「にーんげーんっていいな。何とかかんとか、ほかほかご飯。何とかかんとか何とかかんとか! ぼくもかえーろ、お家に帰ろう。てんてんてんつくばってばいばいばい!」
歌詞を覚えてない上に改変するな。
俺の家には友達でも家族でもない、ましてや人間でもない生物が居ついている。そいつは鬼だと自称している。今まさに、そいつが俺の目の前で即興ライブを開いている。その様子を見るでもなく見る。……まあ、ツノが頭から生えているし、金棒も持っているから疑いようもないわけではないが、オカルト系には興味はあっても信用していない。なので、こいつと居合わせてから1ヶ月経った今でも、疑いは持っている。だが、その反面、もうどうでもいいやという放棄じみた感覚も出かかっている。
「お前は元の世界に戻りたいとかそういうのはないのか?」
一応、こいつにとってはここは異世界なわけだ。元の場所に戻りたいと思うのは普通だが、何故か人間の世界が気に入ったみたいで、帰れる方法を調べたり、そういう素振りはない。
こいつ、阿傍羅刹こと、羅刹は奇妙な歌を一旦止め、大きな目をこちらに向ける。
「そんな方法があるのなら、もうとっくにここから居なくなってるぞ。それよりも、こういう機会は滅多にない! 堪能し尽くすしかないだろう!」
あくまでこいつは楽しむ方向性なようだ。
「んじゃ、お前はどうなんだ? お前もここから居なくなろうともしてないよな」
俺は羅刹と同じように居座る、今度は悪魔と名乗る奴に聞いてみた。
何故だか俺の家には妖怪だけじゃなく、悪魔まで居ついてしまった。
だが、この悪魔も羅刹同様、帰る術を探ろうともしない。
あの大魔王サタンの名を持ってしても、だ。
「当たり前だ人間。その鬼と同様、俺はこの世界を抹消するためにここに来たと言える。人間の観察は怠ってはならない。しかも、教会など建てておるからな。用心に越すに足らん」
「何言っているサタン。僕は世界を抹消なんてしないぞ!! そんなことしたら、閻魔様に粉々にされちゃうー!」
「ふっ、ならばお安い御用だ。その閻魔とやらも相当の手練れだろう。一度だけでも手合わせ試みたいな」
なんだこの茶番は。
……不幸にも、大魔王と地獄の門番と同棲をする羽目になってしまった。
俺としてはこんなのは邪魔でしかないし、この先幸どころか、不幸しか訪れないような気がする。早々に手を打たねばならない。
「じゃあ、最終手段だ。大家さんに話に行く」
こんなこと話しても伝播だとか、お金を巻き上げるための口実だとか言われて、怒られたり門前払いされたり、精神病院送りにされたりしそうなもので、ここ1ヶ月、ずっと隠し通してきた。しかし、それも隠し通せる自信もない。やるべきことは全てやるべきだ。
「一応、お前らもついてこい。少しは信憑性あるだろ」
2人を連れて大家さんの自室に赴く。
戸を軽く叩き、名を名乗ると、扉が開き、中から大家さんが顔を出す。
このアパートは数十人が一人暮らしをしており、大家さんもここに住んでいる。今時珍しく、着物を着付け、出歩いている。見た目はすごく若くて美人だ。狐目の優雅で上品なお嬢様という感じだ。いつ見ても惚れ惚れする。
「なんどすえ? まあまあ、ハルちゃんじゃないかえ。何の用? ああ、こちらにいらっしゃい。お友達もこちらへ」
鈴の音のように凛とした声で俺たちを招く。羅刹のツノや、サタンの羽と尻尾は意に介さず、部屋の奥へと入って行く。
「おっじゃまー!」
羅刹は躊躇うことなく部屋に入る。サタンも何か言うことなく、そそくさと入って行った。
まあ、招かれたのだからいいか。と思い、お邪魔しますと言って、奥へ入る。
和風な雰囲気で、いつも着物を着ている大家さんにとても似合う。一気に旅館へ行ったかのようだ。
部屋の真ん中にちゃぶ台があり、奥の方に大家さんが正座して待っていた。その向かいに、羅刹とサタンが座っている。ちゃぶ台の上には俺たちを待っていたかのように、湯呑みが人数分置かれている。
俺もサタンたちと同じように座り、大家さんに向かい合った。
大家さんが切り出す。
「して、私に何用か?」
大家さんの白い肌が一層際立つ。その肌に見惚れながら口を開く。
「単刀直入に申し上げます。俺の部屋に妖怪と悪魔が居ついているんです。これ、どうにかなりませんか?」
我ながら何を言っているのかわからない。どうにかなれるわけがないだろう。だがしかし、大家さんの言葉は意を反していた。
「ふむ。やはり其方らは妖怪と悪魔じゃったか。いやはや、悪魔まで来るとは思わなかったぞ。しかも其方! サタンではないかえ!?」
俺は開いた口が塞がらない。サタンも羅刹も何事かと大家を見つめる。
「えっと……。俺のことをご存知なのはすごく有難い……。いや、当たり前なのだが、……知っていた、のか?」
「知っていた、とは?」
大家はわざとらしく狐目を吊り上げ、口角を伸ばす。
美人が妖しく笑うとこんなにも美しくて恐ろしいのか。俺は身震いを抑えると、口を開く。
「こいつらがここに来ること、……俺が……あなたの家にお邪魔すること」
用意された煎茶は今さっき淹れたばかりではなく、ずっと前に用意されていた。
その証拠に、湯気は消え、すっかり冷え切っている。その上、人数分きっちりと机上に並べられていた。
そしてこの口振り。まるでこいつらを呼んだのは自分だと言っているようなもの。……--いや、まさかな。
俺に見つめられた大家はさらに口角を上げると、
「そうじゃ。悪魔は予想外じゃったが、まあ良い。知っておったぞ。全てな。なんせ、そいつらを呼んだのは私じゃからな」
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