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猿の天麩羅 1

猿の天麩羅(第1話)

尼子猩庵

 不条理な大幸運に飄々と忍従する中学生少年少女たちのロードムービー。

 異世界にして過去世。未来にして神話時代。下劣にして荘厳。地獄にしてユートピア。

 図書館にはなく、本棚にはある。人生で二度捨てる。

※第13回ハヤカワSFコンテスト二次選考落選。

タグ: #SF #シュルレアリスム #ナンセンス #ファンタジー #旅

小説

10,987文字

 

 

 

一時間目の終わりごろ、知明ともあきは校内放送で担任に呼ばれて、職員室へ向かった。

途中の廊下では、授業に参加していない生徒たちと、あるいは敵意をむき出しにして肩をぶつけ合い、あるいは笑顔を浮かべてねんごろに握手を交わし、歩いて行った。

ノックして入り、担任の前に立った。担当教科であったけれども授業に来なかった担任は、飲み口の所が茶渋に汚れたマグカップで油の浮いたコーヒーを飲んでいた。

担任の前には一人の、背の高い青年が立っていた。知明はその青年を知っていた。以前近所に住んでいた。白谷啓弥けいやという名前だった。

知明と白谷啓弥は、お互いの乳母が学生時分に同窓だったという間柄から、学年は四つ違ったけれども幼少期より昵懇だった。そういう事情をどこかから聞き知って担任は自分を呼んだのだなと知明は思った。

「御足労かけたね学級長」と担任が言った。「クラスのほうはつつがなく?」

「ええ。つつがなく」

「結構。ボイコットたちの当てつけ登校や、ヒト牧場も?」

「万事つつがなく」

「結構々々! ところでね、」

白谷啓弥を指し示し、

「こちらの青年は白谷啓弥君といって、我が太刀坑たちあな中学校への編入生だ。大瓦斯天おおがすてん大学で学んでおられた秀才だけれど、なんでもあまりに難解な定理を発見したもので、ものすごく飛び級なされて、こうなったとかいうことだ。君のクラスに入ってもらうことになったから、よろしく頼む」

「わかりました」

知明は白谷啓弥を見つめた。担任は二人の間柄を知っていたわけではなく、知明にはただ学級長として頼んだのに過ぎないらしかった。

「それでは行きましょうか」

白谷啓弥はうなずいてあとに従い、二人は職員室を出た。

教室に戻る道々は、謎の存在な白谷啓弥のために肩のぶつけ合いがなく、握手を数回交わしただけだった。握手の際、朋友たちは白谷啓弥について軽く質問し、知明が答えて、了解すると、白谷啓弥にも握手の手を差し出した。白谷啓弥は愛想よく応じた。

教室の前に傷だらけな机が一つ出され、瓢藤と小橋がカード賭博をしていた。この二人が歌っている流行歌がちょうど終わりのところだったので、知明は最後のところだけ加わり、

〽それがァ……宇宙のォ……分母ォ…………とビブラートをきかせて長くのばして、歌い終わると瓢藤が知明の腰をばんばん叩いた。腕を上げた拍子に瓢藤の体臭がにおうのを、小橋が窓のほうへ手で扇ぎつつ、

「それは誰だい」と聞くから知明は瓢藤と小橋をとりあえず教室に入れた。

教卓に並んで立って、知明が白谷啓弥を紹介した。白谷啓弥がクラスで三番目に大きかった。それなので二番目に大きな賀谷がやが決闘を申し込んだ。一番大きな生徒は入学式以来一度も登校していなかったが、式の時から縮んでさえいなければ今も一番大きいはずである。しかしこの時期、とくに大きな生徒が縮むことはよくあった。

決闘は賀谷の圧勝で終わった。それから白谷啓弥は取り囲まれて質問攻めにあった。賀谷も大いに質問した。

 

二時間目・保健体育の授業に、賠償宇宙人(別号贖罪未来人乃至堕先祖)の少女が一人連れて来られた。保体の先生が彼女の年齢と発見地を説明すると、瓢藤が挙手して経路を聞いた。

先生が答えるのにいわく、中央の教育委員会から送り出されて太刀坑中学へ来るまで、三校通り過ぎたまでだということだった。これに対して瓢藤は「ひでえ中古だ」という意味の隠語をつぶやいたけれど、隠語の響きがきらきらしていたのでお咎めなしだった。

賠償宇宙人の少女は、こちらでいうところの、少し年上くらいな勘定だということだったけれども、それにしては大人びた体つきをしていた。透けて見えるほど真っ白で、信じられないような美貌で、一切を見透かしているような表情は謎めいていて神々しかった。

このクラス三年・肩組は、男子生徒十八人、女子生徒十九人だった。まず男子生徒たちが順繰りに、賠償宇宙人の少女で保健体育をした。そののち女子生徒たちが順繰りに、あるいは複数で、あるいは器具を使って保健体育をした。

白谷啓弥が保健体育をする際には、クラスの全員が集まって、白谷啓弥の、いわゆる白谷啓弥をつぶさに観察し、全員が称賛した。

保体の授業は意想外に長引いて、翌々日まで続いた。合計十回、とりわけ消耗の激しい男子生徒の食事を調達する必要が生じて、知明はいく人かの朋友たちと買い出しに行ったり、家族が食物を提供してくれるお宅へうかがったりして回った。

白谷啓弥も同行し、幼少時代の思い出話に花を咲かせて、二人は昔のように打ち解けた。

延長授業二日目の深夜、教室のテレビで地方長の演説が流れた。そのあいだはみんな居住まいを正してブラウン管に注目していたけれど、小橋だけは教材(賠償宇宙人の少女)を隅に持って行って、保健体育し続けた。小橋はこっそりポケットから妙なる粉末を取り出すと、教材へ丹念に塗り込んで、ゆっくりと保健体育した。粉末のために教材は一気に脱水症状を呈したけれど、小橋は自分が飲ませるものしか飲ませなかった。

他の生徒たちと先生は放送に括目していた。演説にいわく、我が地方の開発・生産する秀でた***が外部へばかり流出し、我が地方に行き渡らないことの原因は、誰かが暴利を貪っているのではなく、我が地方民における***の使用技術の劣等性に起因するのである。云々。そうして***使用技術の鍛錬不足がくり返し強調されて放送は終わった。

このたび映った地方長は誰も見たことがなかったし、その後に始まった地方主の演説では一切の***の鍛錬を自粛するよう呼びかけられ、続く地方頭の演説では鍛錬もクソも***なぞどこにもない現状がしみじみと嘆かれた。

その時、「じっさい***ってほんとにあんの?」とつぶやいた一人の男子生徒は、先生にどこかへ連れて行かれて、二度と帰って来なかった。

小橋による教材の独占に気づいた男子生徒たちが小橋に対する厳正な処罰を要求したけれど、粉末の使用を察した一部の女子生徒たちの熱烈なとりなしにより、小橋は処罰を免れた。

© 2025 尼子猩庵 ( 2025年7月3日公開

作品集『猿の天麩羅』第1話 (全13話)

猿の天麩羅

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