埼玉の空の下は手かざしと脅迫

合評会2023年05月応募作品

諏訪靖彦

エセー

3,091文字

2023年5月合評会参加作品。お題は「信じていない宗教に奉仕している聖職者が逃げ場のない深刻な事態に直面する話」

俺は新興宗教の信者だ。それも二団体。

高校生のときに皆から一目置かれるほどギターのうまいという友達がいた。あるとき、Nから「放課後、俺の家でギターの練習をしないかと?」と誘われた。Nとは何度かスタジオに行ったことがあったし、麻雀部屋のになっていた俺の部屋に打ちに来たこともあった。それなりに仲が良かったし、Nが持っている高価なギターを弾かせてもらえるんじゃないかと期待して俺はNの家に遊びに行くことにした。

彼の家に着いて玄関を上がると、取次の上に電話台のような棚が置かれていた。棚の上にはページの開かれたノートが置いある。「これ何?」とNに聞くと、「家に上がるにはそこに住所と名前を書かなければならないんだ」と言われ、俺は訝しながらも、防犯意識の高い家庭なんだろうと思い、住所と名前を書いた。ボールペンをノートの上に置いて顔を上げたら、いつのまにかNの母親らしき人物が私の隣に立っていて、彼女はニッコリ笑いながら、「よく来てくれたね。さあ、さあ、こちらにどうぞ」と言って俺の手を取った。俺は半ば引きずられながらリビングを抜け、その先の部屋に向かった。

連れてこられた部屋には異様な光景が広がっていた、部屋の奥に神棚を大きくしたような祭壇が鎮座し、天井からは《〇〇〇〇大神》とか《〇〇〇〇命》などと書かれた習字で使う長い紙がぶら下がっている。そのどれもが俺の記憶にはない神様だ。俺が呆然とそれらを眺めていると、彼の母親は部屋の中心で祭壇に向かって目を瞑って正座するように言った。普段畳では胡坐をかく俺だが、彼女の濁りのない瞳に気圧され、言われるまま正座して目を閉じた。

「何か感じない?」と後ろから声がする。俺は目を開けて声の聞こえた後ろに首を回す。Nの母親が私の背中に向かって手をかざしていた。すかさずNの母親が「だめ、目を閉じて前を向いて」と言ったので、すぐに知らない神様の前に向き直る。暫く経ってまた「何か感じない?」と声が聞こえた。俺は何も感じなかったけど、いや、寒気のようなものは感じていたけど、寒気を感じるとは言ってはいけない雰囲気だったので、「なんだか背中が温かくなってきました」と嘘をついた。解放されることを期待してそう言ったのだが、Nの母親は「初めてで、そう感じるのは霊感が強いからかもしれないね。このまま続けるわね」と言って私に手をかざし続けた。手をかざされている時間は数分だったと思う。しかし、今日、初めて会った人に手をかざされるのは気味が悪い。いや、初めて会ったとか関係なしに手をかざされる状況は耐え難い。俺はない頭を振り絞って、すごく効いている感をだせば解放されるのではないかとの考えに至った。そして「なんだか不思議な力が背中を抜け、お腹まで温かくなってきました」と言った。するとNの母親は「あなたの魂は解放されました」と言って俺を解放してくれた。

祭壇部屋(その名称が正しいのか分からないけど)から出るとNはリビングで待っていて「じゃあ俺の部屋に行こうか」と言ったけど、俺は急用があると言って逃げるように家に帰った。

今思えば帰り際に自分の住所名前を書いたノートのページを破って持って帰ればよかったのだろうが、当時はそんな知恵もなく、俺は今でも真光の信者とされているはずだ。後で聞いた話だが、Nは俺以外にも何人かの友人を入信させたらしく、しだいに友人たちから疎まれる存在になっていった。そんなNにも葛藤があったのだろう。Nは高校時代に二度家出をしている。

これが俺が一つ目の新興宗教《崇教真光》に入信した経緯だ。冒頭に二つの新興宗教団体に入信していると書いた。しかし、二つ目の宗教の名前を知らない。自分が入信している宗教が分からないなんてことがあるのかと不思議に思うかもしれないが実際あるんだ。

高校時代、俺はちょいちょい学校をさぼっていた。学校に行っても勉強について行けないから寝てるだけだし、寝てたら先生に怒られる。だったらふけてしまった方がいい。卒業時に出席日数が足りなくてで大変なことになるのだが、先のことなど考えられない俺はちょいちょい学校をさぼっていた。

いつもは1人で学校をふけるのだが、その日はたまたま、友達を連れて公園でベンチでだべっていた。ふと視線を感じ公園の入り口に目を向けると、男女二人が私たちの方を見て突っ立っている。スーツ姿の男、普段着に見える女、歳は二人とも三〇歳前後に見えた。いつもは学校をさぼって公園にいても子供連れの母親しか見かけなかったので二人のことが気にはなったが、俺は彼らに向けた視線を友人に戻し、まただべり始めた。

「ちょっといいかな?」

突然スーツ姿の男に話しかけられた。友達との話に夢中になっていたからだろう、いつの間にか二人は俺たちに近づいて来ていた。俺は補導員のたぐいだと思った。ここで無視したり立ち去ったりしたら、後で面倒なことになると思もい、一応「なんか用すか?」と聞いた。すると男の隣に立っていた女がニコッと笑って予想だにしない言葉を発した。

「今の人生に不満を持っているのではないですか? あなたたちのお力になれるかもしれないと思って、声を掛けさせてもらいました」

宗教の勧誘だと直ぐに気が付いた。こういった類のやつとは言葉を交わしてはいけないと、無視を決め込み、友達と話の続きに戻ったが、女は仏様がどうだとか、地獄がどうだとか、お構いなしに話しかけてくる。流石にうざくなったので友達に「駅前のデパートにでも行こう」と言って立ちあがった。すると男の方が私の肩を掴んだ。

