メニュー

田んぼの灯

奇妙奇譚(第2話)

村星春海

田んぼに灯る街灯がある。確かに真っ暗の夜道に街灯があるのはいい事だ。
もちろん、それは誰がいつ設置したか分かるものに限るがね。

小説

5,763文字

この村では夜において街灯は命綱である。月明かりのない夜など、人は歩こうとするまい。大体は田んぼのあぜ道沿いに点々と電信柱に付けられた白熱灯のみだ。この心許ない街灯でも、あるだけいい方だ。
ここのところ真新しい街灯が出来たという噂がある。とある田んぼ道に灯っているのだ。だが、誰がいつ設置したか不明だった。
それもそのはず、それは街灯ではないからだ。ある人が昼間にその場所に立ち寄ったが、そんな街灯は見当たらない。おかしいなと見回すが、よう見たらそもそも電信柱や街灯を設置できる柱すらないではないか。
夜になると現れる不思議な街灯のお話。

遠野あかりがその噂を耳にしたのは、学校の帰りだった。

「ねぇねぇ。あかりちゃん、知っとる? 街灯の話」
「街灯?」

この地方の片田舎の村では、街灯一つ増えるだけでもニュースだ。カラーテレビでも来れば、村はひっくり返るだろう。

「最近ね室井さんとこの田んぼの奥の方だけど、街灯が出来たんだと。でもさ、それ、昼にになると跡形もなく消えとるらしいんだわ」
「へぇ。見間違いじゃないだ?」
「そう思うが? でもね、それを聞いて何人か見に行ったらしいよ。だども、昼間は見つけらんないし、夜は確かに灯っとるらしいわ」
「友ちゃん、『らしい』ばっかりだがね。嘘臭い」
「ほんとだってば!」

そんな他愛もない会話をしながらの帰宅時間。あかりと友ちゃんの会話はまったく別の話題になり、街灯の話は宙へ消えていった。

自室の机で今日の復習と明日の予習。そして明日の準備を終え、あかりは寝巻きに着替えてそろそろ寝ようかと時計を見ると、時間は21時を過ぎようとしていた。都会は知らないが、あかりの住む村では21時というのはもはや深夜である。鈴虫の音色を聞いていると、天井の豆電球がゆらゆらと二重に見え始めあっという間に落ちていく。
しかし、今日は少し違う。
夕方に街灯の話を聞いてから、どうも気になって仕方がない。もやもやと頭の中を巡って、なかなか眠れない。

「……なんでかいね。気になって眠れせんわ……」

正体不明の街灯。
どう考えても人魂か狐火だ。
あかりは天井を見つめたまま、何度も寝返りを打った。
目を閉じると、見たこともないのに鮮明に暗いあぜ道と、点々と揺れる灯りが浮かんでくる。
追いたくなるような、呼ばれているような、妙な感覚があった。

「……いけん。こんなこと考えてる場合じゃない」

体は重いのに、頭のどこかが、あの田んぼの方へ引っ張られているようだった。
いつしか、あかりは浅い眠りに落ちた。

鳥のさえずりで目が覚めたが、よく眠れたような気がしない。あかりはむくりと起き上がると、布団をはいで立ち上がり、障子を開けた。青い空が遠い山の向こうまで続くいい天気だった。
自室を出て洗面台へ行き、歯を磨いて顔を洗った。そして朝食を準備する母の背中越しに挨拶をしていつもの場所へ座った。
父と母と朝食を摂る。特に大した会話はないが、仲の悪い家族ではない。大学へ進学し、村を出て寮生活の兄がいた頃はもう少し賑やかだった気もするが。
朝食後に自室へ戻り、寝間着を脱いで制服を着て時計を見た。まだ学校へ行くには早かった。まだ座って何かしようか、と思ったが、頭の片隅に置いてあった「街灯」が浮かんだ。

