SHOOT LIVE

細井麻奈美

小説

11,290文字

「ライブでピストル自殺します」 SHOOTは宣言した。SHOOTはピストルでの演出にこだわってきたアーティストだ。ライブ当日、会場はファンややじうまでいっぱいだった。SHOOT はピストルを片手に歌い続け、銃口をこめかみにあてた。しかし引き金は動かなかった。「レプリカとすりかえられたんだ」、涙声で訴えるSHOOT。これも 演出なのか。最前列のコスプレファンが、真実を確かめるためにステージに駆け上がった。第二回文藝新人賞応募作品。

まだ開演前だというのに、ライブ会場は異様な熱気と興奮に包まれていた。

「来たる八月八日の単発ライブのステージ上で、わたくしSHOOTこと日高舟人はピストル自殺をします。悪しからず」

んなメッセージがSHOOTの公式ホームページで発表されたのが三日前のことだから、当然と言えば当然だ。ホームページのメッセージは、数ヶ月前に発売された彼の最新アルバム「suicide」を買った人にしか読めないよう、CDケースの内側についているIDナンバーを入力しなければ見られないようになっていたのだが、そのあまりに衝撃的なメッセージは朝の情報番組の芸能ニュースコーナーで取り上げられたので、あっという間に広まってしまった。CDを買ってくれたファンだけに向けたはずのメッセージは不正コピーされてネット上に氾濫しだし、八月八日のライブチケットもネットオークションで高値で取引される事態となった。

チケットの購入者は、SHOOTの熱狂的ファンだけではなかった。かつてオープンカーでのパレード中にケネディ暗殺が起こったという事実に、憧れを感じる若者たち。いいなぁ、自分も見たかったなぁ。三島由紀夫が切腹したとこ、私だって見てみたかったなぁ。そんな退屈した若者たちが、食いついたのだった。大衆の目にさらされる死。歴史的瞬間の死。偶然でなければ見られない死。いま見なければいつ見られるのだろう。残酷すぎるからとライブの記録映像のマスターテープが極秘資料の集められた倉庫かどこかに保管されてしまう前に、この目で目撃したい。欲望の数値を表すように、オークションでのチケットの値段は高くなる一方だった。

SHOOTのホームページには案の定、書き込みが殺到した。

「子どもたちの憧れであるアーティストという存在でありながら、自身が少年少女らへ及ぼす影響力の強さをまるで自覚しない無責任な発言はまことに遺憾である」、「死にたきゃ一人で死ね、社会不適応者がよォォォォォォ!!!!!」、「SHOOちゃんが死ぬならミカも死ぬ!」、「話題づくりだろ、ほっとけ」「『今日で今までのSHOOTは死にました。これからは新生SHOOTをよろしく!』とかってオチじゃないの?」等々……。また、あるテレビ番組では若者の文化なんかまったく理解していなそうな自称メディア評論家が、

「売り上げ至上主義もここまで来ると犯罪ですよ」と苦笑いして、

「CDを売るためだとかね、ライブに来てもらうために過激な発言をするなんて恥ずかしいと思いませんか? 歌だけで勝負しないと。自信がないと思われますよねぇ」と、同じ番組出演者たちの顔を見て同意を求めていた。

しかしそれらを受けてSHOOTが公の場で説明や謝罪をすることはないまま、今日のライブが来てしまったというわけだ。

「ねぇ、本当に今日、死ぬのかな」

隣の席の女が、連れの男の耳もとではしゃいだ声を出す。

「おい、どうするぅ? バキューンなんつって頭撃ってさ、ゆぃちゃんのとこまで脳みそが飛んできたら」

男はふざけて広げた両手で『ゆぃちゃん』の頭をがっしりつかむ。

「やぁだー、やめてよー」

その手から逃れようと体をよじらせて、女は笑った。

振り返ると会場は、見渡す限り席が埋まっている。二階席までぎっしりだ。二階の手すりからは垂れ幕が下がっている。「あなたを必要としている人がいます」。自殺防止団体かなにかだろう。そういえば会場に入る前にも、子どもを自殺で失った親たちの会「助けてあげられなくてごめんね」の会員だという人たちが、パンフレットを配っていた。

