕は気付いる。警察が疑っているのは、彼女殺害の犯人としてではなく、反逆を企てる罪人としてだ。
 十八歳未満は少年法により守られている。だからこそ彼女は、反逆するなら今しかないと考えていた。だけど現実は、反逆の意志がある未成年は、事故として処理するのだ。
 彼女は、政府に殺された。



「だから僕は、レジスタンスを決めたんですよ」
 にこりと笑う。講演会用の笑顔だ。穏やかそうと評判なんだけど、目の前の男は、頭を振って泣き喚く。
 ごめんなさい、許してくれと、体裁を気にせず泣き喚く。大の大人が。子どもも殺してきたくせに。
「僕、当時の政府で唯一賛同していたものは、無期懲役の刑が無かったことと、処刑した人間のリサイクルなんですよ。殺すことよりも、自由をずっと奪う方が非人道的だと思うんです。それに」
 あー、ついつい笑顔が剥がれてしまう。
 彼に目を合わせる。そして笑う。心の底から、彼の再生を祝福して。
「誰にも見せられないぶよぶよの死体となって焼かれるよりも、死後に資源となる方が、よっぽど慈悲深いと思うんです」

 
 
 

2021年4月18日公開

© 2021 縹 壱和

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