「君たち、〇〇高校の生徒だよね? まだ授業中でしょ? 学校に連絡してもいいんだけど」

脅迫である。俺は別に学校に連絡されても構わなかったが、一緒にいた友人は真面目なやつで、体調不良という名目で学校を早引きした手前、学校に連絡されるのは困ると言った。であるならばしかたない。私はベンチに座り直し彼らの話を聞くことにした。

彼らが何の話をしていたのかはさっぱり憶えていない。適当に相槌を打って聞き流していたからだ。一時間近く聞いていただろうか、公園の時計を見ると十二時を少し過ぎている。そろそろ解放されるだろうと思っていると、男が分厚いノートをカバンから取り出し、ボールペンと一緒に友人に渡した。

「そこに、住所と名前を書いて」

偽名と偽の住所を書けばいよいよ解放だ。友人は男から渡されたノートを捲って最後のページにボールペンを走らす。書き終えたあとノートとボールペンを私に渡してきた。適当な住所と名前を書くつもりでノートを見ると、友人は本名と住所をしっかりと書いていた。マジか、マジなのかお前。真面目な友人と言っても通っている学校は偏差値四十二の商業高校である。偽名を書けばいいなんて考えには至らなかったのだろう。

俺は困った。ちらりと友人を見ると、俺が手に持ったボールペンの先を見つめている。ここで自分だけ適当な名前と住所を書いてしまったら、友人との友情が壊れてしまうかもしれない。元々少ない友人をさらに減らしたくはない。その程度の考えしか出てこない。だって俺も友人と同じく偏差値四十二の学校に通っているのだから。俺は友人との友情が壊れることを恐れ、仕方なく本名と住所を書いて男に渡した。

こうして俺は二つ目の新興宗教信者となった。彼らの話は聞き流していたので教団名は分からない。だが、教団の名簿には俺と友人の名前が記載されているはずだ。

その後、俺が聖職者になって二つの宗教団体に所属しているため逃げ場のない深刻な事態に陥った。なんてことは当然ない。

 

(了)

2023年5月12日公開

© 2023 諏訪靖彦

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"埼玉の空の下は手かざしと脅迫"へのコメント 11

  • 投稿者 | 2023-05-17 23:21

    読んでいてエセーかな、と思ったらエセーだった。連絡先渡しても何にもなかったようでよかった。住所氏名などの個人情報を押さえられると、何もされなくてもなぜか不安な気持ちになってしまう。私も子ども時代の嫌な体験を思い出した。

  • 投稿者 | 2023-05-18 02:07

    最後の一行を読んで、本当はそういう内容の小説を書くつもりだったのかな……と邪推してしまいました。というかそれを読んでみたかったです。今回は文フリがあって、皆様お忙しかったのだろうと推察します。
    自分もカモにされやすいのか、勧誘で同じように住所・電話番号書くように迫られデタラメ書いて逃れたこと何回かありますね。

  • 投稿者 | 2023-05-18 22:50

    宗教団体の公称信者数を合計したら、日本の人口の何倍にもなるそうですね。靖彦さんも貢献していたとは。
    背中に手をかざされて冷や汗をかいている図を想像して笑ってしまいました。正直な友達のせいで本名を書かざるを得なくなったところも。この頃、面白さに拍車がかかってきましたね。

  • 投稿者 | 2023-05-19 13:56

    最後の一文でお題を全否定してるのが清々しくてよかったです!
    知識と知恵の違いって何だ? 偏差値と知識と知恵には相関関係があるのか? というわりと根本的な問いを、真面目だけど世渡りの下手そうな友人と、同調圧力を気にして色々墓穴を掘ってそうな「俺」に投げかけられたような気がします。

    そういや昔一度だけ道端で手かざしされたのを思い出しました。

  • 編集者 | 2023-05-20 22:47

    なんだかんだで情に篤い感じがいいですね。自分にはこういう経験はなかったですが、環境やちょっとしたきっかけでずるずると飲み込まれそうで、やはり怖いです。

  • 投稿者 | 2023-05-21 07:52

    現実にこんなおもしろいことがあるんですね。既出ですが、悪人にはなれない語り手(靖彦さん)の人の良さがにじみ出ていて良かったです。知らない人に手をかざされるのは嫌ですね。
    お題に背いていくというお題への触れ方もあるとは。

  • 投稿者 | 2023-05-21 12:40

    自分はカテゴリ間違えてエセーにしただけでしたが、こちらはまさにエセー…お題への触れ方の妙もよきでした。

  • 投稿者 | 2023-05-21 14:29

    ないんかい(ないんかい(ないんかい))!
    淡々と青春の出来事を事実ベースで書き綴る瑞々しい筆致が素敵でした

  • 投稿者 | 2023-05-21 15:35

    真光の話は私もいつだったかに伺ったことがあります。なんか知り合いのおじさん。だかなんだかがそれに入ったとかって。ですからまあ、あ、出てきた。こんなところで再会したっていうのが単純にうれしかったりしました。ちょっとした有名人に偶然、なんか会った気持ち。

  • 編集者 | 2023-05-21 17:52

    宗教に入ってしまうにしても、友達を思いやる精神が美しい。真光はどうでもいいが、これからもその精神を保ってほしい。🤚〰︎〰︎

  • 投稿者 | 2023-05-21 18:57

     この手の体験談は何度となく過去に見聞きしてきたので、プラスアルファの要素が欲しいと思った。お題に適合していないのは確信犯なのかな。

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