さまざまな憶測が飛び交ってざわつく会場は人の体から出る湯気で暑い。これからなにかが起こる、という期待が膨張して、会場のドーム型の屋根が、山頂のポテトチップスの袋みたいに今にもはちきれそうだ。それでいて常に、「今のうちにトイレに行っておこうか」とか、「飲み物買ってくるけどなにがいい?」という類の、ふだんのライブとかわりない会話も人ごみのなかから泡のようにふつふつと立ち上っている。だれも、現実感が伴っていないようだった。

腕時計を見下ろすと、開演まではあと十五分だ。携帯電話は見ることができない。会場に入る前に、カメラといっしょに取り上げられているからだ。ナイフやハサミも持ち込めないよう、身体検査されている。今までのライブでは形式的にバッグのなかを見せただけだったのに……。いつもと、ちがう。それだけで、順番待ちの行列には落ちつかない空気が伝播していった。いよいよこれは狂言ではないらしい、さっきトイレに行った子が見たんだって、スタッフが大量のバスタオルを運びこんでるとこ、あれは返り血を拭くためにみんなに配るものなんじゃない? いやだからさ、そういうのもSHOOTの狙いなんだよ、わざと目につくようなことしておれたちのテンション高めてくれてんだよ、もう始まってんだよ、SHOOTのパフォーマンスはさぁ、SHOOTならやりかねないじゃん、そういうこと……。

そうなると疑われてくるのがスタッフたちだった。淡々と荷物検査をし、チケットをもいでいくスタッフたちをみんなが疑り深い目で見た。この人たちは今日のからくりを、つまりSHOOTが仕掛けた「自殺予告」のイベントの段取りをすべて知っていているのではないか。知っていて、躍らされている私たちを心のなかでは笑っているんじゃないか。長蛇の列のあちこちからスタッフに詰め寄る声が聞こえたが、そのつどスタッフは、

「自分はバイトなんでわからないです」

「派遣なんで。業務内容以外、いっさい知らされてないんですよ」などと頭を下げるばかりだった。

客席の照明はまだ白々と明るい。その下でそれぞれの持ち場に立っているスタッフはみな、水色のスタッフTシャツを着ている。背中にかいた汗で水溜りのように一部分だけ色を濃くしたTシャツには、「Suicide LIVE 2010」の文字と、SHOOTのデザインしたピストルのロゴが入っている。銃身にSHOOTの文字のあるロゴだ。SHOOTはデビューしてからずっと、なにかにとりつかれたようにピストルでの自己演出にこだわってきたのだ。

 

私がSHOOTというアーティストの存在を知ったのは、高校一年の夏だった。もう二年も前のことだ。最初はなんとなく、学校帰りに通りかかるCDショップの、ガラス越しに貼られたポスターが気になっただけだった。青い髪を逆立てて目のまわりを黒く塗った奇妙な男が、ピストルを自分のこめかみに突きつけ、挑発的な目でこちらを見据えている。あごを軽く上向けて、口元には薄く笑みを浮かべて。「おれはべつに、いつ死んだっていいんだぜ」。男はそう言わんばかりの憎たらしい顔つきで、ピストルをこめかみにあてていた。

それがSHOOTのファーストシングル「SHOOT ME!」のジャケット写真を拡大したポスターだと知ったのは、夏休みに入ってからのことだ。退屈な夜、居間のテレビのチャンネルを適当にかえていたら、あのポスターと同じ写真が映った。CDジャケットのアップだ。一瞬のことだったが、リモコンを握ったまま、チャンネルをかえる手は止まっていた。

「それでは、先月デビューシングル『SHOOT ME!』をリリースされました、SHOOTさんです、どうぞー!」

音楽番組でCD紹介のVTRが終わって、司会のタレントに紹介されて出てきた男は、まぎれもなくあのポスターの青い髪の男だった。SHOOTは案内されるままソファの端にこぢんまりと座ったが、おしっこに行きたい小学生のようにひどく落ち着かないようすでもじもじと股間のあたりをまさぐっていた。

