ひとでなしのくに

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繡発火

小説

3,822文字

はじめての投稿になります。2022年9月合評会「異世界転生」応募作。異世界転生を斡旋してくれる公社のお話。よろしくお願い致します。

 大変お待たせ致しました。わたくし、今回ミズネ様の担当を承ります、公益社団法人アルカディア、プランナーのコウヅキと申します。短い間になりますが、ミズネ様のより良い旅路のお手伝いができるようお勤め致します。何卒よろしくお願い申し上げます。
 前回は……異世界転生のプランをお決めになられているので、本日は具体的なお式のご説明からと前任の者より引き継いでおりますが、お間違いございませんでしょうか? ……ありがとうございます。そうですね、病んでいるのはこの社会の方ですからね。いままで本当に大変でしたね。あら、そんなことが……おやまあ……えーそれはないですね、わかりますわかります。とってもわかりますよ、心中お察し致します。
 わたくしは、このお仕事をはじめたばかりですが、お話しさせていただくどなた様も、そんな目に遭う謂れはないと感じます。ミズネ様もこっちから出て行ってやる! というお気持ちで弊社のプランをご利用いただければ幸甚です。パワハラクソ上司様も阿婆擦れた元カノ様、LINEが既読にならないちんけなご友人様も、この世という透明ゴミ袋に包んだ腐りゆくゴミです。
 異世界転生しましたらば、あなたはチートであなたが正義たるは衆目の一致するところです。ハーレムの中心にいるのはあなたで、天より色とりどりの花が燦々と降り注ぎ、小鳥もあなたのために歌います。
 何故ならあなたは世界に必要とされていて、周囲に応えられるだけの実力を有しており、周囲はその実力をあなたの存在をしっかり認めているのです。

 さて、お式の仕組みについてですが、ミズネ様は明晰夢というものをご存知でしょうか? 例えば、天気のいい道を散歩している夢をみていてミズネ様が「空を飛んでみたいな」と思うと、空を飛べる――ざっくり申し上げますと、ご自分の思い通りにできる夢――これが明晰夢です。こちらの機能を利用して、アロマと低周波で夢をチューニング致します。
 次に電解質溶液に擬態させたプログラムコード、弊社では「末期の水」と呼んでおります。こちらを静脈から点滴を用いて注入し心拍を強制的にあげます。本来であれば点滴の落ちる速度は心拍数に合わせるもので人間の心拍は毎分平均60~70回ですが、弊社が契約している異世界に周波数を合わせなければなりませんので、恐れ入りますが10倍の600~700回へ持っていきます。はい、大丈夫ですよ。体感としてはたくさん走った程度にしか感じないように感覚を麻痺させています。稀に鼻血が出て驚かれる方がいらっしゃいますが、異世界は遠いですからね、全力疾走するイメージをお持ちいただければ。びゅん! と魂を飛ばしましょう。わたくし、お式の最中はミズネ様が旅立たれるまでずっとお傍に居ります。安心してください。
 異世界に転生してしまえば、あとは現地スタッフがミズネ様の異世界生活をしっかりサポート致しますからご安心下さい。
 転送後は「末期の水」で生体を保っています。その後の人生はAIが上手く取り繕います。周囲のだれもミズネ様がお亡くなりになられていることに気づかないでしょう。大丈夫ですよ、ゴミの中で残飯を食べる生活をAIが代行してくれるのです。
 異世界転生プランは若年の、ご遺族様に内緒でご利用されたいという方が多いので、葬祭扶助制度の利用を認めている自治体もあります。お手数おかけ致しますが、一度役所の市民課へご確認をお願い致します。戸籍にですか? はい、死亡届の代わりに異世界転送届を弊社から役所に提出する義務がございますので、戸籍を見ればバレてしまいますね。AIに上手く立ち回らせましょう。ヒアリングシートに追記しておきます。
 ほかにご不明な点はございませんでしょうか? 本日はパンフレットの4ページから6ページについて解説させていただきました。ほかになにかございましたら、わたくしコウヅキまでご連絡ください。こちらのQRコードからLINEをお送りいただければご返答させていただきます。
 本日はミズネ様の貴重なお時間をたまわり、ありがとうございました。お式までどうぞよろしくお願い致します。

