途中で力尽きた探偵

応募作品

諏訪靖彦

エセー

4,637文字

実のところ、私は提出期限に間に合わなかった。

 

久しぶりに私はこのような可読性の低い探偵小説を読んだ。悪い意味ではない。装飾過多な情景描写、感情表現豊かで口数の多い登場人物の言動や仕草、それらの中から――作者がアンフェアにならないように細心の注意を払いながら執筆したと信頼して――事件解決に必要な情報を探りながら小説を読むのは久しぶりだった。私は「名探偵破滅派」で赤っ恥をかいてはならぬと、本書に隠されたヒントを決して見逃さないように、一文一文、一語一句、かみしめるように読んだ。血眼になって情報をかき集めた結果、提出期限に間に合わなかった次第である。

言い訳はこの辺にして、『メインテーマは殺人』の推理を展開していこう。第二十章「役者の人生」を読み終えた段階で、老婦人が殺され、その息子が殺され、弁護士宅が火事になった。また過去に幼い双子が車に轢かれて一人が死に、一人が重度の障害を負い、若い舞台女優が行方不明になった。そして破滅派の名探偵たちが腕を競い合うのにふさわしい多くの謎が残されている。私はそれらを一つ一つを吟味し、この中で最初に取り掛かるべきものは何か考えた。本書のタイトルは『メインテーマは殺人』である。やはり最初の殺人事件、資産家の老婦人ダイアナ・クーパー殺害事件から取り掛かることにしよう。願わくば、そこからすべての謎が氷解しくれるとありがたいのだが。

 

第一の殺人「ダイアナ・クーパー」

 

第十七章「カンタベリー」の中で、元刑事であり警察顧問のダニエル・ホーソーンは、浅はかな推理を披露した主人公、アンソニー・ホイロヴィッツに対してこう言っている。「ダイアナ・クーパーはどんな心境で、葬儀屋に向かったと思うか? そして葬儀屋に着いたとき、まず目に飛び込んできたのは何だった?」「あんたが見せてくれた、お粗末な第一章に書いてある」と。

私は第一章を読んだときに一つの違和感を覚えた。それはなぜダイアナはロバート・コーンウォリスに対して自身の身体を段ボールの棺に納めてほしいと言ったのかである。この不思議な言動に対して全く説明がないまま、第十一章「葬儀」の埋葬シーンを迎える。ここでもまた、ダイアナがやなぎの枝の棺に納められた経緯は語られず、マホガニーの棺では音が外に漏れ出ることはなかった程度の説明にとどめていたため、私は作者が最後まで隠しておきたい事柄だと理解した。

ダイアナ・クーパーが葬儀屋に着いたとき、まず目に飛び込んできたものは葬儀社のパンフレットだった。彼女はパンフレットに載っている棺の価格表の中から、外に音が漏れそうなものを探した。そこに段ボールの棺が載っていたかは不明だが、葬儀社職員アイリーン・ロウズから勧められたやなぎの枝の棺であれば音が外に漏れるだろうと考えそれに決めた。彼女は葬儀のときに自分の棺から十年前に自分の不注意から轢いてしまった双子の幼児が好きだった音楽が棺の中から外に漏れ聞こえる棺をあえて選んでいたのだ。なぜ、そんなことをしたのか、その答えはホーソーンが言った彼女がどんな心境で葬儀屋に向かったのかに関わっていると思われるが、実のところ、現時点では想像を膨らますだけで全体像をまとめきれていない。この謎は一旦端に置いてダイアナ殺害犯について考ることにする。

