「深山の怪」第一回

妖怪妖(第7話)

消雲堂

小説

717文字

あれはいつだったかな?

昭和40年代だと思うんですが、営林署に勤めるA君から聞いた話です。

 

山奥に分け入る彼らの仕事は恐怖との戦いであるといいます。僕は彼らの仕事の内容に関しては全然知らないのですが、僕自身、山の中を想像しただけでも恐ろしいのです。だって、あなた、熊や毒蛇やスズメバチに山蛭に様々な毒虫…考えただけでも背筋が寒くなるじゃないですか? でもね、このように実体のあるものに関しては何らかの対策を講じることが可能ですが、実体のないものとなると対策を講じることができませんよね。

実体のないものとは何かって? それは幽霊とかお化けというやつですよ。

 

幽霊とかお化けってのは夜間に活動するものと思われていますが、昼なお暗い深山の中で彼らに出会うことは決して珍しくないそうです。目撃談の多くは山中で美しい女性に出遭うというものです。ただし、これは必ずといってよいほど女性は化け物なのです。

 

お化けってのは狐や狸によるものと思われがちですが、現実にはそんなことがあるはずがない。たいていは自分自身の意識の中に化け物を目撃する恐怖情報が混入して目撃してしまうようです。恐怖情報というのは子供の頃からテレビや映画や小説から蓄えられた非現実情報のことです。単なる思い込みから”見た気がする”というやつです。つまり幻視ですよ。

 

多くの目撃談を分析すれば自意識による幻視の場合が多いのですが、ごくまれに”そうではない”場合があります。

 

A君も”それ”を目撃した一人ですが、彼の話を聞けば聞くほど狐狸や自意識による幻想ではないようです。今からお話しますが、それはあなたの判断にお任せします。

 

2014年5月30日公開

作品集『妖怪妖』第7話 (全9話)

© 2014 消雲堂

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