「えー、SHOOTさんはテレビは初めてということでね、なんだか緊張されてるみたいですけど、どうぞリラックスしてくださいね」

女性アシスタントが愛想笑いを浮かべてフォローを入れると、

「あじゃ。じゃあ、お言葉に甘えて」

SHOOTは恥ずかしそうに立ち上がり、いきなりズボンのジッパーを下げた。周囲が唖然とするまもなくなにかがそのすきまからすべりでて、見るとそれはピストルなのだった。見覚えのある、黒光りするピストル。持ち手の部分だけ木製だ。

「これね、PVの撮影で使ったレプリカなの。気に入ったからもらったの」

SHOOTは酒に酔ったように舌足らずな口調でこう言って、ピストルのレプリカを手の中でもてあそびはじめた。

「これがあればさ、いつでも死ねるでしょう。だからね、これ、さわってるだけで安心できるのよ、おれ」

おしゃぶりをくわえた赤ん坊のように、本当に穏やかで安心しきった顔になるSHOOT。スタジオに冷ややかなものが走ったのがわかった。こわい、じゃなくて、寒い。レプリカで死ねるわけがない。冗談だかキャラづくりだか本気なんだかわからない。そのゾッとするような、だけどどこか凶暴で、圧倒的な冷たさは、ブラウン管を越えて私のなかにも入りこんできた。腕に鳥肌がたっていた。SHOOTはそのあとで機材の用意された隣のスタジオに移り、青いギターを肩からさげてマイクスタンドの前に立つと、人が変わったように白目をむいて、「殺してぐれぇぇぇ、ごろじでぐでぇぇ!」と、歌うというより執拗に叫び、「でもドーテーのまま死にたくねぇぇぇぇ!」と何度もピストルをこめかみにあてた。曲のおわりには仰向けにひっくりかえって、ギターに犯されているみたいだった。SHOOTは腰を小刻みに振り、失禁してしまうのではないかというほどガクガクと震えていた。ギターには最初から最後まで指一本触れなかった。弾けないらしい。

「はい。SHOOTさんで、『SHOOT ME!』でしたー。続いては、今週のアルバムランキングです」

カメラがアシスタントのおねえさんに移り、存在を無視されたSHOOTは、ランキングのVTRが映るまで画面の端でギターの下敷きになって、ブレイクダンスのように背中で回転していた。まるで夏の終わりに熱せられたアスファルトの上でのた打ち回っているセミだった。

私はすぐさまインターネットでSHOOTについて調べた。ネット上には、SHOOTの情報があふれていた。本名は日高舟人。SHOOTと名乗り音楽活動をしているが、ファンクラブの会報やホームページではふざけて「囚徒」だとか「舅」だとか「蹴戸」だとか「臭吐」だとかサインすることもしばしば。年齢、出身地は非公開ということになっているが、元同級生がブログに卒業アルバムや文集を載せたことから茨城出身の十九歳で、ありきたりなサラリーマン家庭の次男だということはすでにバレてしまっている。音楽雑誌はSHOOTのことを、「弱虫の美学」だとか「母性本能をくすぐる目立ちたがり屋」だとか評し、「我々は見世物小屋の動物に対する優越感をもって彼を見るのだ」と意地悪く称賛する。一方で、「彼は一見すると自暴自棄で破壊的なようだが、実はだれよりもまじめに生と向き合い、全力で生きている若者なのである」というトンチンカンなことを言っている音楽評論家がいるのには笑った。

いつのまにかファンクラブに入り、ライブに足を運ぶようになっていた。

 

照明が落とされた。暗くなった会場に、反射的な歓声が上がる。時間だ。私はひざに乗せたバッグからピストルを取り出した。私の席は前から八列めだ。前の七列に、ピストルを握って高くかかげた腕がにょきにょきと生えはじめるのがよく見える。最前列には、青く染めた髪を逆立て、コスプレしたファンのうしろ姿がずらりと並んでいる。彼女たちのピストル所持率は百パーセントだ。私も陸上競技のスタート合図をするみたいに、ピストルを握った腕を真上に伸ばす。

