私を着る

REFLECTION(第3話)

加藤那奈

小説

20,382文字

制服を着る/私を着る
制服を脱ぐ/私を脱ぐ
誰かが誰かに恋をしている。
(2025年)

I

 

朝、身支度をして鏡の前に立つ。

姿見の彼女をきっと睨み付けると、ほんの一瞬たじろぎ、きっと睨み返す。ネクタイをきゅっと締めると、鏡の彼女は顔を顰める。
私はこうして彼女になってゆく。

私はいつも「私」という気がしない。自分のことが他人のようで、白々しい。

こんなふうに話すと、たいていの友達がネガティブにとらえ、大丈夫だよ、とか、考え過ぎだよ、とか。私は、ただ私の感じていることを呟いただけなのに。悩んでいるわけでも不安なわけでもない。最初から、つまり物心ついた時からそういうものだと思っていたし、今も思っているし、きっとこれからもそうなのだろう。呼吸と同じくらいに自然で当たり前のことなのだ。ただ、歳を重ねて、友達と話していて、友達と遊んでいて、友達と一緒にいて、自分の自分自身に対する感覚が、他のみんなと少しズレてるみたいだと感じはした。

自分とみんなが違うと、自分がおかしいんじゃないか、ヘンなのじゃないかと不安に思う子が多いみたいだ。幸いなことに、あるいは残念なことに、私はそれをどうとも思わなかった。思えなかった。そんなことでどうして悩むのか理解できない。それは、きっと私がいつも「私」ではなく、彼女、だからだ。ただ、この距離感を説明するのは難しい。言葉にするには、それを意識しなければいけない。だが、無意識は意識した途端に変質してしまう。それを言葉にした途端に別物が描かれる。それを誰かに伝えたところで誤解が大きくなるだけだ。みんなだって本当は私と同じなのかもしれない。ただ、気が付いていないだけなのかもしれない。そんなことも思ってみたことはあるけれど、よくよく考えてみれば確かめる術もなく、説明しようとか確かめようなどという試み自体にどれほどの意味があるのかよくわからない。

試みたことがないわけではない。私って、こうなの。あなたは、どうなの? 知らせたい、知りたい。友達からはヘンな子と笑われ、大人からは変わった子と心配された。私は、そのたび、混乱していた。だから、諦めたのか、悟ったのか。きっと上手く伝えたところで何が変わるわけでもないのなら、こだわる必要もない。ヘンな子、変わった子なら、それに甘んじていればいい。それでも気を許せる友達には、今でもちょっとした実験をしてみることはある。自分のことが他人のように白々しい……こんな台詞は、誰の前でも呟くわけではない。

とりあえず、私の日常は、彼女の日常はつつがなく過ぎてゆく。

おはよう。今日も一日よろしくね。

心のたいして籠もっていない私の朝の挨拶に、彼女は生ぬるい瞳で応える。その鈍い光に私は溶けてゆくようだ。それじゃあ、行ってきますと玄関を出る。その声は彼女の意志なのか、それとも私のなのか、ときどきよくわからなくなる。

2025年1月27日公開

作品集『REFLECTION』第3話 (全6話)

© 2025 加藤那奈

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