インタビュー・ウィズ・

合評会2023年03月応募作品

諏訪靖彦

小説

3,972文字

2023年3月合評会参加作品。お題は「ゾンビ・パニック・ロマンス」

――最初の作品が公開されたのはおいくつでしたか?

「たしか、七歳か八歳だったと思います。小学校に入ると同時に芸能事務所に入って、お母さんに言われるまま子供服のモデルをしたり、テレビドラマの端役に出演していました。でも、お母さんが一番望んでいたのは映画の仕事だったので、色々な映画のオーディションを受けていました。幼かった私はオーディションの意味もあまりよく分かっていませんでしたが、お母さんが喜んでくれるならと、学校の勉強よりも、友達と遊ぶことよりも、オーディションを優先して受け続けました」

――たくさんのオーディションを受けた結果、あなたは映画の主役を射止めました。

「お母さんが凄く喜んでいたのを憶えています。私に向かって「映画デビューだよ! 主役だよ!」って子供のようにはしゃいでいました。私には、それがどれほど凄いことかわかっていませんでしたが、お母さんが喜んでいる姿を見て、お母さんの期待に応えられたんだと嬉しくなりました」

――初めての映画主演はどうでした?

「演技指導のマン・チンチン先生のおかげで、気負ったり、プレッシャーを感じることはありませんでした。先生は「僕は君から何かを引き出そうとは思っていない、自然体のままの君が一番の魅力的なんだ。そのままの君が一番かわいくて、監督もお客さんもそれが観たいんだよ」と言ってくれたんです。だから私は演技をするというより、ありのままの自分で、与えられたセリフをしゃべるだけでした。それが演技といわれると違うのでしょうけど、結果、それがよかったのだと思います」

――ですが、初主演作は公開当時、あまり話題になりませんでした。それどころか、ある映画の二番煎じだと映画批評誌に書かれてしまいました。

「私はあまり気にしていませんでした。二番煎じと言われた元となる作品も観ていません。ですが、お母さんは相当気に病んでいたようです。後で知ったことですが、酷評した評論家に対して、あの作品とこの作品はここが違うとか、この場面があの映画では描ききれていなかった、などといった手紙を書いて送っていたようです。そんな手紙を受け取ったらもっと酷評してやろうとか、この子役に関わるのはやめておこうなんて思いますよね(笑)」

――劇場公開されてから半年後、転機が訪れます。

「ええ、本国では鳴かず飛ばずで、VHSの販売も見送られるような作品が、日本で突然ブレイクしたんです。売れた理由は何だったんでしょうね。映画評論家から二番煎じと言われた元の作品に便乗して人気が出たのかもしれませんし、他の理由があったのかもしれません。あ、でも、次の作品を撮っているときにマン・チンチン先生が「君がかわいかったから売れたんだよ」と言ってくれました。冗談だったのかもしれませんが、その言葉で次の作品も頑張れました」

――突然のブレイクに驚きましたか?

「日本のマスコミが芸能事務所だけでなく私の家にまで押しかけてきたんです。パニックになりましたよ。当時はインターネットもない時代です。日本でブレイクしていたなんてちっとも知りませんでした。たくさんの人が家の周りを取り囲んでいるのを見て、最初はお母さんが何かいけないことをして捕まったのかと思いました(笑)。お母さんは私を売るためなら何でもする人でしたから。

私が日本のマスコミに追われるの様子を見て映画配給会社は私の人気が本物だと感じたようで、あれよあれよという間に二作目、三作目の制作が決まりました」

――それから何度も日本へ行くことになります。

「この国では大した実績もなく、ちょっと芸能の世界に足を踏み入れただけの小学生が日本に行くとスター扱いでした。日本では色々なテレビ番組に出演させてもらいました。当然、日本語は話せませんでしたが、片言で「ハイ」とか「コンニチハ」と言うだけで大いに盛り上がりました。それが嬉しくて日本語を勉強したこともありますが、私が正しい日本語のイントネーションで話すと、あまり盛り上がらなかったんですよね。外国人のたどたどしい日本語が日本で受けるのだと知ってから、勉強するのをやめました。あ、そうそう、面白い話があります。黒いティアドロップのサングラスをした司会者の番組にゲスト出演したときのことです。出演したコーナーの最後に、私の友達を次のゲストとして呼ぶ決まりになっていたのですが、私には日本人の友達はいませんでしたし、有名人の友達もいません。友達と言われて私の頭に浮かんだのは演技指導のマン・チンチン先生だけでした。それで私が先生の名前を告げるとスタジオ中がザワザワとなって、誰だ? 誰だ? って(笑)。私以外にも、国を離れて日本で活躍している俳優や歌手が何人かいたので、私の口からその方たちの名前が出ることを番組側は期待していたのでしょう。司会者の額に汗がツーと流れたのと同時に前方に座っていたADが「CM」と書いたカンペを出してCMに入りました。CM中に番組プロデューサーと話し込んでいた通訳の方が蒼い顔をしながら近づいてきて「テレサ・テンで、テレサ・テンで」と言ったので、CM明けに私は何事もなかったようにテレサ・テンを友達として紹介しました。そして通訳から差し出され紙に書いてあった電話番号に掛けて、テレサ・テンと話しました。テレサ・テンとお話したのはそれが最初で最後です」

――お話に出たマン・チンチンはのちに逮捕されてますね?

