真っ暗な、独房のような家に帰る。男の家には本棚とベッド、テーブルのみが置いてある。
3年前、男は全てを失った。親友、祖父のコネで入社を約束されていた会社、帰るべき家庭。当時高校生だった男には、少しその負担が重過ぎた。何もかもうまくいく、そう思っていた男にとっては、相当苦しい思いだったであろう。一人暮らしを始めて経験したことのないアルバイトをし、その大変さを知った。フリーター並みにシフトに入って、生きていくための金銭を稼いだ。当時有名国立大学を目指していた男にとっては、勉強の大きな妨げになっていた。昔の話だが、あの時の経験は忘れられない。少しでも食費を浮かそうと、廃棄をもらって帰ってきたり、一日の食事を30円のもやしだけの日もあった。過去のことを振り返ると際限が無い。この辺にしておいた方が、長くならなくて済む。
毎晩、12時を過ぎた頃、男は夜になると親友への手向の花の水を替え、真っ暗な部屋で夜な夜なキツい酒を飲みながら煙草に火をつける。消せていないカメラロールの写真、消せていないメッセージ、捨てられない写真。こんなものを眺めながらあの時は良かった。まだ、人間らしい、真人間のような人生を送っていたな。なんて物思いにふけながら燃えている煙草の火を見つめている。何もない普通の日常というのが何よりの幸せだってことに気付けていない。そんな人間もいるんだってことに男は恐怖を覚える。消えない幻聴、幻覚と戦っている男にとっては、“普通”という言葉にあこがれを抱いている。
煙草を吸い終えると、男は消えゆく火を黙って見つめる。自分の夢にみた人生のように、儚く消えていくのだろう、詩人になった気にもなって。灰皿を見つめる度、横にある本棚が視界に入る。手に取る本は太宰治の「人間失格」だ。この本を読んでいると、自分の内面が見透かされているような気がして、気分が悪い。多くの誰かにとっては、共感できる内容であるのだろうが、男にとっては不快な、傷を抉るような感覚になる1冊。この不快感は、自分を痛めつけるのにちょうど良い。最後のページまで読み終えると、テーブルに向かって無造作に投げ捨てる。横にある積りに積もった吸殻が、自分の人生の堕落さを表している。男はため息を吐き、ベッドに横たわる。天井のシミを数え、あと何年生きられるのだろうか、なんてことを常に考えている。
一日中閉まっているカーテンから朝日が男を射す。朝が来たのだろう。絶望的な気分だ。ずっと夜でいいのに。
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