「まだ時間ある……。行ってみようか」

母には学校の当番だと言っていつもより早めに家を出て、昨日友ちゃんと話した田んぼの街灯を見に行こうと思った。学校とは同じ方向だった。途中で横へ逸れるだけで、その場所へ行ける。
山手の方へ向かい、室井さんの田んぼの横を抜けて、更に山へ向かっていく。しばらく歩いていくが、最終的に行き止まりとなった。

「あれ? おかしいな。街灯なんてないがん……。通り過ぎたんかな」

今来た道をあかりは振り返る。気が付かなかったが、あかりは思った以上に山の方へ進んでいた。自分の立ち位置を起点にして、山の雑木林が扇状に広がっているのが見えた。しかし、どこにも街灯もなければそれを設置する柱もない。
その瞬間、ざっ、と風が吹いて木々がなびく。あかりはゾクッとした。なにかに見られているような、濡れた手で背中を撫でられるようなぬるりとした感触があった。空は晴れてるのに、セミもまだ少し鳴いているのに……。何故か自分の周りだけ不思議な力で隔絶されてしまったように感じた。

「……いけん。もう時間が無いわ。学校、遅れる」

あかりは時計を確認して、時間が無いことに気がついてその場を足早に去った。何者かの視界から逃げるように。

学校へは遅刻せずにすんだ。ぎりぎりではあったが。
休憩時間、友ちゃんに街灯の話を詳しく聞いた。

「ねぇ、友ちゃん。昨日言ってた街灯の話だけどさ。あれって室井さんの田んぼの奥で合っとる? そのまま進むと行き止まりになってる場所だけど」
「そうだよ、その場所。行き止まりのちょっと手前みたいだけど、道を曲がって田んぼの横から山の行き止まりの方へ進む道の辺りだって」
「ふーん」
「まさか、行ってきたん? それで今日ギリギリになったの?」
「そう。また夕方、見に行ってみようかなって。朝はあんまり時間がなかったけん」
「もう、やめときない。教えたうちが言うのもおかしいけど、あんまり首突っ込まん方がいいよ」
「うん、ほどほどにしとく」

行った場所は正しかったと思う。でも、思い返したって街灯は無かった。

一日の授業が終わりあかりは帰りの準備をしていた。

「ねぇ、あかりちゃん」
「友ちゃん、どうしたん?」
「うちも行ってみていい? なんか、あかりちゃんひとりに行かせるのは不安だわ。無茶しそうで」
「なんでよ。大丈夫だわね。でも、せっかくだから一緒に行ってみる? 私が朝行った場所が本当に合ってるのかも確かめたいしね」
「うん、一緒に行こ」

二人は教室を出て、すれ違った教師と挨拶をし、学校を後にする。
空は刻々と夕方へ変わりゆく。次第にヒグラシの鳴く声が聞こえ始め、学校を離れるほどにその声は濃くなった。それは、人気の無いところに向かっているという事でもある。
友ちゃんの案内で向かうと、そこはやはり朝に来た場所で間違いなかった。二人で辺りを見回したが、どこにも街灯など無い。

「やっぱりだわ。朝、間違いなくここへ来たよ」
「その時も街灯はなかった?」
「うん。というか、電線も引いとらんが。街灯も、電信柱もないよ」
「変なの。でもね、見た人はいるんだよ?」
「うん、わかっとる」

二人が辺りを見回していると、後ろから低い声がした。

「お前さんたち、ここで何しとーだ」
「「わぁっ!」」

あかりと友ちゃんが驚いて振り返ると、津森のばぁちゃんが立っていた。
夕暮れの光の中で、表情はいつになく厳しかった。

「びっくりした。ばぁちゃんこそ何しとるん?」
「お前たちが入っていくのが見えたけんだわ。こげな田んぼの奥まで、何しに来た」
「えっと……街灯の噂を聞いて、見に来たんよ。でも、何もないし……」

