日常。(27)

日常。(第27話)

mina

小説

1,221文字

『本当はキミに逢いにきたんじゃないんだ』

「店長、うちのお店って人妻店だよね?」
「そうですよ」
「お客さんてさー、人妻のドコが良くて来るの?」
「それはですね…、誰かのモノだからだと思いますよ」
「誰かのモノ?」
「はい」
「…他の人のモノ、旦那さんがいる所が人妻の良い所なの?」
「そうです」
「うーん…自分のモノにならないから?」
「そういう意味もありますよね」
相変わらず意味の解らない事言うなぁ、店長って
私には他の人のモノだから良いっていう心理が良く解らないわ
だって『自分以外の誰かを好きな人』になんて魅力がないし、興味が湧かないもの
やっぱりお客さんでも普通の男の人でも女の人でも友達でも家族でも私に興味を持ってくれる人がいいわ
『人のモノだけど自分のモノにしたい』っていう感情を私に抱いてくれたりするのは嬉しいけど…『他の人のモノだから安心』とかっていうのは嫌だなぁ
「 … 」
「とにかく、人妻さんという存在は男にとって魅力的な存在なんですよ」
「うーん…」
「さぁ、今日もお仕事よろしくお願いしますね」
「はーい」

私はいつもの待ち合わせ場所に向かう
ラブホテルの近くでお客さんと逢う
えーっと、年齢は四十代ぐらいの眼鏡をかけたおじさん…あ、あの人だわ
「こんにちは」
「初めまして」
早速手をギュッと握ってきて、ちょっと怖かった
「やっぱりソックリだ」
「え?」
「独り言だよ、気にしないで」
「 … 」
“ソックリ”って誰に?

お店が指定している待ち合わせ場所から1番近くて値段の安いラブホテルを選ぶ、これは私の癖
初めて逢うお客さんにはあんまりお金を使わせたくないから
後、あからさまに“そういう女”と一緒にいられるところを他の人に見られるのは恥ずかしいんじゃないかっていう勝手な気遣い
「 … 」

「僕と一緒に歩くのってそんなに恥ずかしいのかな?」
「え?」
ラブホテルの部屋に入って、おじさんが最初に言った一言がそれだった
「僕はもっとキミと手を繋いで歩いていたかった」
そんなコト初めて言われたから、かなり驚いた
「…私と一緒に歩くのって恥ずかしくないの?」
「何で?」
「え…だって」
「ちっとも恥ずかしくなんかないよ」
「 … 」
私は自分が風俗嬢だと自覚してるし、そんな風に“普通の女の子”みたいな扱い受けると逆に照れるし…それに…
そんな事考えてたら後ろから抱き締められた
「あっ…」
「キミの匂い、いい匂いだね」
「 … 」
おじさんの抱き締め方が妙に優しくて、どうしたらいいか解らなかった
「キミは本当にあの人に良く似ている」
「 … 」
おじさんはその後も私のコトを優しく抱き締め続けた
おじさんが私にしてきたコトはただそれだけだった

…おじさんは私じゃない誰かを抱き締めているのかも知れない
きっとおじさんの心は他の誰かのモノで…
その誰かはこんな風に愛されているんだろうなぁと思ったら
妙にカンジてしまって、濡れてきてしまった

「 … 」
こういう感情がさっき店長と話していたコトの意味なのかしら?
解らないけど何かそんなカンジがするわ
                 
                 end   

2014年11月18日公開

作品集『日常。』第27話 (全70話)

© 2014 mina

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