ダイアナが殺害された当日午前十一時頃、彼女は公共機関を使って葬儀社に向かった。自身の葬儀の手続きを行ったあと、劇場プロデューサーであるレイモンド・クルーンズと高級レストランで昼食をとっている。その後、タクシーを使い自身が理事を務る劇場に向かう。理事会の席で彼女は本日限りで理事を辞任することを伝え理事会が散会となった直後、葬儀社より内容確認の電話を受ける。そして午後六時五分に帰宅した。その三十分後に彼女は何者かによって殺されたわけであるが、犯人が所謂、殺し屋の類を使ったとは考えていない。玄関絨毯に泥の付いた足跡を残すまぬけな殺し屋などいない。ホーソーンの言う通り目が悪く長身でがっちりとした男性の犯行なのだろう。それを踏まえて、ダイアナが殺された犯行時刻に確かなアリバイのない人間――ダイアナ殺害を実行可能な人物――を列挙する。ホーソーンが説明した犯人像に当てはまる人物は〇、当てはまらない人物は△とした。また、探偵役、物語の語り手である探偵助手、証拠の隠蔽が可能な警察官、幼い子供が犯人などといった可能性は排除することにした。

 

△グレース・ラヴェル――父マーティンの実家にいたと証言。

〇マーティン・ラヴェル――娘グレースと一緒に家にいたと証言。

△アンドレア・クルヴァネク――アリバイに関する記述なし。

〇レイモンド・クルーンズーアリバイに関する記述なし。事件当日のダイアナの行動を把握していた。

△バーバラ・コーンウォリス――アリバイに関する記述なし。薬剤師。

〇ロバート・コーンウォリス――アリバイに関する記述なし。眼鏡をかけている。

△ジェレミー・ゴドウィン――一人で出歩ける身体ではないとジュディスが証言。

〇アラン・ゴドウィン――第二十章「役者の人生」において、ホーソーンは彼が犯人ではないと断言している。

△ジュディス・ゴドウィン――午後四時半、サウス・ケンジントン駅にいた。

△メアリ・オブライエン――ジェレミーと共に家にいたとジュディスが証言したが、ジュディスは外出していた。

△ナイジェル・ウェストン――アリバイに関する記述なし。男性ではあるが華奢で老体である。

△ヒルダ・スターク――アリバイに関する記述なし。

 

第十九章「ディブス氏」でアラン・ゴドウィンは犯人ではないと判明しているため除外してもよいだろう。よって、マーティン・ラヴェル、レイモンド・クルーンズ、ロバート・コーンウォリス、ジェレミー・ゴドウィンの中にダイアナ・クーパー殺害犯がいる可能性が高い。では四人の中でいったい誰がダイアナ・クーパーを殺害したのか。私は「ディブス氏」の中でホーソーンが言った次の言葉を手掛かりに推理することにした。「ディブス氏こそは、事件のそもそものきっかけだったからだよ、トニー。最初からあの猫を飼っていなかったら、クーパー夫人も殺されることはなかった。そして息子もな」ペルシャ猫のディブス氏の存在がどうして殺人事件のきっかけになるのか、その理由を考えているとふと自分は大きな思い違いをしているのことに気が付いた。そうか、だからダイアナは葬儀社に向かったのだ。

