声を取り戻せ

応募作品

Juan.B

小説

4,595文字

※2018年11月分合評会参加作品

居間では、親父がごろんと横になりテレビを見ている。俺はそれを食卓越しに眺めながら、遅い夕食を食べていた。画面では、数多の歌手が代わる代わるメドレー形式に、平成時代に流行った曲を歌っている。だが、後半になると、四十何人で構成されているアイドルグループばかりになった。その歌が流行った年のニュース映像も度々流れている。

「アキモトメドレーだなこりゃ」

親父がそう呟くが、俺にはそもそも誰が何を歌っているのか全く興味が湧かなかった。食卓から立つと同時に、番組も終わりを迎え、平成になった直後に発表された、川の流れがどうとかいう歌謡曲を、全出演者で合唱している。

「そうかーあれ、元年だったかー」

「その頃、親父は何してたの」

「JICAの研修施設にいたからなー外の事なんか気にしなかったな、牛の種類を示すスペイン語を全部覚えさせられて、子牛の雄はTernero、雌はTernera……」

大して平成に思いが無さそうな若い女性アイドルですら涙を流して歌っている。そして歌い終わると、控えていた老司会者が現れ、これも感極まった顔で述べ始めるのだった。

『さて歌謡特番・平成歌謡大全集、いかがだったでしょうか……昭和から平成を駆け抜けてきた私含め老壮世代も、平成の三十一年間に生まれた若い人々も、改めて歌と共に時代を振り返り、平成と言うのは何と変化に満ちて、怒涛の様で、しかし温かみのある、豊かな時代だったんだろうなと、そう思います……平成は終わり、新しい時代がもうすぐ始まります……』

その時、司会者の後ろの歌手たちがどっと片手を上げた。

『しかし、私達は平成の最後に、新しい時代のための歌を歌います! 新時代の日本がより輝くように! 迫るオリンピック、様々な社会問題、色々あるでしょう! ですが、東日本大震災の時も一つの歌が我々を結び付けた様に、この歌が皆様を結び付け、新しい時代の荒波を超える舟となるよう、そう願って……日本の有名歌手を総集結し結成したグループ、インヴィンシブルInvincible・ジャパン、その第一曲、ボクラの力、お聞きください』

「なんだ? 」

次第に勇ましいメロディが現れ、まず女性アイドルグループが歌い始めた。

『君は日本を知っているか、君は本当のボクらを知っているか、ボクらの力を見くびってないか、美しい歴史と精神を忘れてないか……』

聞いている内に、俺は次第に惨憺たる思いに満ちてきた。この歌は何を意味しているのか。この歌のボクらには、俺など入っていないだろう。

「日本がどうとか言う割にはグループ名が英語なんだなー、俺の弟居ないか? 」

俺の叔父はかつてギターをやっていた。しかしそれは親父にとっては嘲笑の種でしかない。憂鬱な俺の横で、親父は漫画「戦争論」をもって便所に向かった。同時に、隣の部屋から、Youtubeを見て爆笑している母親の声が響く。

 

翌日から、社会はまた一段と暗くなった。そこら中であの曲がヘビーローテーションしているのだ。そもそもあれは半官製の歌なのだろう。連中が自分で説明した通り、前のデカい地震の後に散々流れた花が咲くとか咲かないとか言ってたあの曲と同じだ。俺は現文の授業を上の空で聞きながら、曲の行き着くところを思い描いた。

半数が寝るような授業が終わり、昼休みに食堂へ向かう道中に掛かり始めた校内放送のラジオでも、あの曲が流れた。

『君は日本を見失ってないか、君は日本を忘れてないか……』

明かに官の力が働いている。みんな儲かる。それで金の音を聞きながらインスタント愛国心を高めて、弱者を殴りつける……。俺はカツカレーを頼み、すぐに受け取って席に着いた。しかし。

「君はニホンジンか、君はニホンジンか」

急に頭をこねくり回され、振り向くと大して付き合いも無いのに馴れ馴れしいバカが笑いながら歌っている。

 

数日後、俺はブラジル料理店の隅でうなだれていた。スマホの中のSNSでは、あの曲を擬人化した巫女みたいなキャラクターが創作され人気になっている。しかもZ旗まで持って……。

「チキン」

俺と良く似た肌の店員が適当に、一番安いチキンステーキを置いていった。適当で良いのだ。サラダバーから取ってきた野菜の山を崩しながら、俺は何気なく店のテレビを眺めた。それは衛星放送で、いつもラテン音楽のコンサートやPVを流している。家でも昔は散々流していたのでむしろ今までほとんど意識した事も無かったが、そこら中に同じ音楽が流れ始めている今となっては少しでも慰めになった。