SHOOTはテレビ初出演以来、インタヴューのときもプロモーションビデオでも、例のピストルのレプリカをお守りのようにベルトにさすようになった。SHOOTとピストルは一体化して、見るものに違和感を与えなかった。ファンだけは目ざとかった。無意識にか意識的にか、SHOOTは腰のピストルによくさわる。左手で、右手で。不安げに、繊細な手つきで。愛撫するように、救いを求めるように。手もちぶさたに。ギターをつまびいているように。あ、またさわった、あ、またなでた、ファンは流れ星でも見たように、SHOOTのしぐさを指摘せずにはいられない。SHOOTの指が自分の服の下にじかに触れたようなエロティックな気分にもなる。

そこに目をつけた関係者によってファングッズが販売されるようになるまでにそう時間はかからなかった。SHOOTのピストルのレプリカだ。モデルガンですらない。引き金が動かないのだから。ファンたちはグッズ売り場に並ぶピストルを見るとSHOOTの切断された性器でも見つけたみたいに喜んでそれを買っていった。はじめのうちそれは、おとなのおもちゃのようなものだった。銃身に彫刻された「SHOOT」の文字のでこぼこを指先でなでたり、銃口を口にくわえてみたりして、己の欲望を満足させるための。しかしだれが始めたのか、ピストルはライブの振りつけに使われるようになったのだ。

「SHOOT! SHOOT! SHOOT! SHOOT!」

どこからか発生した呼び声が、会場全体の波になる。私もピストルを前後に振りながら叫んでいるが、本当に自分ののどから声が出ているのかわからない。声という声が合体し、ひとつの巨大な化け物のようになっている。

「SHOOT! SHOOT! SHOOT! SHOOT!」

巨大な化け物が暗い会場を練り歩く。なにかが壊される直前のような、不吉な気配で会場が揺れる……。

ステージが青いスポットライトで照らされ、爆音とともにステージ前面の装置から火花が二本交差するように噴き出た。SHOOTの名前を呼ぶ声は分解され、「キャー」という小分子になって方々で弾ける。もうもうと煙が充満するステージに、あらゆる角度からさす青い光。「SHOOT ME!」のイントロが大音量で流れだす。開演だ。

煙が薄まり、ステージが見えてくる。大きな四角い機材や、足元からステージを照らす照明器具で、ごちゃごちゃしている。ステージの端やうしろのほうに、いつのまに出てきたのか、バックバンドのメンバーが立っている。ドラムを叩く人、ギターやベースを弾く人……。しかし、SHOOTの姿はない。ステージ中央には無人のマイクスタンドがある。

「殺してくれぇ~~~~~~!」

いきなり絶叫が響き渡り、それをSHOOTの声だと聞き分けたファンだけが、歓喜の声を上げてピストルをマイクスタンドに向けた。私もすかさず照準を合わせる。爆竹のような音が連続して鳴り、マイクスタンドの奥の床がせり上がってきて、SHOOTの青い頭が現れた。会場のあちこちから乱射された銃弾のように、SHOOTめがけて声が飛ぶ。ファンの応援なのか自殺を咎める野次なのか、あまりの騒々しさで聞き分けられない。SHOOTを乗せた床が静止する。と、SHOOTの奇妙な衣装に視線が集中する。だぼっとした黒い衣装はまるで死神だが、お飾りの青いギターはぶらさげている。SHOOTの右手にはピストルがある。

マイクスタンドを引き寄せて、SHOOTが白目をむいた。

「おれの死にざま、見てってくださぁ~~い」

SHOOTがピストルをこめかみに向けた。悲鳴とも喚声ともつかない黄色い声が最高潮になる。その声が音楽になって体のなかを走ったのだろう、SHOOTは満足げに唇を引き上げ、不敵な笑みを浮かべた。興奮で首筋の血管が浮き出ている。引き金にかけたSHOOTの指が震えている。

「いくよ!」

バーンとドラムがひときわ大きく叩かれ、SHOOTは白目をむいて、のけぞった。のけぞったまま、歌いだした。イントロを終えたメロディがSHOOTの歌声を乗せて疾走する。ピストルはもうSHOOTのこめかみから離れ、伸ばされた腕の先でスポットライトの光を吸って輝きながら、客をあおるように空中で前後に振られている。SHOOTはいつものように白目をむき、叫ぶような声で歌っている。バックバンドは演奏を続け、スポットライトがリズムに合わせて色をかえる。

