マネキン

諏訪靖彦

エセー

1,727文字

小学生の時に仲の良かったケンちゃんとの思いで

 

今から三十数年前、私には仲の良い友達がいた。あだ名はケンちゃん。同じマンションに住んでいて、学校が終わると毎日ケンちゃんの家に行って遊んだ。当時はファミコンのゼビウスが流行っていて、二人でああでもないこうでもない言いながらソルバルウを操り隠れキャラであるソルの場所を探して森や林に地対ミサイルを撃ち込んでいた。

ケンちゃんとはファミコンばかりやっていたわけではない。夏の暑い日にはベランダに出て水遊びをした。ケンちゃんの家はマンションの一階で芝生が敷かれたベランダが付いていた。一階住人の特権だ。水着に着替えて、お風呂場から長いホースをベランダまで引っ張ってきてホースの先を潰して水を掛け合う。真っ黒に日焼けした二人の肌がホースの水をはじいて芝生に飛散する。芝生はところどころ水たまりになり、私とケンちゃんはそこを素足でバシャンと踏む。泥水が飛び散るのを見て二人は顔を見合わせて笑った。そんな遊びがたまらなく楽しかった。

ケンちゃんの家のベランダでは水遊び以外にもいろいろと遊んだ。一番きれいに丸まるダンゴムシを見つけて競い合ったり、ケンちゃんのお父さんのゴルフバッグからパターとゴルフボールを取り出し、芝生に穴をあけてパターゴルフをして遊んだりした。

私たちがベランダで遊んでいるのをいつも見ている女性がいた。いや、正確には花壇に置かれたマネキン人形が私たちを見ていた。芝生の周りには三段構造の立派な花壇置かれていた。ケンちゃんの母親の趣味なのだろう。季節によっていろいろな花を咲かせ私たちの目を楽しませてくれた。その花壇の一番上に髪の毛が半分抜け落ちたマネキン人形の女性がいつも私たちを見ていた。

そのマネキン人形はケンちゃんの家に初めて遊びに行ったときから花壇に置かれていた。最初は不気味に感じたが、子供ながらに女性に似つかわしくないザンバラ頭から理容師の練習用マネキン人形なのだろうと思った。床屋に行くとたまに見かけるあれだ。だからケンちゃんのお母さんかお姉さん、お兄さんが髪を切る練習用に使っているのだと思って気にしなかった。ケンちゃんにもマネキン人形について聞かなかった。

小学校を卒業して、中学校を卒業して、当然学力によって高校が分けられるから、ケンちゃんとは疎遠になった。私は高校を卒業してふらふらして、ケンちゃんは大学でしっかり勉強して、卒業と同時に大学で知り合った女性と結婚した。ケンちゃんから結婚式の招待状が届いたときに、私はケンちゃんに対して、先に大人になりやがって、とは思わなかった。社会にとりこまれたんだな、と達観して粋がった。私はそんなどうしようもない大人になっていた。

話がそれた。結婚式の二次会でケンちゃんも私も酔っぱらって、当時のことを懐かしみながら昔の話で盛り上がった。毎日遊んでいた仲だったから話も尽きない。そこでふと、私はケンちゃんの家の花壇に置いてあったマネキン人形を思い出した。

「そういえば、あのマネキンまだあるの?」

「マネキンって?」

「ほら、ベランダの花壇に置いてあったやつだよ。髪の毛が半分なくってちょっと不気味なやつ」

ケンちゃんは私の顔を不思議そうに見つめる。

「なんのこと? うちにマネキンなんてなかったけど」

そんなはずはない。あのマネキン人形はいつも花壇の最上段に置かれていた。水遊びではしゃいでいるときも、パターゴルフで遊んでいるときも、花壇の上から私たちを見下ろしていたはずだ。

「あれだよ、あれ。お前の家族が練習するためのマネキンだよ。お母さんか姉ちゃんか兄ちゃんか知らないけど、髪の毛を切る練習用のマネキンを花壇に置いていただろ?」

ケンちゃんは新婦と目を合わせる。そして私に向き直って言った。

「うちの家族に理容師はいない。いたとしても、なんでマネキンを花壇に飾るんだよ。そんな不気味な園芸スタイルがあるわけがないだろ」

そう言ってケンちゃんは目を細めた。私は「いや、確かにあったよ……」と口に出すも、ケンちゃんが言葉を被せた。

「そんなことよりさ、また昔のように遊ぼうよ。金がたまるまでしばらくは昔住んでたマンションにいる予定だからいつでも遊びに来てくれ。もう水遊びはしないけどな」

 

――了

2021年4月30日公開

© 2021 諏訪靖彦

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