『エエオー、エエーオー♪』

黒人の歌手が壇に腰掛けて掛け声を出すと、無数の観客たちも声を返す。観客たちはまるでゲロのように様々な肌の色をしている。世界で一番綺麗な吐瀉物だ。早口の歌詞で愛を歌い、褐色の女性が歌手と手を組んでくるくる回る。俺はいつの間にかサラダを腹に収めていた。そして次の歌手は、ギターを持った老歌手だった。ただ一人マイクの前に立ち照明に輝く姿が映し出され、褐色の老歌手は微笑みながら観客に語り掛ける。

『どうもありがとう……歌はみんなのものだ、みんなの記憶、みんなの言葉、そしてみんなの心だ、歌に主人は無い、歌に支配者なんかいない……その事に気付くのに長い時間がかかってしまった』

観客たちは真面目な顔で老歌手の話に聞き入る。

『これまでのこと、そしてこれからも……その事を気付かせてくれた人々に捧げます……おおパブロ、ビクトル、ベルナルド、消えて行った者達よ、Nadie sabía su historia……♪』

老歌手のギターに観客の手拍子が加わり、声は高まっていく。俺は食べるのも忘れてそれを眺めていた。老歌手は間奏の間に人名を次々と呟いた。俺は横を通った店主に、初めて自分から声を掛けた。

「シモンさん」

「ン? 」

「あの人はなんていう人なんですか?」

シモンは意外な様にテレビを見て、間を置いて答えた。

「ラザロ……彼は長い間捕まってたんだ」

そのラザロと言う歌手は、某国の軍政下でプロパガンダソングを歌うことを拒否し、逮捕された人物だった。そして彼が語った人名は軍政の犠牲者だったのだ。ラザロは歌い終えると、ただギターを抱えて微笑んでいる。

『みなさん、歌は戦いでもあります……自由と歌は切り離せません、Venceremos!』

俺は老人の顔を見つめ続けた。

 

俺は電車に乗っていた。スマホを眺めると、SNSで何やら奇妙な話題が流行っている。

『ガイジどもが「ボクラの力」を歌った結果www』

知的障害者達があの曲をカバーさせられ、それがNHKで流れたらしく、ネット上で嘲笑されているのだった。歌わされること、そして嘲笑されること。日本人達が何を望んでいるのか、明確な言葉には出来なくとも分る。

親父が弟、つまり俺の叔父から借りていたヘッドホンを返すため、俺はウチから三つ目の駅に降り立った。途中の商店街を抜ける間もあの曲のインストがスピーカーから流れている。古びたアパートの二階に上がって呼び鈴を押すと、髭面の叔父が出てきた。

「ルキオ君か」

「あの、ヘッドホンを返す様にって」

「何、兄さん自分で返しに来ないのか、若者の時間を浪費させるとは酷い奴だな、まあ上がらないか」

「……」

時間を浪費させると言うなら親父も叔父も変わりはないが、とりあえず上がる事にした。本や雑誌が積み上がり狭くなった入口を抜け居間に入ると、乱雑な棚の上にそのままアコースティックギターが置いてあるのが見えた。その下にはロック雑誌のバックナンバーが並んでいる。叔父が紙パックの紅茶を持ってきた。

「君のお父さんはまだ俺の文句言ってるのか」

「いやあ、言ってたらそもそもヘッドホンを借りは……」

「都合の良い時だけ仲良くなる兄弟もいるさ」

「……」

俺は躊躇いつつ聞いた。

「叔父さんは音楽をやってるんですか」

「いや、今はしてないね、昔のことだ……」

「あのギターは綺麗ですね」

「たまに手入れしてるんだ」

叔父は胡散臭そうな顔をしながら、ギターを下ろし、そして奏で始めた。

「えー、じゃあ、せじょう施錠を歌うか……世の中はいつも変って……頑固者だけが……♪」

叔父が即興で奏で始めた曲は全く知らない曲だった。鍵を閉めるとは不思議な題だなと思いながら、叔父のゆっくりとした歌声を聞き続けた。一通り歌い終えると、叔父は頭を掻いた。

「凄い」

「なあに、人の真似してるだけだ……」

「……叔父さん、あの曲、最近出てきたアレ知ってますか」

「ボクラの力、か」

俺は思い切ってある事を頼んだ。

「叔父さん、実は……」

 

「だからって、お前、ギター持たすなよ!」

親父が電話口で騒ぎ、その向こうからも負けじと叔父の声が響く。

『やりたい事を……やれる時分に……』

母親は忌々しい顔をして俺を睨んでいる。実際、ギターを持ち帰った時に一番騒いだのは母親だった。

『借りたいと言うから貸した……兄さんと同じ』

「いや、それとこれとは」

『今時……良いじゃないか、最高の趣味……』

「ウチは高校生なんだぞ」

『俺は中学の時から……』

「そんな話は聞いてない! 」

『お前まだ……あの変な動画……』

「うるさい! 」

喧嘩をよそ目に、俺は母親を腕で退かしてギターを自室に持ち込んだ。一緒に貸してもらった年代物の教本を眺めていると、電話を終えた親父が今度は母親と喧嘩し始めた。

「¿Cuándo devolverás la guitarra?」

「知らないよそんなこと……トラブルしか起さない奴だ、いつも」

俺に言ってるのか叔父に言ってるのか知らないが、俺は教本の第一ページを眺めた。

「E、B、G、D、A、E……」

しばらくして居間を見ると、母親は俺を見て頭を振り、父親は俺を見ずにタブレットで字幕だけが流れる右翼動画を眺めていた。敵はここにもいる。外国人と結婚して、混血の子がいる者がこんな物にハマるのか。俺こそ頭を振り回したい気分だ。平成等と言うのは単なる31年間に過ぎない。そしてそれすら道具にしないと自己を保てない、そんな連中と日本と戦うために……。