あれ、もしかしてふつうにライブが始まっちゃたのかしらという戸惑いが観客席をぐらつかせたが、いや一曲も歌わないでバキューンなんて、それこそ金返せってもんだ、と自分を納得させて客たちはなんとなくノリはじめる。SHOOTのファンはSHOOTの腕の動きと合わせて、ピストルを狂ったように前後に振る。ピストルを持ってない客は、かわりにこぶしを、お愛想で振る。自分は取り乱してなどいないと、余裕を表すように体を揺らす。正常な、常識的なライブの展開に自分をなじませる。会場全体を覆う、熱を帯びた粘っこい空気は、生き物のように自ら軌道修正していく。結局はなにも起こらないのだろう、とか、クライマックスまでは通常通りのライブが行われるんだな、と、それぞれに推測して、とりあえず隣の人のまねをする。

SHOOTの腕が威勢よく振り回すピストルが、いつもより油っぽく黒光りして見える。

あれは、レプリカじゃない。今日のピストルは本物なのだ。

SHOOTの手に握られた二分の一の可能性を信じて、腕の筋肉が引き攣れるほど、私もピストルを振る。

SHOOTは本当に死ぬのだろうか。「SHOOT ME!」を歌い終わるとけろりと黒目に戻って、SHOOTはペットボトルの水を飲んだ。これから死のうとしている人には見えなかった。ステージ背面の巨大なモニターに映ったSHOOTの額には、無数の汗が浮かんでいる。照明が熱いのだろう、だから体温調節のために、SHOOTの汗腺が汗を分泌する、それによってSHOOTは、のどの渇きを感じて水を飲む、水はSHOOTの体内をかけめぐる。SHOOTは生きているのだ。SHOOTの吐いた息はこの会場に溶け込んでいる。私の吸う空気には、SHOOTの蒸発した汗もまじっている。息苦しいほどのSHOOTの生気を吸い込んで、私の血は踊る。

「こんばんわ、SHOOTです」

マイクに唇を近づけて、あごだけでSHOOTは会釈した。「イェー!」と、反射的に合いの手をはさむ客たち。SHOOTのライブに通い慣れたファンがピストルをかかげた腕で、SHOOTに応える。しかしすぐに客席は本来すべきことを思い出す。今回の騒動について説明がされるのを待って、息をつめる。

約四万五千人に囲まれ、発言を期待されたSHOOT。にわかに不安げに目が泳ぎ、右手のピストルをそわそわ触りだす。音楽が鳴っていないとき、SHOOTは口ベタなのだ。助けを求めるようにうしろを振り返ると、バックバンドのギタリストのおじさんがギターを掻き鳴らした。それが高圧電流に変換され、SHOOTの体に注ぎ込む。

「ぐぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

体を震わせ、スイッチの入ったSHOOTが白目をむいて正面をにらむ。

「おれは死ぬ、絶対死ぬ、今日は死ぬ、もう死ぬ、死にたいんだ、死なせてくれぇぇー!」

おれは死ぬ、というのはSHOOTの口癖のようなものだから、それをよく知る女性ファンたちは「死なないでー」と飛び跳ねてあげる。ばかばかしいお決まりの展開。SHOOTはギターを両手でかき抱いて、体をよじらせる。まだSHOOTのライブの独特なノリになじめないのだろうか、ファンではない客からの文句は聞こえてこなかった。SHOOTが赤い舌を出す。

