名探偵は遅れてやってくる

名探偵破滅派『死と奇術師』応募作品

諏訪靖彦

エセー

2,402文字

ガチガチの本格で嬉しい反面、これだといった推理が思い浮かばないので期限内に提出できませんでした。ごめんなさい。

 

物語の鍵となるのはまず間違いなく「蛇男」だろう。リーズ博士が蛇男を診療したのはオーストリア時代であり、当時、博士や蛇男と関わりのあった人物は博士の娘リディア・リーズとフロイド・ステンハウス以外にいない。そのことを踏まえたうえで推理を展開する。

 

【アンセルム・リーズの死】

彼の死は自殺である。

クロード・ウィーバーの妻に雇われた調査員の証言通り、リーズ博士は書斎でクロード・ウィーバーと酒を飲んで別れた。家政婦ミセス・ターナーがクロード・ウィーバーと面識がなかったのは、彼女が嘘をついていたわけではなく、実際会ったことがなかったからだ。クロード・ウィーバーとの診療行為は電話で行われており、事件当夜までクロード・ウィーバーはリーズ家に訪れたことがなかった。

アンセルム・リーズはクロード・ウィーバーと別れた後、フロイド・ステンハウスから掛かってきた電話の内容によって自殺を決意する。電話の内容はオーストリアで診療を行った「蛇男」に関することで、アンセルム・リーズを自殺に追いやるに十分な内容だった。

自殺に使った道具及びフロイド・ステンハウスとの電話メモについては、書斎にミセス・ターナーとデラ・クックソンが入った時に、手癖の悪いデラ・クックソンが盗んだのだろう。事件に関することが明るみに出ることを嫌い盗んだわけではない。何となく盗んだのである。凶器が銀のナイフなど高価なものであったもしれないし、電話メモにアンセルム・リーズが自殺するに相応しい内容が書かれていたかもしれないが、デラ・クックソンは何となくそれらを盗んだ。

また、事件後リディア・リーズはアンセルム・リーズが「自殺は恥ずべき行為」と考えていた旨の供述をしている。私は初読時、アンセルム・リーズの死を自殺と判断するなかれといった読者へのメッセージだと受け取ったが、物語が進むにつれ、リディア・リーズが犯行に関わっているのではないかと疑念を抱き上記記述をミスリードと考えた。

 

【ピート・ホッブズの死】

ピート・ホッブズはフロイド・ステンハウスによって殺された。

守衛に気づかれずに犯行を行えるのはフロイド・ステンハウス以外におらず、守衛の証言では死亡推定時刻(死後硬直についての記述がないので範囲を広くとる)前後にアパートメントに入った人物はいない。殺人を実行できる人間は4階に住んでいるフロイド・ステンハウスだけだ。

フリント警部補らがアパートメントにいるタイミングでピート・ホッブズの死体が発見されたことについて、幾つかの仮説を建てることが出来る。その中で本格ミステリ的に一番エレガントだと思える殺害方法を採用することにした。

フロイド・ステンハウスはアパートメントに戻ると直ぐにエレベーター内でピート・ホッブズの首を絞めて殺害した。ピート・ホッブズ殺害後、フロイド・ステンハウスは自室に戻りロープを持ってエレベーターに戻る。そしてピート・ホッブズの首と両足にロープをかけてエレベーターで5階に向かい、5階の網目状扉にロープの端を巻き付けた。フロイド・ステンハウスはエレベーターで4階に戻り、ピート・ホッブズの死体が5階入り口に張り付いている(ピート・ホッブズの首にきつくロープが締まっていたのはこのためである)ことを見上げ確認し自室に戻りフリント警部に電話する。そう、エレベーターには天井がなかったのだ。

その後、フリント警部補らが部屋に到着し、フロイド・ステンハウスと話をしてからエレベーターで4階から1階に降りているが、その時にピート・ホッブズの死体はエレベーター内になかった。人は普段、上を見上げることはまずしない。エレベーターを単なる移動の道具と考えていたならなおさらだ。

ここで問題となるのが、いつピート・ホッブズはエレベーター内に落ちたかである。フロイド・ステンハウスはピート・ホッブズをエレベーターに落とすつもりはなかった。5階の扉に結んだロープの結び目が甘く意図せず落ちてしまったのだ。フロイド・ステンハウスはフリント警部補らの訪問をいずれ発覚するであろうピート・ホッブズ殺しのアリバイ作りに利用するはずだった。

また、フロイド・ステンハウスがピート・ホッブズを殺すに至った理由はリディア・リーズと会っていることを知られていたからと推測する。

 

【オーストリア時代】

蛇男、リディア・リーズ、フロイド・ステンハウスはアンセルム・リーズがオーストリア時代に関係があったもしくは関係した可能性のある人物である。蛇男はアンセルム・リーズの治療の甲斐なく自殺されたとされ、蛇男の娘に該当するのは年齢的にデラ・クックソンしかいないが、彼女が事件に関係しているとは考えにくく、少々飛躍した推理を展開してみる。

蛇男はアンセルム・リーズの妻と関係を持っていた。そして蛇男とアンセルム・リーズの妻との間に生まれたのがリディア・リーズである。アンセルム・リーズは蛇男を診察する過程でそのことに気づき、蛇男を殺害するに至った。しかし、蛇男はアンセルム・リーズの妻と関係していたこと、アンセルム・リーズの娘が自分の娘の可能性があることを友人であるフロイド・ステンハウスに伝えていた。アンセルム・リーズがイギリスに移住したあと、フロイド・ステンハウスは患者を装い、アンセルム・リーズに蛇男を匂わせる夢に苦しんでいると訴え脅迫する。またその過程でリディア・リーズは自身の出生に気づきフロイド・ステンハウスと通じ合うようになった。

事件当夜フロイド・ステンハウスはアンセルム・リーズに蛇男とリディア・リーズが親子関係である決定的証拠を電話で突きつけ死が連鎖する。

 

 

 

「本格ミステリにおいて殺人の動機は二の次である」

 

 

 

なんてどこかで聞きました……。

 

 

2023年6月19日公開

© 2023 諏訪靖彦

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