星の透析

尼子猩庵

6,315文字

十五年ほど前アンドレ・ブルトンに凝っていた時分に書いたものが古いUSBメモリーから出てきました。いくら読み返しても覚えておりませんでした。

 

 

 

 

テフロン加工の肺の咳

彗星の尾が六面の部屋を舌で噛む

陰茎のシケモクを拾う老女は貴婦人に生まれ変わり

あぶくは小石のようにコトリコトリと天に落ちる

 

幼児に履かせるハイヒールよろしく

スピーカーのほとりに道路を敷いて

手をつなぐ足を鈴のように鳴らし

視線の合った演説をぶて

 

汽車は飛行機をカーブで追い抜き

飛行機は煙にもぐり込んで

豆電球を振りまくだろう

鼻をかむ象が風下に溜まっていく

 

裏返しのさざ波に座り

時計の針はとろとろとまどろむ

羽の生えた虹はあいさつのように蛙を集め

数字のクイーンがペチコートを脱ぐ

 

 

 

 

雲によじ登る股関節は遠からず

涙を穿くにちがいないのだ

唇よあなたはあまりにも

舌の演奏を独り占めにし過ぎる……

 

嗚呼がohをてごめにして

引っかかっている全てのものをそっと拭いた

梢の隙間という隙間から顔をのぞかせるのは

顔という顔から梢をのぞかせる隙間じゃないからって……

 

世界の顎が果てしなく下がって行くのに先回りして

細胞の煙突から立ち昇るのは

大気に溶け行く336699式の円周率

大地の小指は宝くじ売り場で肥え太って行く

 

乙女の手のひらの風が笛に加えられるのはつらい

夕暮れの浴衣からのぞき見える腋ほど

手すりにつかまらねばならぬわけではないけれど

新しい栞は古本を前にコンドームのない挿入を拒む

 

 

 

 

額縁が電気的な不快感にばらけて

楕円の鋭角をまねき終えたら

恒星が咳払いをしてくれるだろうか

欄干にそびえる河口もまた?……

 

トラッキングの悪い海原が

魚を跳ねさせては懺悔で遊び

無意義の果実は風に次々落とされて

虫が群がりむさぼり食べて下痢に死ぬ

 

トイレに駆け込む聖母から

妙なる水色は初めて生まれ

模様の手によって編まれる正午には

門外漢からの無意義な助言で全てが治る

 

嗚呼いやだいやだ

このいやだは自ら存在し、それ自体で存在するいやだ

なにに触発を受けるでもなく

なにに感染したのでもないのだ……

 

 

 

 

闘病癌のスマートぶりは

この世と浮力との接着面を輝かせた

善人と苦労人の人口が過密になり

健康な家族は目から川を流した

 

難問を難問のまま置いておけない譜面は

たらい回しにされながら自由に飛び回り

自覚症状の奏でる鐘に耳を塞いで

誰かの耳を開かせた

 

正しいのに通過できない探知機は

鬼にかどわかされた過去を持ち

拡張された最高齢の粘膜トンネルを

親に謝る義務を負う

 

カタカナで書かれる電話番号は

不眠症の不整脈を鞭打ってタクシーに乗せ

救急指定の天体に運び込み

あとは知らん顔である

 

 

 

 

筒状銀河から降りそそぐのは

階下にひびく童子の足音

父性愛のくるぶしを追いかけている父親は

巻頭で殺され、巻末で縄跳びをする

 

釣り堀から飛び上がるミサイルの蛇

天の濡れ髪を滑り降りて来るたくさんの陰部

後日談の台風がなにもかもを洗い尽くし

鰻の巣からは膀胱炎の摩擦が煙を立てている

 

地獄を締め出されたノイローゼの列

太陽のスイッチを押しても紐を引いてもなにも変わらぬのに

どうして時間はシマウマに従う

医師を檀家に持つ僧侶は葬儀屋に産婆を投げた

 

盲腸のシャンデリアが祭りで燃やされ

廊下はくるくる巻かれる

バケツが唇をゆがめて雨漏りを拒否し

空は昨夜の情事の無理がたたっている

 

 

 

 

