VIII
夜に一昔前の高感度のフィルムを使って超望遠レンズで撮影したかのような画質の悪いピンぼけ写真のシルエットは、ただぼんやりしていて、なんとなく人に見えるというにすぎない。実際にあった光景をとったのか、意図的に加増処理して適当に作ったものなのかは解析すればわかるかも知れないが、本物だとか偽物だとかは全く重要ではない。影に隠れた虚構に光を当てた。それだけが出来事だ。
最初の写真はコメントなし。ここで終わってもおかしくなかった。だが、幾つかシェアされた時、“深夜、高層ビルの屋上に立つ少女がいる”と十年余り前に投げられたキャプションが加わった時、アルケミーが起こる。
確かに言われてみれば、夜風に膨らむスカートの女性に見えなくもない。だが、その姿をより鮮明に見透かすためには、大熊座に熊の姿を見つけるくらい、想像力を豊に、かつ、思い込みを強くしなければならない。
だが、国境を超えて世界を丸ごと包み込むネットワークは、妄想と、それを信じる力を兼ね備えた輩を幾人も幾人もいとも簡単に見つけ出し、彼らの想像と創造を刺激する。
まずは視覚だ。
ピンぼけのシルエットをなぞったイラストレーションがいくつも描かれる。
アメリカンコミック風だったり、日本のアニメキャラ風であったり、リアルな3DCGだったり。しかし、絵空事はそれ以上に発展しない。生々しくても敬遠される。虚構と現実、非在と存在の狭間でフィクションとノンフィクションの境界にグラデーションをかけるキャラクターが求められる。多くの勝手な妄想が、だんだん紡がれてゆく。誰が決定するわけでもなく、投票の如く細部が取捨選択されて、次第に少女の容姿にリテラシーが与えられてゆく。
髪は暗い夜に溶け込んでしまいそうなほど黒く、夜風に靡く長いストレート。ただし、ときおりポニーテールやツインテール、三つ編みにしていることもある。
肌は夜空とキレイにコントラストを描く白で、その顔つきはコーカソイドとモンゴロイドの中間だ。童顔で一見すればミドルティーンだが、実際にはハイティーンもしくはそれ以上。実年齢に意味はない。子供でもなく大人でもない見かけが必須なのだ。
背丈は5フィートから5フィート半で、体つきは華奢で、それが少女らしい未成熟な印象を醸し出す。たぶん、胸は薄く手足は長いが、それをカムフラージュするようなフリルやレースやリボンがたっぷり装飾されたドレスを着ている。そして黒を基調としたそのドレスは、夜の迷彩としても機能している。いわゆるゴシック・ロリータと呼ばれるたぐいの衣装は、そのまま彼女の趣味嗜好の憶測を呼ぶ。
ピンぼけ写真の影は、器用に掬い取られて曖昧な部分を残しながら(なぜなら、我々は彼女を遠くから見ることしか出来ない)、その姿形を浮き彫りにし、GSK(Girl on a SKyscraper)と呼ばれることになる(本当の名前は本人に尋ねろよ)。
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