ばぁちゃんは小さく息を吐き、二人を交互に見た。

「灯りの事はわしも知っとるよ。だけどな、近づいたらいけん。特にこんな夕方。ここは来らん方がいい。そうなっとる」
「どうして?」

あかりが聞くと、ばぁちゃんは少しだけ口を閉ざした。すぐに答えることはせず、山の方をちらりと見る。

「……理由は知らん。ただ、余計なことはせんがいい。はや、家に帰りんさい」

それだけ言うと、ばぁちゃんは足早に来た道を戻っていった。
背中を向けたまま、振り返ることはなかった。
二人はしばらく、その場に立ち尽くした。

「……あかりちゃん」友ちゃんが小さく呟く。「やっぱり、何かあるんだわ。さっきのばぁちゃん、様子が変だったよ。ねぇ、今日はもうやめとかん? うち、怖くなってきたわ……」

友ちゃんが早く帰ろうと言わんばかりにあかりの制服の袖を引っ張った。その時、山からカラスの鳴き声がし、風がざっと木々を揺らす。ざわざわ……っと山が鳴いた気がした。ヒグラシも、鈴虫も、何も鳴かない。ただ、重苦しい風の音と、カラスの鳴き声だけが深々と聞こえていた。

二人は足早にその場を後にし、しばらくしてそれぞれの帰路に着いた。あかりは振り返らなかった。でも、まだあの場所を気にしていた。

夜も更け、誰もが寝静まった深夜。鈴虫が静かに鳴いている。山の中は深淵の闇となって、来るものを拒む。
そんな場所に懐中電灯を持ってやってきたのはあかりだった。とんでもなく深い闇の中、少しの後悔をしながらやってきた。
期待などしてなかった、友ちゃんの嘘つき、で笑い話にしようと思ったのだ。でも、目を疑う光景がそこにあった。
点々と灯が灯っているのだ。

「なんで……。夕方には無かったのに……」

恐る恐る、その灯に近づく。よくよく見ると、それは電気の明かりではない。どこか蜃気楼のようにぼんやりと、そして上から吊るさているかの様に時折揺らめいた。しかし風で揺れているわけではなさそうだった。山の木々が風でなびいても揺れないし、逆に風がないのに揺れていたからだ。

「これ、狐火ってやつ……? 友ちゃん、疑ってごめんだわ……でもこれ…一体なんのために灯っとるんだろ」

畦道沿いに、点々と灯っている火は、そのまま山の中へ消えている。その先に道はない。

「ちょ、ちょっと行ってみるか……」

自分でもどうかしてると、あかりは思った。これは何かしらの怪異である。これ以上はまずい。津森のばぁちゃんが言ってた。余計なことはせん方がいい、と。
でも何故か足がそっちへ向いてしまうのだった。

あかりはどれだけ歩いたのか。
延々と続く火を追って歩いて、もう何時間も経った気がする。

「おかしい……。最初に見た時、こんなに火が多かったようには見えんかったけど……。なんか、どこまで歩いても同じ景色にも見える。というか、火はさっき山の中へ消えてたのに、いつまでも道を歩いてるわ」

近づく前は、行儀よく並んだ火の列は、道沿いに山の中へ入り、そこで終わっていたはずだった。しかし、今は延々と道を歩いているのだ。
あかりの心に焦燥感が湧いてくる。心臓が高鳴り、冷や汗が流れる。しまった、完全に化かされた。本当に狐火だったのだろうか。
それが正解だったからどうかなどどうでも良いことだった。実際に化かされ、延々と歩かされ、帰れなくなってしまった。あかりは立ち止まり、荒くなった呼吸と鼓動を落ち着かせる。

「いけん、完全に化かされとる……。どげしよう。このまま歩いとっても終わりが見える感じもないし……。畦道を歩き続けても同じだわ。だったら………」

あかりの横には雑木林が広がっている。手に持つ懐中電灯の小さな灯では、その深淵は見えない。打開策を見出すために、あかりは勇気を持って一歩を踏み込む。
踏み込んだ瞬間、そこは別世界だった。木の枝を踏み、枯葉をなじり、妙に音が大きく聞こえる。しばらく草木をかき分けて後ろを振り向くと、木々の隙間から遠くに火が見える。これなら、出る方向は間違えまい。
再び足を進めるあかりは、木々をわけて進むが、足取りは重い。火も遠く見えるようになり、これ以上は危ないなと思った矢先だった。

