機械を止めて

流樹

1,663文字

神社の大祭が近づいてきている田舎町。鳥、疎水、帯、珈琲…青年写真家による日々の観察と、「彼と彼女」の幸福を脅かす小さなナイフの物語。全行脚韻を踏んだ韻文詩です。

匿名。郵便受けに届いていた一通の速達。

君に手を出すな、数度目の警告に苛立つ。

 

◇六月八日(水曜。赤口)

 

昼下がりに疎水付近を散歩。はるか遠く

木立の頂上を舞っている珍しい単独の

イシダテハヤブサを発見、仕事道具の

一眼レフを取り出して何とか把捉。

疎水に浮かんだ一艘のハイヒール

にふとあらぬ物語など夢想してみる。

 

大祭の露天が並び始める。木内少年(兄)

が石畳に落書きの真っ最中、その背後に

大きな垂幕が揺れている。気付かれる前に

角度を変えて数枚。境内では昔ながらの鬼

ごっこ、少年達が色違いの面を手に石段か

ら駆け下りてくる。私まで審判役で参加。

 

夜に君からの電話。「今の映像は衝撃的」

今日もハイジャック。容赦のない虐殺劇。

画面に自称テロ評論家が登場、「敵意

には敵意、悪意には悪意が本当の今世紀。

たとえ「使徒たち」を一掃しようが

途絶えることない死都の肖像画」

 

◇六月九日(木曜。先勝)

 

先週、母の遺品を整理中に段ボールの奥

から相当量の原稿を発見、今週の月‐木

にかけ仕事の合間に目を通していく。

「そして台風の後に」で始まるエピローグ、

行間に透けている母の倦怠感や孤独

感に思いを馳せつつ珈琲を手に一服。

 

◇六月十日(金曜。友引)

 

久し振りに街に向かう。駅前の正面広場、

ありえない雑踏を抜けて立看板NOVA

前で金沢氏に合流。「ご足労様です」とは

写真を受け取った編集長金沢氏の言葉。

ハイジャック事件の感想を交わしながら

構図の打ち合わせ、表紙は二色カラー。

 

市長選の街頭演説。白手袋に格子柄の襟、

女性候補が台に立って繁華街、買物帰り

の主婦に挨拶中。バスで少女達のお喋り

に耳を傾け、風景を眺めるはずが一眠り。

いつのまにか届いていた君からのメール、

連絡を入れ明日の約束を一時間早める。

 

◇六月十一日(土曜。先負)

 

神社大祭は三日目。夜六時、鼈甲飴に綿

飴、風船売りに金魚掬い。出店で買った

団扇を手に本社参り、かなりのご無沙汰。

小銭を放って縁固め、その後浴衣から肩

を露出させた君の艶姿を特別に二、三枚。

「これって写真家の病?」に思わず苦笑い。

 

◇六月十二日(日曜。大安)

 

朝、木の椅子に垂れている花模様の帯。

二人分のパンと珈琲をベッド脇まで運び

寝息を立てている君の隣に腰掛けて首

筋に指を這わせていく。君は一度背伸び、

寝惚け顔で首を振ると「何だか現実逃避」。

気怠い雰囲気で始まったこの日曜日。

 

写真機の手入れ。数度シャッターの空押

し、蓋を閉じる。レンズ越しに君の思案顔、

机に散らばった母の遺稿。「不思議な力を

感じるな」等々お互いの印象を交換。花押

入りの箱に原稿を片付け、息抜きに散

歩がてら疎水まで歩く。抱擁の後に解散。

 

境内前に停まっている十数台のトラック。

木内兄弟に両腕を掴まれ私も否応無く

後片付けのお手伝い。青竜・玄武・朱雀・

白虎を刺繍した天幕は室町に遡る傑作。

家にカメラを忘れたことに気付いたが

今更手遅れ。目に焼きつく鮮烈な赤。

 

◇ 六月十三日(月曜、仏滅)

 

郵送で届いた「新写真」、見開きで掲載

の自作。君に頼って日々をパラサイ

トの身分だけに気分的に拍手喝采。

東武線の脱線事故を撮った一枚。最

終的に写真家は無力とはいえ、せめて

もの気持ちでつけた題:「機械を止めて」

 

ニュース速報。紛争、国連軍による武力介

入、国境封鎖、爆撃続行、都心部の被害

報告、情報工作。悪化する現状を打開

するためジュネーヴで開催中の和平会

議が決裂。溜息が漏れる。そして予想外

の連絡。帰宅途中の君が刺されて重態。

 

鍵を閉める。自問し続ける無数の「if」、

背後から「彼女に触るな」、一瞬のナイフ。

2009年7月13日公開

© 2009 流樹

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