ダイアナ・クーパーがアラン・ゴドウィンからの脅迫状を受け取ったあと、ディブス氏がいなくなった。ディブス氏がいなくなった原因はわからない。あえて説明するなら、たまたま、偶然に、思いがけず、ダイアナ宅からいなってしまった、だ。ダイアナはディブス氏がいなくなったこととアラン・ゴドウィンから受け取った脅迫状を結び付け、アラン・ゴドウィンがディブス氏を攫い、さらには既にディブス氏が殺されていると考えるに至った。そしてディブス氏の葬儀を手配するため「コーンウォリス&サンズ」葬儀社に向かったのだ。ダイアナが葬儀社を出たあと、ロバート・コーンウォリスはジュディス・ゴドウィンに「ダイアナ・クーパーが飼い猫の葬儀を手配するためにうちに来ましたよ」と連絡した。コーンウォリスとジュディスはダミアン・クーパーが出演した『真面目が肝心』の舞台で知り合っている。連絡を受けてジュディス・ゴドウィンはコーンウォリスにダイアナに会わせてほしいと願い出る。ジュディスがダイアナに会いたいと申し出た理由は、息子一人を轢き殺し一人を重度障害にした女が飼い猫のために葬儀屋を手配するなんてと激高したからなのか、現在のジェレミーを見せつけたかったのか、金の無心なのか、それらすべてなのかはわからない。とにかくジュディスはダイアナに会うためにジェレミー・ゴドウィンと共にコーンウォリスの元に向かった。コーンウォリスはジュディス、ジェレミーと合流したのちダイアナに電話をかけ、「ご契約内容ついて不備があったため、お宅に伺います」などと言って約束を取りつけたのち、二人を車に乗せてダイアナ宅に向かった。ダイアナ宅近くに車を止めてダイアナが戻って来るのを待っていると、通りの先からダイアナが歩いて来た。ジュディスはジェレミーと一緒に車から降りて二人でダイアナに向かって歩いて行った。ジュディス、ジェレミー、ダイアナ三者のやり取りの詳細はわからないが、相手にされなかったか、無視されたか、それに類する対応を受けたことだろう。車に戻ったジュディスはコーンウォリスにダイアナ殺害を依頼し、コーンウォリスはそれを了承する。なぜコーンウォリスがジュディスの依頼を受けることになったのか、同情心からなのか、弱みを握られていたのか、その他の理由なのか、私は答えを見つけることが出来なかった。一方、ダイアナは家に戻ると損傷の子供に会った旨のメッセージを携帯電話から息子ダミアン・クーパーに送った。しばらくしてコーンウォリスがダイアナ宅を訪ねる。そのとき目の悪いコーンウォリスは玄関先の水たまりに気が付かなかった。コーンウォリスは泥の付いた靴でダイアナの家に上がると、鞄からからクレジットカード読み取り機を取り出し支払いにについて不備があったため、クレジット決済のやり直しをさせてほしいと申し出る。ダイアナが財布からクレジットカードを取り出してコーンウォリスに渡すと、コーンウォリスは水くれないかとダイアナに言い、ダイアナはキッチンに向かっていった。殺害方法はホーソーンが事件現場で説明したとおりだ。ダイアナ殺害後コーンウォリスはダイアナのクレジットカードを使い猫の埋葬費用から人間の葬儀に決済内容を変更する。そして物取りの犯行に見せかけるため部屋を荒していたときに、ダミアンの部屋の鍵、洗面所で睡眠薬を見つけた。コーンウォリスは鍵と睡眠薬を何錠か手に取りダイアナ宅を後にして車に戻った。車に戻ったコーンウォリスは無事ダイアナを殺害したことをジュディスに報告、そして持ち帰った睡眠薬をジェレミーに飲ませた。薬剤師の妻を持つコーンウォリスが睡眠薬の副作用に短期記憶障害があることを知っていたため、今回の出来事をジェレミーの記憶から消し去ることが出来るのではないかと考えたからだ。

以上が私の考えるダイアナ・クーパー殺害事件の流れである。主人公は第一章の記述に嘘はないと書いている。確かに主人公は見聞きした内容を正確に記述した。しかし、参考にした警察資料に問題があった。コーンウォリスはダイアナの死体が見つかったあとに警察から受けた事情聴取で偽証したのだ。葬儀での出来事もジュディスとコーンウォリスの共謀である。コーンウォリスのであればダイアナの棺にMP3プレーヤーを入れることも容易いだろう。

 

第二の殺人「ダミアン・クーパー」

 

 

 

……申し訳ない。力尽きてしまった。

 

 

提出期限を大幅に過ぎた上に途中で投げ出すなんて探偵失格ですね。実のところ、今週初めにでも提出できればしれっと公開してまおうと、まっさらな状態で非公開投稿していましたが、どうにも推理がまとまりそうにないのでギブアップしました。

 

 

名探偵破滅派当日までに最後まで読んでおきます。皆さんの推理も!

 

<未解決>

2021年6月21日公開

© 2021 諏訪靖彦

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