 

数日後。居間の付けっ放しのテレビでは、今度はゴスロリとビジュアル系の混ざったようなデュエットが、創作着物を着て旭日旗とZ旗をバックに何やら暗い声で歌っていた。

『汝ハ日本ノ夢ヲ見ルカ、汝ハ英霊ノ後ニ続ケルカ、約束ノ地靖国ハ今日モ輝イテイルカ……』

母親はYoutubeから目を離し、疲れた眼球を揉みながら居間に出た。ふと気づくと息子の部屋から、昨日より僅かに整った、だがどうしようもないギターの音が響いている。

「た、て……う、え、た、る、ものー……よ……た、て、うえたる……もの……♪」

「……」

母親は一笑した。しかし変な騒音もする。振り向くと、テレビでは全然分からない日本語の曲が流れている。それに歌手がピエロみたいな格好をしている。

『いやー、良い曲でした、ね、こう、国を愛する気持ちには世代なんか関係ない、ただ大東亜 PROJECTの皆さんは新しい表現で、こう、失われてしまった大義を取り戻そうとしてるんですね、さて次は初音ミクちゃんが歌う、君が代行進曲2020……』

母親はテレビを消し、ソファに横たわった。騒音の消えた家の中には、前に増してギターの音が響き、極僅かずつにはっきりとした曲に変わっていく。ここに一人の戦線が生まれた。

「起て、飢えたる者、よ……今ぞ、日は近し……♪」

 

(終)

2018年11月20日公開

© 2018 Juan.B

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"声を取り戻せ"へのコメント 7

  • 投稿者 | 2018-11-21 17:58

    破滅感が凄いなと思いました。
    とても詩的だと思います。ただ、僕には少し難解でした。多言語が混ざる感じは中毒感があると思います。

  • 投稿者 | 2018-11-22 01:53

    流行歌がナショナリズムに動員される現実はものすごくリアル。歌の共有が結びつける共同体の幻想から少数者が排除される過程もよく描かれている。「平成」「歌謡」大全集というお題が内包する政治性にもっとも鋭敏に応答している作品である。ギター1本を手にたった一人で抵抗を決意する主人公が最高にカッコよく、青春小説としても読みごたえがある。星5つ!

  • 投稿者 | 2018-11-22 03:00

    重たい低音のリズムが底から響いてくるような不穏さを纏った小説だと思いました。少しずつ破滅が迫る様子を、走り過ぎないようコントロールしながら描写されていて見事だと思いました。反面、物語の勢いがやや弱く、消化不良な読後感でした。もっともそれは過去作との比較であって、またそれは物語の緩急の面についてであり、今作が実に過激で真実の一面を抉り出しているかについて、疑いようはありません。

  • 投稿者 | 2018-11-23 21:41

    「ここに一つの戦線が生まれた」に痺れますね。生涯をかけるものに出会うのはいつでもほんの一瞬の些細なことからなのだなと、Juan氏の性情を知っているにもかかわらず、納得させられました。「日本人」ドグマに同化できない彼の戦いが、彼を生んだ父や母の思惑とは別のところで、しかし彼と血のつながった叔父の影響で始まるあたり、これまでにない洗練性を感じました。最高点です。

  • 投稿者 | 2018-11-25 06:57

    漫画『戦争論』、川の流れのようにで始まり、AKBでしめられる歌番組。オリンピックか万博あたりにホントに起用されそうなミク……こういう仔細がお話の本筋の燃料としてきいているなあと感じました。

  • 編集長 | 2018-11-25 09:06

    平成という時代が失意と右傾化の時代であるという、私のような「フツーのニッポンジン」が認めたがらないようなことが活写されていた。作者独自の視点を評価したい。

  • 投稿者 | 2018-11-25 13:21

    『この歌のボクらには、俺など入っていないだろう。』

    と言う一文に深く共感した。きっと『俺』や私は入っていないだろう。
    いかに平成と言う時代が嘘にまみれた気持ち悪い時代かを実に鮮烈に書いている。自身の背景がありながらも、右翼化した母親もリアルだ。

    ただ、シーンの切り替えがわかりにくいのではっきりグラデーションをつけてみてはどうかと思った。面白かった。

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