早口なカバネズミが世界を説明した

あくび涙が運河に先立つ

全てのネジ穴に旗を立てた国が空の鏡面に果てしなく映る

Intermissionが便所から帰って来ない

 

書物の屋根から煙突が伸び

煉瓦は車を轢き続けている

船が陸を切りながら進んでいた

蓄膿症の雪山は雪崩も出ない

 

細胞の亀が銀河をかじり

極めて達筆な鳥肌が立つ

新たなキーワードは玉結びに留まり

時間の指はページをめくらなくなった

 

完成した電話が自問自答で話し出し

インストラクターは誰彼かまわず教わり出した

ピリオドではない最後のまるが

爪を切るから朝陽は昇った

 

 

 

 

滑り込んだ滑り出しにいわく

壁紙はみかんを剥いていたそうだ

果実は外からやって来て

口の中に花火を上げたのだそうだ

 

途中で消える長い靴下のほころびに

住み始めたのはアルマジロのけん玉

四角いタイヤが家に上がり込み

恨みつらみを鍋で煮ていた

 

大地の爪先に寝そべるなかれ

サインはハンコに成るまで王手飛車取りを続け

香車に取られて桂馬になった

開始の合図は翌朝に初めて戻って来る

 

太古の楽器にゆるむ弦へまとわりつく歌詞は

引力の落ちぞこないだ

男たちの女心の衝突は

魚の羽根ほど蟹の尻尾だ

 

 

 

 

アルファベットと数字の嘘は

嘘そのものになる

順番抜かしの句読点には

逆さに読んでやれば説得も叶おう

 

スプリンクラーのケーキに火を灯せ

なにかの先端が水道工事の音を引っ張り

伸びきったゴムのようにバーコードを彫って

漢字の丸みをなでるだろう

 

死人少女の三つ編みよ

誰かが私は悲しいよ

どこかがここに見捨てられ

いつかがずっと芝を刈っているよ

 

内部からブレンドし終えた諸々の最後がめくれ上がり

振り出しは頸椎をちぢめ続けた

丸みを失った楕円は

フックというフックに自分をかけた

 

 

 

 

背表紙から這い出した地球は

巻末のごたごたを栞で埋め尽くし

味覚が舌をゆらし、鼻をくんくん鳴らすのを

入れ歯による不評ということにした

 

膀胱のキャッチボールは

噴火口のグローブに向かって旅をはじめ

行く先々に出会う人々と八角形を

円になるまで引き伸ばそうとして失敗に終わった

 

始まりのホイッスルがブラックホールの中から消えず

飲みすぎの花火は空でしくじる

同級生の裸を見尽くしたあとには

耳から生える花に水のやりようもなく……

 

大理石の象のクリームがオイルにされて

最も丸い円は香りを隠される

安眠がところかまわず鼻提灯で空を描き

足の裏がソースにソースを塗る

 

 

10

 

 

乙女の影が陽射しから逃亡し

怒った陽射しは鏡を解雇した

ブレーキたちが集まって事故現場に花をそなえる

人々は一人の巨人になって孤独をまき散らす

 

肘が曲がらなくなった枝は

大木を暖炉にくべる童子に頭を下げる

アンテナは聞くことをやめて

ハイエナは這うことをやめた

 

姑を追い出すメイドは

つっかけを履いた天の爪先を洗い

大地の爪が湾曲する時

星の肺癌は火山を切除する

 

大木の幹が筆に跳ねられ

フォークはスプーンをすくって箸に突き刺される

味噌汁は底にシーラカンスを温め

釣り糸は肺をしぼめて沈む

 

 

11

 

 

小箱に座る鍵穴は恋人を待ちくたびれ

不潔な穴から天体がむりむり生まれる

そうであらねばならないことが自殺して

句読点は三次元に生える

 

女の男根が自らを貫き

壁は弾痕だらけになって初めて垂直を自覚する

自由なリボンが果てしなく絡まり

結ばれなかったアルバムに悲しい色を塗る

 

内側の丸みに隠れて私はようやく安堵した

外をこれまでの駝鳥が駆け去って行くがまんまと気づかれぬ

魂の割れ目にはさむコラーゲンが必要だから

圧力鍋でも釣り上げたいが出来ない相談

 

