メア・ヰタ・セクスアリス――序章

二十四のひとり(第10話)

藤城孝輔

小説

5,308文字

作品集『二十四のひとり』収録作。

文化人類学は人類の多様性を研究し、自然人類学は人類の均質性を研究する。大学の教養科目で受けた文化人類学の講義で最初に教わった内容である。もちろんうろ覚えだから、もっと違った言いかただったかもしれない。文化人類学が扱うのが文化によって異なる生活様式や価値観であるのに対し、自然人類学では類人猿や絶滅した化石人類とは異なる種としてのヒトの体や行動を研究対象とするという意味だったと思う。

その分類で行くと、性はどちらの領域になるのだろう。最近注目されている性の多様性を考えれば文化人類学のような気もするし、生殖行動としてとらえるならば自然人類学と言えるかもしれない。セックスは自然、ジェンダーは文化と区別することも可能だろう。

僕にとって性は、常にわけのわからない他者であり続けた。今でもそれは変わらない。この場合の性がセックスなのか、それともジェンダーか、セクシュアリティと訳すべきなのかもよくわからない。中学二年のときに現れはじめた第二次性徴はただただ僕を戸惑わせるばかりだった。望んでもいない部分から発毛し、自分の意志に関係なく局部が勃起し、寝ているあいだに勝手に下着が汚れるたびに僕はいちいち人生を呪った。毛深いすねやもも、醜く顔を覆って傷あとを残すニキビは死ぬほど恥ずかしく感じられた。注文していた商品の入荷の電話を入れてきた近所のおもちゃ屋の女主人が僕の声を認識できなかったときには、思わず自分の声変わりを謝罪した。ぬらぬらした鈍重なおりのように下半身に沈殿していく性欲を自力で絞り出す方法を見つけるのは高校に進学し、十六歳になってからである。自然人類学的に性をとらえるとすれば、思春期を生き延びた成人男性なら誰でも多かれ少なかれ同じような戸惑いを覚えた記憶があるはずだ。

あのころ、性について気軽に話せる男子の友だちがいれば少しは楽だったのかもしれない。でも体の変化が始まるのが他の男子よりも若干遅めだったせいもあって、僕は第二次性徴について当初はまったく意識になかったのだ。中学一年の最初のころは小学校の延長のような気分で小学校で一緒だった友だちと無邪気に遊んでいた。特に親しくしていた男子の一人がダイキである。ダイキとは何度か互いの家に遊びに行く仲だった。

ある日の放課後、鍵っ子だった僕は両親のいない自宅にダイキを連れて帰った。いつものようにジュースを出して新しく買ったおもちゃの自慢をひととおりしたあと、僕は一緒に映画のビデオを観ようと提案した。作品はロバート・ロドリゲスの『フロム・ダスク・ティル・ドーン』、ツタヤのレンタル落ちでビデオテープを購入して以来、僕は何度もその映画を観ていた。バイオレンス映画のように始まり、途中で突然ヴァンパイア映画に一変するというニクい仕掛けの利いた作品である。

僕はあえてその仕掛けについてダイキに言わずにビデオを再生した。突然ジャンルが変わってあっと驚く体験をしてもらいたかったのだ。はじめ僕たちは何も言わずに観ていた。ところが、ヴァンパイアが登場する直前のメキシコのバーのシーンにまで来たところでダイキは急に居心地悪そうにしはじめ、立ちあがって帰ると言い出した。

「ごめん。僕、こういうの、好きじゃない」

ねえ、もうちょっとでいいから見てってよ、と僕は言ったが、彼はそそくさと家を出ていった。僕は映画の一番面白い部分を見せられなかったことを残念に思いながら、一人で最後まで鑑賞した。いつものように爆笑し、胸を躍らせながら。ダイキが僕の家に来るのはその日が最後になるとは想像すらしていなかった。

2019年5月3日公開

作品集『二十四のひとり』第10話 (全24話)

二十四のひとり

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© 2019 藤城孝輔

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