「なんかある……。なんだろう」

そこにあったのは角の取れた丸みのある、高さ30cm程の石。所々に苔が生え、足元には何かしら鋭利なもので付けたような細長い傷がいくつかあった。少し首を傾げた様に、斜めに土へ載せられているような不安定な立ち方。どうやら自然の石ではなさそうだった。どちらかと言うと、意図的に作られた石碑に見える。

「石碑、かな。これが神様かどうか分からんけど、もう神頼みしかないわ……。でも、どうしよう。私、何も持ってないわ。でも、お願いするしかない」

あかりは石碑の前に膝をついて目を閉じ、頭を下げ、手を合わせた。

「神様仏様……。ばぁちゃんの言うこと聞かずにここまで入ってしまいました。お願いします。家に返してください。二度と近づいたりせんけん、お願いします……」

あかりはどれくらい目を閉じていたのか。ふと体が軽くなったような気がして、その途端、爽やかな風が頬を流れた。

「あれ?」

目を開けるとそこは田んぼへ向かう分かれ道だった。あかりはその分かれ道のところで膝をついてぽつんといた。

「どげんなっとるん……。帰してくれたってことだらか……」

腕時計を見ると、時間的には30分ほどしか経過していない。ぽっかりと空には月が浮かびまだ、夜のままだった。

その後、あかりは家に帰り、泥のように眠った。

次の日の放課後、あかりは再び田んぼの灯があった道へやってきた。やはり昼間は見えないようだ。

「こりゃ、あかり」
「わぁ! ばぁちゃん! いつも後ろから話しかけんでよ、心臓が止まってしまうがね! なんでいつも気配がないんよ……」
「そんなことより、昨日あれほど言ったに、懲りずにまた来たんか。おばばの言うことは聞いといたがえぇでな」
「……それなんだけどさ。ばぁちゃん怒るかもしれんけど、昨日の夜中来てみたんだわ」
「……」
「そげしたらね、確かに火が灯ってたんだわ。それを辿って山の方へ進んだら、出れんくなって……」
「どげやって出た?」
「怖かったけど、道を逸れて山ん中入ったんよ。そげしたら、小さい石碑を見つけてね。それに一生懸命お願いした。『なんとか帰してください』って」
「……そげか」
「ばぁちゃん、何か知ってる?」
「……えんや、わしゃなんも知らん。あかり、もうここへ近づくだない。よぅ分かっただらが。今回は運が良かった、そう思わんといけんで」
「うん、そうする」

そう言うとばぁちゃんは、帰って行った。
しかしあかりはまだここに用があった。昨日の石碑を見つけて、お礼をしなければならないと思ったからだ。
ばぁちゃんが見えなくなってから、あかりはこそこそと山の中に入った。迷うかな、と思っていたが、石碑はなんのこともなく見つかった。山の中に入ってわずか数メートルのところにあったのだ。

「これだ、間違いないわ。昨日は結構深くまで歩いたけど……」

カバンから甘い菓子を取り出し、そこへ添えた。

「昨日は帰してくれてありがとう」

そう言うとざわざわと木々が揺れた気がした。

──時代は過ぎ、この村の田んぼは減った。そして山は切り開かれ人の住む面積は増えた。村は街になった。
でも時々、この街のとある道では、今でも狐火が見えると言う。
 

© 2026 村星春海 ( 2026年9月4日公開 )

作品集『奇妙奇譚』第2話 (全4話)

読み終えたらレビューしてください

みんなの評価

0.0点(0件の評価)

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

  0
  0
  0
  0
  0
ログインするとレビュー感想をつけられるようになります。 ログインする

著者

「田んぼの灯」をリストに追加

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 あなたのアンソロジーとして共有したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

"田んぼの灯"へのコメント 0件

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る