星を見ている星は

女神の鼻に嗅がれて汗ばんでいた

こけら落としの幻覚が

二度寝の夢で寝小便をした

 

 

12

 

 

直角の外周を走っていた時

モグラは砂利より多かった

煙草の煙はぽたぽた落ちて

蝋のような花を地下に重ねた

 

恋心を後ろ手に持った少女が

渡り廊下で隕石を要求している

大気の摩擦が炎も燃やし

校舎は一輪の薔薇になった

 

銀河を溶かして天の川を描いて水槽に飼おうよ

餌やりと水替えは欠かさないからさ

そうしたら自転車をあきらめるし

運転免許証でお菓子の家を作るから

 

訪ねて来るのは後頭部だけ

しかし扉を開けると清々しい風が入る

背後の窓を開けておいたら

歴史の埃が舞い回る舞い回る

 

 

13

 

 

灯台に刺さった難破船は

人には笑いに見えるだろう

キャンディの棒についた歯形みたいな砂糖から

蒸発するのは舌ばかりだ

 

セロハンテープの指紋を寄越せ

海の搾りかすの塩で

星の塩漬けを作るから

景色が白目に貼りついて仕様がないから

 

痙攣のため筋肉が勝手にへっこむように

死人の列を乱すのは誰

眠れない子どもの寝返りのように

ツユクサを揺らすのは何

 

砂漠に暮らすトカゲたちのぎざぎざ

峰々の尾根々々

空をすっ飛んで行くコリドラス

昼の鼻は詰まったままで夜にならない

 

 

14

 

 

海の天ぷらを食ったか

塩で食うとイケるぞ

女の濁点ばかりを集めていたら

また食いたくなった

 

本のげっぷからルビがこぼれる

朝陽が空腹か満腹か賭けようじゃないか

川の三味線を奏でる魚のバチ

竜巻を蹴ったら足が涼しかった

 

ウミウシのたどたどしいガイドを断るのは酷だ

自転車で横切るものが自転車で横切っていく

言い足りない苔はしかし聞いてもらいたくはなかったのだ

寝不足のカンテラが朝陽を吹き消す

 

孤独を運ぶ象よ

生活はそれ自体が善であり

生活はそんな善を持たぬのです

牙を引っ込めて川へ戻るのならそれも。

 

 

 

15

 

 

額縁の五角目が下痢を誘発する

腹痛を省くなら鉢植えにさえされようか

女学生が舐める女学生の唇を知っていますか

その舌を知っていますか

 

心臓が粘土になって止まる頃

ひび割れる時を待つ少年たちは耳年増の馬鹿な群衆だ

ベンチに蚊が集まって

映画の始まるのを待つみたいに……

 

カーテンのように草原が広がっている

春には立派な樅ノ木が生える

夏には寺院が出来て秋には崩れ

なにもなくなった冬はまた樅ノ木の生える春を待つ

 

私の世界を彼女に注入したけれど

彼女は元からの自分のものにしてしまった

注入された私は彼女の中で

徐々に自分を創り始めた

 

 

16

 

 

タニシがタニサズを食ってタニシタになる頃

田んぼの稲は一本々々が森だった

風は自分自身にしか吹かなくなり

ちがうものがまたこれに吹いていた

 

海の向こうがここから旅立ち

山裾で泉になりそうである

あぶくはいつも銀河に向かい

銀河から全力で離れていた

 

眠い灰皿が煙草を振り落とし

時計は反時計回りに走った

ウツボと伊勢海老は離縁して

裁判官の蛸は八つの木槌を新しいリズムで叩いた

 

ペチコートのチコーがペとトに挟まれて

煙を見る人間は不明の郷愁に駆られていた

菜箸の炒め物は油の跳ねを無心に数え

花嫁衣裳を炊飯器に詰めていた

 

 

17

 

 

玄米は果てしなく注文され

白米になるまで研がれる未来を夢見て起きた

老人たちが一斉に去り

福祉はなにも知らずに歯を磨いていた

 

クエスチョンの隙間に入り込むエクスクラメーションの点

入れ歯は全ての流しそうめん

ウイスキーに浮かべる南極大陸

水位は海を手中に握る

 

