意識トレース

趾波豊

2,866文字

自動書記シリーズの1作目。2009年1月15日作成。深夜の脳裏の意識トレース。

1月15日

 

ここに準備をする。言葉はこう並べる。白波の、美しき自動書記が書き取る。

何か、うるはしきものがこちらを見つめる。待てど、言葉は出ず。

 

加熱する脳を抱えた人物が所為を施す実存界に、つくられた木霊はどこまでも響いて返ることがない、こんなところで今価値の付与の虚無性を説いても徒だとは諭しても聞かぬ脳波のアンプは留まらずに声を手に変えてシニフィエの艶なるを捕えて口腔にまろばしめ異国の言語に戯れて異人の奇異なる目を引きて邦人の愚鈍さを原始宗教と嘲笑するあさましさよ。

教えよう、あのオオカミ少年のようにあまりに奇人の言葉をまねるものだから、いざ自分がとなれば、囲む皆人直ぐな眼鏡を持て君を見据える。誰も曲せた吐息をかけたりしない、それが特効薬であったとしても。構造は強固にして温暖だから、正直を善しとなす者にとりては終の住処だから、もちろんのこと異論を好む者はいらぬ筈だ。元よりいだす言葉直ぐならざれば、妄言虚言の罪に陥ることげに理なり。邪な思念廻らすを生業とするは唖鼻の輩に異ならず。云々。

理性の信者でもあった。彼に意味結ぶ声帯を与えた。無間の脳充血文様を吹かした、その事実は、人類の先に咲く北極星の幸福、それは不可避にいつまでも香り続け、何時でも脳はその恩恵を忘れることができない!

疲労しない理性はよすがら文を刻みつける、純朴な脳に!視神経は豊かな緑を追い求めるが、行く先々で理性は顔を出す、そして叫ぶ、「神よ、万物の長たる人間に慈悲を!智慧ある人類よ、行く手に幸あれ!」

彼らは知らないのか。然し、彼らが見ている。私の言葉は相対的だ。精密画の言葉は白波をなだめる術知らず、自由の叫びも耳に障り、言葉の謀反は襲いかかり、天を仰げば前例数多、理性の重荷はレテの川に入れば解けるという。本朝では、認められていない。完全に行き詰まっている。

それは何か。憐憫のみである。凌駕した憐憫、一縷の水分子の憐憫をも彼の少年を救う。

肉体よ、滅びよ–私は、全く肉体を生まれるがままに放置してきた、すなわち社会的な筋肉の緊張を知らぬのだ、というのも価値重心はその一点にあるから。

ここで文脈は折れ曲がる、思惟よ、稚拙な構造帯を許諾せよ。さもなくば小さな村は噴出する溶岩に呑まれて呆気無いだろう。

 

自分よ、つかれてしまったのか?君の嫌いな理性とやらが。勝手に君を代弁して、服を選んでくれているぞ。自分よ、ふて寝するのはよしてくれ。理性は、どんどん、君のことを誂え向きに仕立ててくれるよ、そうして君を待つのは怠惰な朝と擦られた社交場だよ。

手を打て、目よ、邪魔をするな、基本語彙よ、拡張せよ。僕の音義が、耳ならせよ、滑落した山岳救助隊の一人はここで見つかる。白に埋もれた人間は黒き文字を見いだせず吸気の中にも無色の理のみ宿して後ろめたく、次第に体は白に求める。白は無音、白は無温、冷たき四肢は何をもとめる。

見よ、このような靜謐な空間においても理性は事痛く現れては見える、世界だと叫ぶ、人情だ、宇宙だ、心理だ。殺人だ、殺人だ。人は死に直面するとき、眠るからだ。逸れ殺人は、理性の働きではないか、君、理性の言いなりではないか、見よ、前例が、君を動かした、面白く、操り人形の君は、滑稽に、それ人を殺す、君の思いは、前例だ。感情さえ、ありふれた充血文様じゃないか。人は、死に直面して、眠りを求める、静かな言葉をさらに沈めて、白を求める。それ殺人は、君の理性じゃないか、ほかに誰が犯人だというのか?殺しはしまい、それは理性の重荷ではない、眠りを浪費せよ。それ最大の反抗だ。証言者としての自動書記を準備せよ、目覚めたときのために。

無論混迷の中の出来事、時計さえ見るのだから、単なる邪見にすぎない。これは大罪である、地獄である、理性と接合している。ゆっくりと逃げるためには理性をだますしかない。騙しすかして、肝を抜いてやる。博愛主義者め、すべての事象、あらゆる概念を保存しようと企てるな。身を滅ぼすだけだといって利害が一致している。都合の好い様に君は欠けている。一連の穢れを生むことが解らないのか。白熱する手は凍えを知らず記録を続ける。

なにもかもが 他人に解りやすく書いている積もりだ。若し他人がいなければ創作言語が踊ることだろう。結局の目的は自己精神分析ではない、自己価値の再分配処方だ。生命をつなぎ止める価値よ、一堂に会して平等に振り分けられ んことを!価値は公共の財産であり独占していて何の得もないからそれぞれの人に振り分けて全員が幸福になるべきだ。

馬鹿な空気がゆっくりと回ってキラキラ光って無限の曲をかけ流している。芸術が語られるのか、はたまた政治が。例えば、自分が盲目になったときのことを考える者は少ないだろう。私は、今から考える。ほかのやつは知らない。私は今までに5回ほど考えたことがある。ほかのやつは知らない。盲目である人の映像を私は見たことがあるし実際に見たこともある、杖を使って歩いている。犬を連れているときもある。本当に見えていないのかは知らない。なぜ見えない人のことを知らないなんて言うのか、それは私が盲目であったならそんなこと言われたって平気だからでありそこから推測するに盲目の人はそんなこと言われたっていっこうに気にしないんだろうと思って盲目になった気分で目をつぶりこのようにしてキーボードを叩くからである。断層がある。

また君はここに価値をおいていくのか。

目が見えないなんて幸せだと思う。このような全霊的な発言は無価値だと思う。僕はここに価値をおく。その行為は静かである。ここに僕は価値をおく。矛盾を感じないならば、君の光線は白い脂のようなまっすぐの層が上にある。僕は面白い価値をここにおく。矛盾はない、言語上は存在する。種々の文壇上の問題が頭を駆け巡る人は、サナトリウムの緑のガラスの埃の暖かさがある。空の中を飛びまわって見たいと思わないか。実は飛び回っている。何も言わないならば君は群青の海だ、と僕はここに価値をおく。だから僕は盲目の方が幸福だ。

すべてが分裂している。実は分裂していない連合である。君の世界にはもうすぐなんて言葉や時計なんていう諦めや、嗚咽やため息やもう手が動かないなどといった諸概念は適合しない。それほどに君は忙しいからだ。何かをするとすれば受話器を取り、僕の携帯電話に電話をかけてくることだ。そこまで愛するなら、僕は君を受け入れなければならない、新たな捕らえるべき僕として!そしてまた前例が増える。この小段落は血のついた雪の匂いがする。

奇麗な向日葵が咲いていれば結構。黄昏のホーマーの音波を届ける夜霧があれば結構!全能の神を集めたという報告、第三世界の映像、古代および未来の鼻歌を肥大化させた死人の模型群があれば結構。恐ろしげな音、迫る単純化の恐怖が肋骨を食み雪崩が眼球を犯し白波が盛大に鳴らせば結構!すべての価値の付与を受領する間隙が備われば、これまでの文章は輝き、目的の憐憫は得られるだろう。

2021年10月19日公開 (初出 『趾波豊作品集 詩群』2019年8月

© 2021 趾波豊

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