「だからそれまで、楽しんでちょうだーい!」

二曲目のイントロが流れだした。

二曲目、三曲目、四曲目と続けてSHOOTは歌った。自身が酸欠で倒れることを求めているかのように、休憩を挟まなかった。ピストルを振り続けた客たちの腕の筋肉はむだな雨乞いを続けているようで疲れてきた。早く、早くと願いながら、力いっぱい腕を振る。なにか変化を。なにか刺激を。私たちをシビれさせてくれるものを。与えてください。分けてください。白目をむいて腰を振って、くねくね踊るSHOOTの醜態を絶賛して腕を振る。ピストルを振る。SHOOTの決意が固まるのを待つ。あるいはあらかじめライブ関係者と打ち合わせたプログラムに従ってこめかみを撃つのか。なにか、あっと言わせるオチがあるのか。SHOOTにピストルを向けながら、私たちはSHOOTに支配されている。ピストルのレプリカや、ピストルに見立てて伸ばした人差し指に包囲されたSHOOTは、武装した凶悪な誘拐犯のように強気だった。こっちには人質がいる、死ぬとこ見たけりゃおとなしく待ってろ、と。いつになくSHOOTには鬼気迫るものがあった。

四曲目の演奏の余韻がやんだ直後、変化が起きた。

「おい、早く死ねよ!」

どこからか男の声の野次が飛んだのだ。絶妙なタイミングで投げつけられた鋭い言葉は、意外なほど多くの客の目を覚まさせた。なにも死んでくれるまで我慢して待つことはないのだ、このままくだらんライブに付き合わされたんじゃかなわない。圧倒的な一体感にのみこまれかけていたただのやじうまたちは発言の勇気を得て、「死なないのかよー」だの、「金返せー」だの、SHOOTを攻撃しはじめた。熱気球のように熱く上昇しつつあった会場のあちこちに穴が開き、冷えた外気が入り込み、しぼんで墜落していくようだった。

大量の汗でぬれねずみのようにぐっしょりしたSHOOTが、マイクスタンドの前に立ち尽くし、うらめしげな目で客席をにらむ。大きなモニターに、SHOOTの顔が大写しになる。バケツの水をぶっかけられたいじめられっこみたいだ。ぬるぬるした右手に握ったピストルを、顔の前まで持ってくる。

「命をおろそかにしてはいけません! あなたのやろうとしていることは……」

と、声を裏返して客席からステージに乗り出していったおばさんが、警備員によって外へ連れ出された。SHOOTは動じることなく、より目でピストルを凝視していた。いかにも本物のピストルに見える。グリップを握る手が震えているし、重量感がある。

SHOOTが左手でマイクスタンドからマイクを抜いた。ピストルを右手に強く握り締めたまま。

「おれは……」

と言ったところで、マイクがハウリングを起こした。眉間にしわを寄せて顔を引いたSHOOTは美しく見えた。再びマイクに唇を近づける。しかしもう言葉は出てこなかった。初めてマイクというものを見た原始人みたいに、自分の手の中にあるものの使い方がわからなくなってしまったようだ。

「次の曲、歌います」

マイクをスタンドに戻すと、不満の声とファンの歓声で会場は沸き、フルボリュームの演奏が始まってスポットライトが交錯したので、ライブは再び勢いづいた。

席を立つものはいなかった。ばかばかしい、と外に出たら肝心のシーンを見逃してしまうかもしれない。SHOOTはいまや、四万五千人の心を右手のピストルでつかんでいた。

 

SHOOTは着々と曲をこなしていった。ステージを走り回ることもなく、着替えもせずに。十曲ほどが演奏されたあと、ペットボトルの水を飲み干し、SHOOTは穏やかな目で客席を見渡した。気持ちよさそうな、ふっきれたような顔をして。

頭の端で違和感を察知しつつも、目立った行動をとるものはいなかった。酸欠状態の会場で腕を振り続けたせいで、頭がぼうっとしているのだ。演奏はやんでいるのに耳鳴りもする。あるいはギターの余韻かなにかが、まだ残っているのか。

「おれは、死ぬよ」

あまりにも自然に、幸福そうに、SHOOTはつぶやいた。散漫しつつあった客の集中力が急速に収束し、会場が水を打ったように静まり返る。汗みずくのSHOOTが、ピストルを再びこめかみにあてたからだ。こめかみに強く銃口を押しつけ、SHOOTの全身が、信じられないくらいに震えだす。右手の人差し指を引き金に絡みつけ、SHOOTはかたく目をつぶっている。直後、自分の脳を襲うだろう衝撃に、耐えるように。歯はきつく噛み合わされ、顔はサルのように真っ赤だ。

