ピエロ

利根彦

小説

4,323文字

参加型大衆市場ギフトに出店しているユニークなお店とお客さんたちとのてんやわんやをお楽しみください!今回の主役はココシャネルがモデルとなっております!

”あなたのつくったコンテンツはお客様を元気にしていますか?
 推しからもらった元気にはお客様を元気にするコンテンツをつくることで貢ぎましょう。
 お客様を元気にできるコンテンツにまで育てることができたならそのコンテンツはあなたへのギフトとなるでしょう。“

 
 れいの参加している「参加型大衆市場ギフト」のキャッチコピーだ。
「参加型大衆市場ギフト」とは数年前にシャビとトネというふたりの男性が始めたマルシェのようなイベントで、いまでは同じような仕組みのイベントが世界中に拡がっている。
 ギフトと従来のマルシェのいちばんの違いは提供される商品やサービスがすべて無料というところで、”お金から解放された経済を“という思想のもとつくられたらしいが、出店者からはしっかり高額のテナント料金を取っているので、ふたりはがっぽり稼いでいるはずだ!とSNS ではいつも叩かれている。しかしそれでも出店したいという申し込みは後を絶たず、月に一度のイベントは毎回大盛況で、同じような仕組みのイベントも合わせると連日のように世界のあちらこちらで”参加型大衆市場“は開催されている。

 
れいの出店している「ホットテリトリー」では”参加型大衆酒場“と銘打って、希望する男性客を女装させて接客してもらっている。カウンターのなかにはスタッフにだけ見えるように”お客様は神様です“と書かれた張り紙がしてある。
「ママー。かりんとう饅頭、差し入れー。」
「いつもありがとねえ。だいちゃん、今日ははいってく?」
「久しぶりにはいろうかなあ。じゃあちょっと裏で準備してくるわ。」
 おめめがぱっちり二重のだいちゃんは、化粧をすると元宝塚男役トップスターの真矢みき似の美人に変身する。おしゃべり上手で聞き上手なだいちゃんはホットテリトリーのトップスターで、彼女がカウンターのなかにはいると老若男女を問わずお客さんでいっぱいになる。
「だいちゃ~ん、プレゼント~。」ロレックスデイトナアイスブルー。
「だいちゃ~ん、これ似合うとおもって。」フェラーリ488。
「だいちゃ~ん、ここ使って。」ザ・パークハウス高輪3LDK 。
 お客さんたちは高額の貢ぎ物を競い合うことで愛を証明し、お互いライバルの存在を無視するかのように店内で振る舞っていた。
「みんないつもありがとう。大切に使わせてもらうわね。じゃあお返しするから順番に並んでね。」
 先頭に立ったロレックスデイトナアイスブルーの女の子はいまにもシッポを振ってオシッコを漏らしそうな表情で”お返し“を待っている。
「バチン!」
 だいちゃんは慣れた所作で効果的な音が出るようにロレックスデイトナアイスブルーの左頬を平手打ちした。ロレックスデイトナアイスブルーは白目を剥き膝から崩れ落ちた。
「服を脱ぎなさい。」
 フェラーリ488の男性に命令した。
「なんなの、その醜い体は。帰りなさい。」
 フェラーリ488は続く言葉を待ったが、だいちゃんの視線はもう次の老婦人に向けられていた。
「あなたは広場のほうへ。」

 ギフトの会場の中央には巨大なモニュメントが設置してあり、参加者たちはその周辺も含めて”広場“と呼んでいる。
「祭壇に準備できてるから先にいって待っててくれる。」
 モニュメントの土台の部分は階段が付いていて登っていくとフロア状になっている。フロアには簡素な祭壇があり、季節の果物が供えられ甘く乾いた匂いのする香木が焚かれていた。
「おん あぼきゃべい ろしゃのう まかぼだら まにはんどま じんばら はらばりたや うん。」
 だいちゃんは光明真言を唱え終えると老婦人に甘茶を勧めた。老婦人は形だけ口を付けると深々とお辞儀をした。
「よろしくお願いします。」
 だいちゃんは茶瓶に残った甘茶をフロア中に撒き散らすと、老婦人の背中を強く蹴って階段の下へ突き落とした。

「ねえだいちゃん、聞いてくれる。」
「もちろん。」
「わたし好きなひとができたの。」
「どんなひと。」
「ホストやってるひとなんだけどすごく純粋なの。」
「なるほどねえ。」
「ウソもつかないし、信用できるひと。ほらそこらへんの男って腹黒いから。」
「そうねえ。でもホストって彼女とかつくっちゃだめなんじゃないの。」 
「そうなんだけどね。お店辞めたらつきあってくれることになってんの。」
「いつ辞めるの。」
「目標にしてるお金が貯まったらだって。」
「いくら。」
「1億なんだけどもうちょっとらしい。」
「そっかあ。よかったね。」
 そのあとすぐにホストの彼はお店を辞めたらしい。もちろんロレックスデイトナアイスブルーにはなんの連絡もなかった。

「ねえねえだいちゃん、聞いてくれる。」
「もちろん。」
「こんどヒューマノイドの開発やってるスタートアップに100億ほど投資するんだけどさあ、ああヒューマノイドって人型ロボットね、アンドロイド。」
「へえー、すごい金額だわねえ。」
「すでにラブドールのクオリティーはめちゃくちゃヤバくてさあ、ああラブドールってダッチワイフの現代版ね。ビジュアルもディテールの質感もちょーリアルで一体が50から100くらいするんだけど生産が追いつかないくらい需要があるのよ。そのメーカーをAIの大手が買収してベンチャーを起ちあげるわけ。」
「へえー、すごいはなしねえ。」
「最先端のテクノロジーとテクノロジーが融合したワクワクする未来の先物買いだよ。」
「わたしはあんまりワクワクしないけどねえ、そんな未来。」
「だいちゃんはアナログだもんねえ。」
 フェラーリ488の投資した会社は半年で破産した。

