淡くて青い光を放つ無数のディスプレイたちを、眺めている生活がいつまでも続く。
僕はそう思っている。
手帳の上の側にペンを置いている間は、点滅を繰り返す液晶を目で追って、いい情景がないか探すのだ。僕は0から作品を作り上げることに自信がない。だからこうしてブラウン管たちが時折映すどこかのナニカの景色を、上の方までくまなく目に焼きやける。
こうなってくると首がいたくなる。ほぼノンストップで脚本を書いている僕にとって、休息という概念はほぼ存在しない。
ただこうしているだけでいい、あの人にそういわれた。
はっ、そうだ。公園で過ごしたあの情景と「樫宮くん」との物語を作ろう。
きっときっと楽しくなる。
そう思うと喉奥からクックッと鳥のような笑い声が漏れる。もっとリラックスして気だるげに書きたい。今の嬉声を誰もいないのに感づかれたくないと思う。喉に蓋をする気持ちで口元を手で多いながら、空いた手でペンを掴んだ。
視界ににゅっと現れた僕の青白い手はは、最初の頃は指先や関節赤みがあった。今となっては紫の血管や手の甲の筋がよく見える。
これはよく働いた証だ。ぼくはもうとっくのはてに疲れ果てているのに、ここまで頑張っているんだもんね。
今日は脳がうまく整理されている。難しいときは思い浮かんだ言葉が音を立てて揮発するものだ。今日は、そういうのがないから気分がいい。
僕が机上に突っ伏す間にも、ブラウン管の液晶は青白い光の奥に、沢山の『どこかの誰かの情景』が浮かんでは消える。
彼のデスクの周りを壁のように被うのは、すべてこの小さな部屋に押し込まれたブラウン管だ。すこし離れたところから見れば、机が隠れてがらくたの城のように見えるだろう。
僕は気配を感じて真後ろを振り返った。「気配」なんて感覚が生まれる方向はもう真後ろしかない。
後ろにはドアがあるだけだ。僕は、そのドアを一度も開けようと思ったことがない。
ペンを開きっぱなしの手帳の上に置いた。
わずかに椅子を引いて体と机の空間を作り、書き上げたばかりの脚本の束を手に取る。
もう見直しはいい、全部掴んで下辺を机に打ち解けて整える。ページが順番通りであればいい。別に整えなくていいが、これは、親切である。
だが顔も正体も知らない相手に向けての親切なんて、ただの自己満足だ。
本当はもう一作品を仕上げたいが、一つ書き上げたら寝なければならない。僕には休息なんていらない。寝たくもないのに寝なければならないのには理由がある。
ブラウン管を積み上げた上から五つ三つ自分で運んで空けた場所へ、よじ登って入った。
このスペースを僕は寝る場所としている。端に丸めて置いてあるブランケットを手にとって広げながら、大きく息をはいた。ほのかに落胆のため息のように聞こえて嬉しくなった。
スペースはブラウン管6つ分しかないが、まあこのブランケットがあればいいと思っている。薄いが柔らかくふわふわな質感だ。こうして体に巻きつけると、意識しないようにしている密やかな鬱憤が解消されて、心地いい。
隅に腰を下ろして、胸元へブランケットをかき寄せる。
よじ登らないとたどり着けないこのスペースから部屋を見渡す。
少し反れた真下に、いつも使っている机がある。普段は見上げないと確認できない位置にあるブラウン管が反対岸の目の前にあった。そのブラウン管が目を覚ました。
男と女が威勢よく口を動かして、争っているようだった。二人は互いに体を向けあって、こちらがわに目もくれずにいつまでもそうしていた。
それをじっと見つめながら、いつも遅くやってくる眠気を待ち続けた。
意識を取り返した瞬間、時々空恐ろしくなる時がある。そういう時は、寝床か降りずに目元だけを覗かせて部屋を見下ろした。
もちろんこの部屋には僕しかいない。普段は心底穏やかになるはずの閉塞された空間に、鬼胎を抱き続けた。ブラウン管の隙間もくまなく目を通した。机の下もここからならぎりぎり見える。昨日と違うところは、なにもない。机の上に置いていた原稿がないこと以外はなにも変わらず全部、僕のものだった。
通常通りだった。作品を書き上げた後に眠るとその間に誰かもしくは何かが書き上げた原稿を回収してくれる。
ブラウン管とブラウン管の間に、指先や爪先を引っかけながら慎重に降り立つ。
恐怖感は薄れていた。また机に向き合う前に机の左横のブラウン管を、パチッとつけた。唯一自分が操作する必要があるものだった。
公園で樫宮くんがテレビのなかから、こちらを覗きこんでいる。
よし、始まりかたはちゃんと台本通りだ。
やがて樫宮くんはいなくなって気がつけば家の前にいる。どうやら帰ったようだった。
玄関が写され続ける。やがて地面から青緑の触手が先を器用にうねらせてながらまっすぐに伸びてくる。
それを眺めながら、僕は椅子にふんぞり返りながら満足だった。もうブラウン管を消した。
意識は頭上で明滅するブラウン管たちに移っていた。
また一つ作品を書くまで、彼の『今日』は終わらない。──────────
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