新本格ミステリの集大成であるならば……

名探偵破滅派『硝子の塔の殺人』応募作品

諏訪靖彦

エセー

2,163文字

2021年10月名探偵破滅派参加作。お題は『硝子の塔の殺人』

 

老田真三及び巴円香を殺したのは碧月夜。

殺害動機は連続密室殺人事件を解決することによって名声を得たかったからであり、すべての殺人を遊馬に擦り付けることが出来るとが考えたからである。

 

時系列に事件を追っていく。

 

第一の殺人

倒叙形式で描かれた神津島太郎殺害については異論を挟む余地はない。一条遊馬が神津島に毒を飲ませたあと硝子館(硝子の塔との違いは後述)のゲストが揃って壱の部屋を開けるまでの間に神津島は絶命した。

遊馬が自分の部屋に戻りゲスト一同が壱の部屋の前に集まったあと、遊馬が最後列に付いたことを名探偵である月夜が見逃すとは考えにくく、この時点で月夜は遊馬が神津島を殺したことに気付いたはずだ。神津島を殺害した犯人が遊馬だと知った月夜は遊馬を利用して連続密室殺人を思いつく。

 

第二の殺人

老田真三は朝六時過ぎにダイニング入ったあと、部屋の中に潜んでいた月夜によって殺された。月夜は老田を殺したあと閂に氷(氷柱)を挟みテーブルクロスに火をつけ遊馬の部屋に向かった。やがてスプリンクラーが作動、氷が溶け出し閂が閉まる。古典的なトリックだが月夜が他の可能性について講釈を垂れたため遊馬や他のゲストが気付くことが出来なかった。これは他の事柄にも言える。月夜が主導したために見過ごされている事象が散見される。

 

第三の殺人

伍の部屋は陸の部屋の一つ上の階にある。巻頭の「硝子の塔立体図」では両部屋は縦に重なり合っていないため、伍の部屋から陸の部屋に侵入することは出来ないように見えるが、硝子館が回転すると考えたらどうだろうか。一日目にダイニングルームが設計ミスによって朝日が差し込んで危険だと巴円香は述べているが、設計ミスなどではなく部屋が動くのだ。硝子館は階ごとに動かすことができる。月夜は伍の部屋と陸の部屋が重なり合うように動かし、自室からロープを使い陸の部屋に侵入、円香を殺害したあと伍の部屋に戻り螺旋階段を下りてサブキッチンへ向う。そして蝋燭を使った自動発火装置を仕掛けたあと遊馬の部屋に行った。ここで問題となるのは巴円香殺害時刻だが、納得のいく解決を見いだせなかった。見分を行った加々見と月夜の共犯説も考えたが、それではエレガントな解にならない。よって保留させて頂く。

 

遊馬殺害未遂

肆の部屋上層階の人物だとすると加々見しかいない。しかし私は共犯説を取らない。共犯は本格ミステリにおいて『オリエント急行殺人事件』のような全てをひっくり返す共犯関係を除き、エレガントな解ではないからだ。私はこう考えた。月夜は下層を調べると言って螺旋階段を降りていったが、直ぐに遊馬のあとを付けて螺旋階段を登って行った。遊馬が展望室に入ると展望室の扉のすぐ後ろで待機する。そして遊馬が展望室から出て壱の部屋を通り過ぎるとまた遊馬のあとを付けて階段を降りていった。そう、第三の殺人で硝子館は動くのと述べたが、部屋だけでなく螺旋階段も上下に動くのだ。螺旋階段の反対側は死角になり地下一階から展望室まで一階分回りながら上下することにより月夜と遊馬の位置関係が逆転した。

 

二重殺人

壱の部屋の鍵、もしくはマスターキーを入手出来なければ神津島太郎の二重殺人を成し遂げることは出来ない。私は月夜単独犯を唱えているわけなので、月夜が何らかの方法によって壱の部屋の鍵もしくはマスターキーを入手したのだと考る。月夜はスリについても手練れである記述がある。鍵を入手したタイミングは定かではないが月夜はスリ取った鍵を使い壱の部屋に侵入して二重殺人をやってのけ暗号を残した。残念ながら暗号を解くことは出来なかった。

 

 

と、ここまで推理しながら読みすすめていると最後にメタな「読者への挑戦状」が提示された。そこで私はふと、「これは作中作なのではないか?」と思い始めた。私の推理が正しいのであれば、第一の殺人から第三の殺人、遊馬殺害未遂までどこかで読んだことのあるトリックで構成されている。俺様タイプで個性の強い名探偵碧月夜も麻耶雄嵩の銘探偵メルカトル鮎に比べるとキャラが弱い。既存のトリックや名探偵キャラで果たして新本格ミステリの集大成と呼べるものなのだろうか。プロローグに描かれているように遊馬が月夜にはめられ神津島太郎殺害及び老田真三、巴円香を殺害した咎で展望台に閉じ込められて事件が終わるのであれば、帯に書かれた島田荘司や綾辻行人のコメントに納得がいかない。また、本作のタイトルは『硝子の塔の殺人』であるが作中での舞台は一貫して「硝子館」と記述されている。さらに新本格作家として直ぐには名前が思い浮かばないであろう作中作の名手、折原一が出てくる。またクリスティの『アクロイド殺し』がフェアだと書かれていたりする。であるならば、『硝子館の殺人』は神津島太郎が書いた冴えないミステリ小説なのかもしれない。そんな疑問が頭を擡げた。

 

悩みに悩み抜いた結果、私の推理は以下とする。

 

神津島太郎は自身の書いた小説『硝子館の殺人』を硝子の塔に集まったゲストに読ませ謎解きをさせることにした。最終日で本当の『硝子の塔の殺人』が展開される。

 

以上。

 

 

2021年10月17日公開

© 2021 諏訪靖彦

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