演出を超えている。だれもが状況を把握しているのに、悲鳴も上がらない。目の前で起こるだろう事態に備えて、瞬きもせず、身構えている。ステージの下には警備員たちが仁王立ちしているが、そう命じられているのか、客席のほうを見張るばかりで、SHOOTを振り返ろうともしない。カメラを肩に乗せて長いコードを引きずるカメラマンも、いいアングルを探すように、ステージと客席のあいだを左右に移動するだけだ。バックバンドも、自分は無関係だという顔で傍観している。

SHOOTの全身の震えが止まった。次の瞬間、乾いた銃声が轟くかと思ったが、しゃくりあげるような、迷子の女の子のような心細い涙声が、しんとした会場に響いた。

「おれ、死ねないよ、死ねるわけ、ないよ…」

SHOOTの右腕がだらりと下がった。ピストルが手を離れ、ステージの下に落ち、硬い金属的な音をたてた。全身の力が抜け、SHOOTは糸が切れたようにうしろへ倒れそうになって、すがるような目でマイクスタンドにしがみついたが、スタンドごと仰向けに倒れた。マイクがステージに打ちつけられた際のすさまじいハウリングに、観客は耳をふさぐ。後頭部を強打し、ステージに転がって、SHOOTは低くうなっている。顔を上げたSHOOTは、涙でメイクが剥げていた。

「ちがうんだ、本当に死にたかったんだよ、指が、ちがう、引き金が動かなかったんだ……そうか、スタッフがレプリカとすりかえたんだ、これじゃ、死ねるわけないよ」

誰もなにも言わなかった。笑い出すものも、SHOOTを咎めるものもなかった。最前列のコスプレファンたちが、取り残されたように突っ立っている。ピストルのレプリカをもてあましながら、まだ待っている。SHOOTがなにかしてくれるのを。

最前列の、SHOOTそっくりにコスプレをした若い女のひとりが、ステージへ向かって彗星のように駆け出した。ステージ下の警備員があわてて両手を広げ、取り押さえようとしたが、女は屈みこみ、SHOOTの手から落ちたピストルを拾い上げた。ふりむきざま、警備員にピストルを向ける。銃声。手をつきだしたまま警備員が倒れた。あれ、と思うまに、女がステージによじのぼる。煙の上がった銃口を向けられて、SHOOTはステージにひっくり返ったまま目をあけ広げる。

「こわくなって指が動かなかったの? だってこれ、レプリカじゃないよ? ねぇ、SHOOT、生きるのツラいってあんなに歌ってたよねぇ?」

ステージの裾で警備員が血を流しているのを見て、関係者が慌てている気配はあった。しかし、女を止めに入るものはいなかった。

「私、信じてたよ。SHOOTはおじけづいたりしないって。ギョーカイの金儲けに利用されてるわけでもないって」

ピストルを向けたまま、女はSHOOTに馬乗りになる。そっくりな青い髪のふたりが、犯すものと犯されるもののように、上と下で見つめ合う。

「ね。そうだよね?」

「ま、待って、ちょ、ま」

恐怖に引き攣ったSHOOTの頭が破裂した。赤黒い血と脳が飛び散る。SHOOTそっくりの女は返り血を浴びて、恍惚としてほほえむ。スポットライトの下、女は四万五千人の欲望を一瞬で満たした。にわかに神格化された女が、続いて自分のこめかみを撃つ。くずおれた女の体がSHOOTに折り重なる。並んだふたつの青い頭が、ぐっしょり濡れて赤く染まる。スポットライトが慌しく消された。

血の匂いが暗い客席に流れこみ、胃の底に酸っぱいものを感じて、現実感が、ようやく、前の席から順々に湧いていった。オレンジ色の非常灯が、ぼんやりとステージを浮かび上がらせる。万一のために待機していたのだろうか、ステージ裏から、ヘルメットを被った救急隊員のような男たちが数名、担架やら処置用の道具が入っているらしいリュックを背負ってステージに駆け出てきて、集団嘔吐の波に呑まれていく客席を、冷たい瞳で一瞥した。

2010年6月23日公開

© 2010 細井麻奈美

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