「ねえだいちゃん、少し長いはなしになるかもしれないけど聴いてもらってもいいかしら。」
「もちろん。」
「わたしね、長いあいだ服飾の仕事をしていたんだけど、わたしたちの若いころのファッションて特別なひとたちが特別なところで表現するものだったのね。コルセットでウエストなんかこうやってギューっと締めちゃって男のひとの好みに合わせるわけ。で、パーティーとか社交の場で披露するんだけどなんかすごく疲れるのよ。結局は見栄を張り合って勝った負けたってやってるわけだから当然よね。でね、思い付いちゃったのよ。”わたしが元気になる服をわたしが作ろう“って。そしたらね、周りの大人たちからすごい怒られちゃってね、なんかすごいわたし腹立っちゃって反抗したくなっちゃったの。でね、自分が作った服を海外のコレクションで発表したの。そしたらね、時代に合ったのか向こうのファッション誌なんかに大きく取り上げられて、女性たちから、、、いわゆる特別じゃないほうのその他おおぜいの女性たちからすごい支持されたの。でもね、大衆向けのカジュアルなものを作りたかったわけじゃないの。だから価格も安いわけじゃないし、っていうかわたしの服の顧客の金銭感覚からするとすごく高価な買い物になるとおもうわ。だからね、彼女たちも探してたとおもうのよ。自分に元気をくれるものを。」
 そこまでいっきにしゃべると高輪タワーの老婦人はほうじ茶を啜り喉を潤すと、覚悟を確かめるように小さく頷いた。
「わたしね、もう長くは生きられないの。」
「なにか重い病気なの?」
「まあそうね。でも死ぬのはそんなに怖くはないの。もう充分生きたし、自分でいうのもなんだけど素晴らしい人生だったとおもうわ。それでね、わたし孫がひとりだけいるんだけどね、“あき”っていうんだけど、昭和の昭って書いて“あき”。この子のことが少し気がかりでね、なんだかふわふわしてて軽いのよ。それでだいちゃんにお願いがあるんだけどね、この子の見ている目の前でわたしを殺してほしいの。」
「それはなにかの喩えとかではなく?」
「あはは。そりゃそうよね。でもなにかの喩えでもなく象徴的な意味でとかでもなく、現実的に具体的に殺してほしいの。」
 やれやれ。
「こういうこと頼めるのだいちゃんしかいないのよ。ごめんなさいね。」
「じゃあ、わたしからの条件をのんでくれたら考えてもいいわ。あんたがひとりで暮らしてる高輪の分譲マンションわたしにちょうだい。死んじゃったらもういらないでしょ。」
「そんなのお安いご用よ。」
「でもなんでまたそんなこと考えたの。」
「こういう体験ってね、人生のどこかできっとあったほうがいいのよ。地に足が着くっていうか。それにこんなの見せてあげられるの身内ぐらいしかいないじゃない。ちょうどいい機会だし。」
「そういうもんかねえ。」
「ちゃんと遺書にだいちゃんにはわたしのほうからお願いしたこと書いとくから、罪もそんなにたいしたことにならないとおもうわ。またしっかり顧問弁護士に聞いとくけど。」

 あきはその日あるものを見せたいから「参加型大衆市場ギフト」が開催されているイベント会場まで来るようにおばあちゃんから言われていた。世界的に有名なファッションデザイナーであるおばあちゃんは、あきの自慢であり、憧れであり、すべてであった。両親は仕事や社交でいつも多忙だったので、あきはおばあちゃんを通して世界を造り上げてきた。箸の持ち方からはじまって、虫や花や星の名前、友人たちとのつきあい方や恋の素晴らしさまで。その関係は成人したいまでも変わらず、上質の羽毛布団に包み込まれている心地好さだった。
 エントリーゲートをくぐり会場内を彩る様々なショップやイベントを眺めながら歩みを進めていると、おばあちゃんとの待ち合わせ場所になっている”巨大なコヨーテのモニュメント“が見えてきた。一匹のコヨーテが仲間たちに”狩りにいくぞ“と言わんばかりに遠吠えしている。モニュメントに近づくにつれて人の数は増え、目的の場所に辿り着くには人垣を掻き分けないと前に進めないほどになった。やっとの思いで開けたところまで出ると、なにやらお経のようなものを唱える女性と手を合わせて拝んでいるように見える老婆がモニュメントの足下のステージ上に見える。
 あ!おばあちゃん!
 そのあとに起こった出来事について理解することをあきの脳は強く拒んだ。何の感情も湧かず、すべての受信機能はシャットダウンされた。ただ足だけは前へ前へと進み、人形遣いに忘れ捨てられたマリオネットのような姿になったおばあちゃんをいつまでも呆けたように眺めていた。

 それからどれくらいの月日が流れたのだろう。虚ろな意識のまま周囲のあわただしさの波に呑まれながらあきは繰り返しおなじことを考えていた。
 なぜ?
 悲しみでもなく怒りでもなく淋しさでもなく憎しみでもなく。それはいくら繰り返されても”なぜ?“だった。四十九日の法要を終えたあと一度「ホットテリトリー」を訪ねてみたが、だいちゃんはあの事件以来お店に姿を見せてないようだ。

「ママ。ぼくもこんどカウンターのなかにはいっていいかな。」

「もちろん。」
 
 

2022年1月30日公開

© 2022 利根彦

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