「コウヅキ君、自殺したらしいな」
 カミシロ君が窓枠に肘をついて外を眺めながら煙草に火を点ける。カミシロ君はヘビースモーカーの身体だから喫煙衝動を抑えられないのだという。私は気管支が弱い身体をしているのでマスクをした。外はもっと空気が悪いので窓を開けることは得策ではない。私は入口近くにあった空気清浄機を掴み、コンセントの届くところまでカミシロ君に近づける。空気が汚いと判定したらしく空気清浄機は怒ったように赤いランプを点灯させると、猛った風音がコンクリート打ちっぱなしの待合室に響きわたる。
「ああ、カンバラ君に続いて二例目だ。お上はおかんむりなんじゃないかな」
 私もパイプ椅子に腰掛けるとカミシロ君に倣い窓の外を見遣る。我々の眼前に聳え立つのは夥しい数のゲージで区切られた夢の国だ。かつての私もあそこに居たのだろうか。最早記憶はない。あのゲージの塔は「レミングタワー」と呼ばれているが、中で忙しく動き回っているのはレミングではなく、耳が大きく体の小さいハツカネズミだ。レミングが集団自殺をするというのはとある映画の嘘だが、これ以上に似合う名前もないように思う。この地は周囲を深い森に囲まれた自衛隊航空基地内の禁足地で、時々戦闘機が上空を走る音が響く。一般人には知られていない場所だ。
「どうだろう、お上は研究者だからな。案外興味深いと思っているかもしれないぜ」
 カミシロ君がにやりと笑って煙を吐く。ふと、胸ポケットに入れたスマホから通知音がする。お義母さんから娘のミワが幼稚園で描いた絵が送られてきた。黒いスーツを着た私の笑顔だそうだ。今日は父の日だったか。
 私はスマホの画面に映し出された私の笑顔を見詰めながらカミシロ君へ問う。
「カミシロ君にも子どもがいただろう。父親は死神だと言えるかい?」
 カミシロ君は鼻からふっと煙を吹いて、携帯灰皿に煙草を揉み消した。
「死神なんて聞こえが悪い。知能指数の高いハツカネズミと希死念慮のある人間の意識を入れ替えることで、この国は自殺者がうんと減りました。ゲージの中では幸せな集団幻覚に魅せられて1年ほどでハツカネズミとしての天寿を全うします。あなたはあなたの身体の元の持ち主に身体を返せますか?」
 私はカッと全身が総毛立った。耳に拍動がうるさい。急いでパイプ椅子から起立し平身低頭した。眼前に立つのはカミシロ君じゃない、お上だ。
 お上はハツカネズミ同士の意識を転送させる実験の最中、誤って研究者とハツカネズミの意識が入れ替わってしまった、そのはじめの個体だ。「意識の転送」という分野において世界的権威の研究者である彼女は、異世界転生プランで使用したプログラムコードにいつでも己の意識を潜り込ませることができる。
「滅相もございません。お上の思し召しに考えが及ばない浅薄な発言。大変失礼致しました」
 私の身体の前世だった人間は、生まれたばかりのミワに暴力を振るう男だった。母親は矛先が己に向くの恐れて見て見ぬふりをし、児童相談所職員は刺青の入った男に怖気づいて深く追求できなかった。孫と娘を心配した母親が男の顔面に殺虫スプレーを吹きかけ決死の覚悟で孫を助けたが、娘は間に合わなかった。また、男は気管支に炎症を負う程度だった。病院で入院している間に危険因子判定が出され、男の意識をハツカネズミと入れ替える処置がなされた。
 最早この国には死刑がなくなっている。刑務所もどんどん閉鎖していっているそうだ。
 異世界転生プランは元々死刑執行人の心的負担軽減のために始まった「レミングプロジェクト」を転用に転用し、若者向けに聞こえをよくしたものだ。海の底には楽園があると謳って崖から身を投げさせるが、泳ぎの上手いレミングたちはみな魂を入れ替えて陸に上がってくる。
 私はこの仕組みを知って、何も知らずに旅立ちを手伝った若者たちの顔が脳裏に浮かび吐き気が止まらなくなって数日寝込んだ。ハツカネズミは適応能力が高い。私はすっかり人間になっていた。目を覚ますと私の枕元には色とりどりの大胆な花の絵が飾られており、蒲団の中にはミワがクレヨンを握り締めたまま私の脛にしがみついて眠っていた。ミワの身体の痣はわからないほど薄くなった。
 私は父として、人間として、死神として生き続けることを決意した。
 カンバラ君とコウヅキ君はふたりともとても真面目でいいやつだった。彼らも気づいてしまったのだろう。ハツカネズミは泳ぎが下手なのだ。
 私の思考を打ち破るように、けたたましくサイレンが鳴り響く。
「カグラザカ君、何してるんだ? 仕事だぞ」
 頭を上げるとカミシロ君が怪訝な顔をしていた。お上は許してくれたようだ。私はなんでもないと笑顔を作って応えようとしたが、頬の筋肉が痙攣して上手くいったかわからない。
 裏側を知ってしまった個体は、人間として転生したハツカネズミたちの教育係か、事実の広まりを抑えるための工作員とされる。私が事実を知ったのは先輩が教えてくれたからだ。カミシロ君も同様のケースらしい。お上は意識の転送はできても考えを読むことはできない。我々は新しい転生者への教育係としての仕事を選んだ。
 転生者待合の扉が見えたとき、カミシロ君は爽やかな笑顔で私を振り返った。
「今日はどうにか定時で上がろうぜ。なんてったって、父の日だからな」

2022年8月4日公開

© 2022 繡発火

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