「ええ、マン・チンチン先生は児童淫行の罪で逮捕されました。でも先生の名誉のために言わせてください。先生は事務所に所属する子役みんなに愛情を注いで指導していました。その愛を受けた生徒が先生を好きになるのは当然のことです。生徒の先生に対する気持ちが恋愛感情だった場合、そういった関係に発展することもあったでしょう。それが年齢によって犯罪行為になるなんて、おかしなことだと思いませんか?」

――被害者とされる方が成人されていれば自由恋愛と解釈できなくもないですが。

「成人とは何でしょう? この国では性交同意年齢が十四歳、女性の婚姻可能年齢が十五歳以上と決められていることは知っています。知っていますが、それはしょせん国が決めたことでしょ? 芸能の世界は俗世の理の外にあります。だからこそ名作が生まれるんです。芸能に生きる人間の恋愛は国が決めたルールに縛られるものではないんです」

――お話を聞いていると、あなたもマン・チンチンのことが好きだったのではないですか?

「事務所に所属していた女の子は皆、マン・チンチン先生が大好きでした。その感情は歳上へのあこがれであったり、友達としてであったり、兄妹としてであったり、人それぞれだったと思います。あなたが知りたいのは、私が先生にどういった感情を抱いていたかですよね? さあ、どうだったかしら。忘れました。」

――あなたはマン・チンチンと肉体関係があった?

「そんないやらしい言い方はやめてもらえませんか? この話はもういいでしょう。ほかの話をしましょう」

――わかりました。ではお母さんの話に移ります。あなたのお母さんは日本で売れてからもあなたのマネジメントを他人に委ねることなく、すべて一人でこなされていたようですね。あなただけでなく、ほかの子役のマネジメントもされていました。

「はい。シリーズ二作目、三作目が公開されて日本でのブームがひと段落したあとも、方々からパトロンを探しては私や他の子役のために映画の仕事を取って来てくれました。残念ながら日本でブームを起こした映画ほどヒットする作品に巡り合うことはできませんでしたが、お母さんの精力的な営業活動によって映画俳優としての地位を確立できたと思います。そしてパトロンの方たちと会ううちに映画関係者だけでなく、今まで全く繋がりのなかった財界人や政治家たちと知り合うことが出来ました。お母さんはとても優秀なマネージャーだったんです。そういえば、ある日こんなことがありました。ホテルのロビーで仕事の打ち合わせをしていると、お母さんからカードキーを渡されました。見るとホテルの最上階、スイートルームのカードキーでした。仕事を頑張っている私へのご褒美だったのでしょう。私は嬉しくて打ち合わせが終わると直ぐに部屋へ向かいました。でも残念なことにスイートルームを満喫することが出来なかったんです。疲れていたからでしょうね、部屋に入ってすぐ寝てしまってようで記憶が全くないんです(笑)」

――そのお母さんも逮捕されます。

「ええ、事務所に所属していた子役が仕事を与える代わりに売春を強要されたと通報したからです。お母さんは児童売春斡旋で逮捕されてしまいました」

――お母さんが逮捕されて、あなたはどう思いましたか?

「その子役にも非があったのではないでしょうか? 仕事が取れると思っていたのに、うまくいかなかったからお母さんを訴えたんです。自身の実力不足をお母さんに責任転換したとだと思います」

――お母さんが逮捕されたことにより、あなたは俳優業を辞めました。

「私のマネージャーはお母さんだけです。ほかの人に私のマネジメントを任せることは考えられませんでした。それでキッパリ俳優業から足を洗ったんです。今は裏方としてお母さんがやっていたマネジメント業を引き継いでいます。お母さんが作った人脈がとても役に立っているんですよ。今日もこのインタビューのあと、パトロンになってくれそうな人に売出し中の子を紹介しに行きます」

――マネジメント業で成功されることを願っています。最後に来月公開される作品の紹介をお願いします。

「4月1日全国ロードショー『幽幻道士/ザ・ファイナル』、キョンシーブームの再来を予感させる傑作ゾンビムービーです。ぜひ劇場に足を運んでご覧ください」

 

