冷たい部屋、14時の公園

Yudai Hirota

小説

2,233文字

自分を変えたくない人間が自分の世界を見つける物語。

暑くもない寒くもない季節のある日曜日の十四時頃、その女性に会った。この日も、決まった時間に仕事を中断して散歩に出かけた。散歩の道順のなかには近所の公園があって、そこを抜けて商店街の一角にあるファミリーレストランで食事をとるのが日課だった。いつものように公園の中に入ると、抜け道の左にあるベンチのに女性が座っているのが分かった。その女性は公園のベンチに座って遠くにあるなにかを見つめていた。顎の下まで伸びた髪は風で少しゆれていて、肌は太陽を知らない色で、確かに人間の形をしていたけれど、人間だとは信じられなかった。でも、人間以外のなにかである、という直感を確実なものにするだけの根拠がなかったし、第一、そんなことは考えても無駄だということが分かっているけれど、脳は勝手に動き出してしまう。しばらくすると、その女性はぼくの視線に気づいたのか「なんですか。」、とノイズの無い透明な声で僕に声を掛けてきた。

口はついていたけれど、まさか話すとは思っていなかったから、咄嗟に「となりに座っても良いですか」と答えてしまった。特別、座りたい気分ではなかったし、その女性に好意を抱いていたわけでもなかった。ただの好奇心からだったけれど、普段他人と会話するなんてないから思ってもない言葉が口から飛び出してしまった。その女性は「ええ」と短い言葉で返事をした。

ぼくはその女性の隣に人一人分のスペースを空けてゆっくりと腰を下ろして、横目で様子を伺ってみると、その女性はさっきと同じように公園のむこう側を見つめている。呼吸で身体がわずかに揺れていているのが分かった。

最初の会話からなにも話していないけれど、これ以上その女性について知ろうとは思わなかった。腕時計をみると、ちょうど帰らなければならない時間だったので、ぼくはなにも言わず公園を後にした。

ぼくはいつものように玄関をくぐって、自室に入り仕事を始めた。ひんやりとしたその部屋の床には、床に雑誌や漫画、ハードカバーの小説、文庫本などあらゆる本が置かれているけれど、すべて正しい位置にあった。他人が見たら掃除をしたくなるような部屋は、ぼくにとって一番の居場所で、これ以上なにかを減らしたり増やしたりするつもりもなかった。

 

火曜日の二十時ごろ、インターホンのベルが聞こえた。扉を開けると、昔からの友達が左手に鞄を持っていて、その反対の手を「来たよー」と言いながらぼくに振った。彼女をリビングにあげることもできるけれど、そうすると普段の生活が変わっていしまう気がするから、自分の部屋に彼女をあげる。彼女は時々、ぼくの部屋にやってくる。会社勤めの彼女は会社に鬱憤が溜まっているらしくて、ひとしきり愚痴をこぼすと自分の家に帰っていくのであった。彼女が帰る時間はぼくが睡眠をとる時間の十分前と決まっていた。二人でそういった取り決めをしたわけではないけれど、彼女が家に来るようになってからずっと続いているものだった。

 

同じ生活を繰り返し、また日曜日がやってくる。いままでは、自動的に決まった道を歩き、いつものファミリーレストランでなにも考えずに昼食を取っていたけれど、今日は公園であった女性を思い出しながら家を出ていた。なぜか、鳥のさえずりにはいろいろな周波数があって、お互いに笑ったり泣いているように聞こえたし、太陽の光が自分の体を焦がそうとしているように感じた。公園の中に入って、抜け道の左側のベンチに目をやると、前とまったく同じようにその女性が座っている。膝の上に置かれた手も、目線も、服も先週と変わっていなかった。その空間だけ時間が止まっていて、もう動くことは無いようにも思えた。ぼくは「となりに座っても良いですか」、と最初に会った時と同じ言葉を掛けた。その女性は「ええ」、と遠くを見つめながら呟いた。

 

それから何度もぼくは同じ時間をやり直していった。脳が時間の進みを認識していることを分かっていたけれど、それは、脳の嘘だということも分かっていた。二人の時間に言葉や数字は無くて、あらゆる生き物や植物が生きている世界よりも純粋だった。

 

月曜日の二十時ごろ、彼女がぼくの部屋にやってきて昨日見たテレビとか、新しく見つけた趣味とかを楽しそうに僕に話していた。いろいろな話をしていて、なにを話しているのか分からなかったけれどとにかく楽しいことだけは分かった。彼女にとっては進むことがなによりも楽しくて、捨てることができる勇気があった。しばらくすると彼女は趣味の話をやめ、怒ってもいない笑ってもいない顔で「最近、公園で女の人と会ってるでしょ。好きなの。」と言った。その言葉はぼくの世界の秒針を動かすには十分の力で、変わってしまう言葉だった。床に散らばっていたそれぞれの本は、彷徨い始めて自分の家に帰ろうとしていた。ひんやりとした部屋には風が吹いてぼくの腕をチクチクと刺していくのを感じた。

 

だから、自分の世界を壊そうとすることから守らなければならなかった。時間が経てばたつほど壊れていくのは分かっていたから、ぼくは立ち上がって彼女の首に手を掛けた。ゆっくりと力を入れて、世界がこれ以上壊さないようにゆっくりと。彼女は最初、抵抗していたけれど、どうしようもないと分かったとたん動くのをやめて、ぼくをやさしく見つめた。彼女が抵抗するのをやめたのをみて、ぼくは安心して涙を流した。

2017年6月13日公開

© 2017 Yudai Hirota

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