内外の危機から御守り下さい

承知致しました

それではおんみおたいせつに

とんでもないことで御座います

 

亀が空になった時の雲には住み得る

チューインガムが虚空に噛まれ

靴の裏には昔日がくっついていた

あのは夕日よりも向こうへ行っちまった

 

 

18

 

 

口笛を五つの母音にしたら

子音は息継ぎとクレームに他ならぬ

里帰りするエラはなにをパクパクしよるか

老人の尻尾はかつてなくつやつやしていた

 

全ての列車がサナギになる頃

我々は切符で線路の繭を切り裂こう

音階は踏み外されては口角をやわらげ

地下へと果てしなく続き始めた

 

我らの入門はまったきひだひだの内側の優しさに染み

疎外感の反発力に押し戻される

そうして金輪際の不快を御免被り

今ここの恍惚に恥も外聞も腐ったスイカの破裂

 

釣り糸の指先に我が指を絡ませ

神の粘液を探るのも冷え切った努力だ

陰に駆け込む傘のごとく

なにもかも間欠泉のように嫌になっちまった

 

 

19

 

 

爪という爪が反り上がる大地から

新芽は弾丸のように八方へ散る

帰国船の彗星は喘息を患い

背後に咳をたなびかせた

 

緞帳が上がれば毎度変わらぬビッグバン

役者は無始無終を張り倒し

観客は不在よりも居ない

外の警官は来世の踏み込みを既に待ち始めていた

 

空のディスプレイに染みが現れて千年

染みは広がりの気配ばかり残して不変

バイオリンの絃で相も変わらず布団を叩き

重大事は何事か思い出せない時にのみ思い出されている

 

バニラビーンズを乳頭に埋め込む最後の美容手術

渦巻の飴は棒から解脱する

閃かれなかった閃きが泉に集落をつくり

理屈はこれを見過ごす

 

 

20

 

 

反対の丸が遂に描かれず

スプリンクラーから天井が降る

股を開いた上半身は眠る

飛び起きながら熟睡を深める

 

終わりに際して煙草は未練の香を高め

肺はくたびれ唇は焦げつく

指は将来の黄ばみを予感して

爪ばかり長く伸ばしていた

 

髪が生えそろう前に白髪が増えてゆく

夜明けは球体になって沈んで行った

本の廃墟から黴も虫も寒さも抜けた

ビールがこぼれたように宇宙が拭かれた

 

当たりくじがよちよちと角を曲がって行く

いつもの頂上に世界のコップがうつぶせに置かれた

全てのリモコンが自ら歩き始める

我が全体の時刻はあけぼの

 

 

21

 

 

妙なる掃除機は選りすぐって吸う

電柱という電柱にピンク色なタニシの卵

気分の範囲は立体化した

空間のスピードがあさましいほど高まって急に止まる

 

全ての帰り支度を急がせ

最果ての子孫が中央の乳を飲んでいる

裏返しの鳥居がやっぱり赤く塗られ

三千円札は一度もおのれを鑑みなかった

 

空のえりあしが長く伸び

細胞膜に乾電池をはめ込む

歴史をポストに投函し

乳児の唾液をレンズにして撮る

 

空の耳鳴り風の鼻づまり

突き指をした置物が去る

服役中のバイブルがおのれを読みふけり

質量は保存されるのをやめた

 

 

22

 

 

喉が水平に乾いて対角線を飲みに出かける

恒星の胎盤がよく道に落ちている日だ

厚みの採光は瞳孔を刻む

雀のろうそくが虚空の深海へ骨のように沈んだ

 

左心房の引き出しからぞろぞろ出て来たビーズが夜空に散らばる

天使のへその緒を切った天使は遂に産声をあげた

冒涜の顎は髭を剃り続ける

ハサミが切れていく果てに何の反射もなく

 

桜並木を赤色になるまで凝縮すると散るわ散るわ

Intermissionはまだ帰らない

子どもはなにもわからぬまま地球のサプリメントを飲み

長引いた詩は一節足らずで突然終わった

 

 

 

 

 

2025年5月10日公開

© 2025 尼子猩庵

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