(了)

 

2023年3月16日公開

© 2023 諏訪靖彦

これはの応募作品です。
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"インタビュー・ウィズ・"へのコメント 13

  • 投稿者 | 2023-03-17 15:40

     筆者が意識したてかは置いて、昭和三十年〜四十年頃の所謂、中間小説ブーム・テイストを偲ばせるエンタメ。良い意味でサクサクと読め愉快。甚だ面白かった。

  • 投稿者 | 2023-03-22 13:46

    凄く不気味な作品ですね。
    明示的に書かれてはいないですけど、明らかに当初は被害者だったはずなのに、いつの間にか当事者の遣り手に成り果ててるという。
    ゾンビに囓られて、そのままゾンビになったようなことを暗示させますね。

  • 投稿者 | 2023-03-22 17:47

    見識あるコメントが続く中でハードルが高いのですが、後味の悪いペド物語で良かったです! とはいて、後味の良いペド物語もあまりないですが。
    ゾンビラストまで出てこないなぁと思ってたんですが、比喩的なゾンビだったんですね。
    あんまりパニックとロマンスしてない気もしますがある意味主人公がパニック状態な気もします。ロマンスはアレですね、性的なところがロマンス。

  • 投稿者 | 2023-03-22 21:32

    久しぶりのペドものですね。某ジャニーズ事務所の話を思い出しました。
    視点が被害者側でしかも救いがないところがこれまでになく新鮮で視点の広がりを感じました。
    ゾンビは『霊幻同士』しか感じなかったなあ。パニックは「マン・チンチン先生」ですか? この名前がツボに入り窒息するところでした。漢字で書くと曼挺挺ですかね。

  • 投稿者 | 2023-03-23 04:46

    主人公がゾンビで、ゾンビ映画の主人公に抜擢されたのだと思って読み始めたら、いい意味で裏切られました。
    ゾンビが出てくるのが作品名だけというのが、少し寂しい気もしたのですが、それ以上に登場人物それぞれの毒と欲がいい案配で散りばめられていて、とてもおもしろかったです。またそれが連鎖することを示唆する終わり方も好きでした。

  • 編集者 | 2023-03-24 17:46

    ソンビいつ出てくるかと思っていたらのオチでした。もう完全に振り切っている感がありますね。突き進んでください!

  • 投稿者 | 2023-03-25 06:10

    主人公はマン・チンチン先生や母親の言いなりになっている被害者かと思いきや、ラストで確信犯へと豹変する鬱展開がよかったです。ゾンビもパニックもロマンスも取って付けたような感じが書きたいことを書いている感があってまたいい。

  • 投稿者 | 2023-03-26 18:54

    インタビュアーがあんまり好意的じゃなかったですね。そもそもどの媒体にこれが載るんだろうか……。文春とかになるのかなあ。新潮とかか。あとタモさんって汗かくのかなあ。タモさんじゃないかもしれないけどもwww

  • 投稿者 | 2023-03-26 22:46

    テンテンちゃんが霊幻道士の何作目に出ていたのか思い出せなかったので調べてみたらどの作品にも出てなかった。俺の記憶が何者かによって改竄されていると思ったらテンテンちゃんは幽幻道士の方に出ていたわけで、記憶なんてシャボン玉。

  • 投稿者 | 2023-03-26 23:34

    いま思うと笑えるB級映画なのでしょうが、子供のころはキョンシーがただただ怖かったですね。テンテンのかわいさもよく覚えています。まあ今ではちょっと考えられないような事が、自分の子供の頃は「そういうもの」としてまかり通っていましたし、わりと最近いろいろ変わってきましたよね。

  • 投稿者 | 2023-03-27 00:50

    「幽玄道士」ずいぶん昔に観た。主題歌が「鳩ぽっぽ」のメロディだったかな。テンテンちゃんがかわいくて、日本の番組に出演してたことを思い出した。/会話劇で進行するので読みやすいが、内容が見えてくるまで主人公の性別が不明だったこと、キョンシーはゾンビなのかということ、ロマンスの要素があったのか、などが気になった。

  • 編集者 | 2023-03-27 20:09

    ジャニー何某が頭をよぎった。マン・チンチン先生に人生ごと取り込まれている様子がリアル。『幽幻道士/ザ・ファイナル』とかいって、また続編出るんだろ。知ってるぞ。

  • 投稿者 | 2023-03-27 20:35

    最初、今話題のキー・ホイ・クァンがモデルかと思って読みはじめたが、どんどん不穏な話になっていった。児童虐待の連鎖が生々しい。「黒いティアドロップのサングラスをした司会者」などのほのめかしにニヤニヤさせられた。

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