排出

TRiPRYO

小説

30,077文字

誰にも聞こえないことを確かめて、ふう、とひとつ長く深い溜息を吐くと、まるで予定されていたかのように、自分は何から何まで間違ったことばかりしているのだという、漠然とした妄想に襲われた。それは白いTシャツに跳ねてしまった一滴のコーヒーの染みのように拭い難く、運命のように避けがたく、僕を支配した。僕は自分が永い悪夢から醒めたと感じて、ようやく一段落付いたと思っていた。でも次が控えていた。安寧はあまりにも遠く離れている。それは殆んど架空の概念だ。
仕事を終えてアパートに帰ってくると、フィラメントが断絶しかけ、蛍光灯が明滅していた。六号室の前の蛍光灯だった。それは前触れなくあらわれた不吉な予兆のように僕の意識を占領した。
今ではここには誰も住んでいない。六号室の最後の入居人は引越し業者を呼んだ。もうずっと昔のことだ。彼と僕はとても親しくしていた(しかし二度と会うことは無いだろう)
僕と入居人は、業者の男たちが部屋の中の家具をすっかり運び出してしまうのを、飽きもせず昼間中眺めていた。彼らは皆一様に殺気立ってみえたが、最終的にはすべての家具を当初の予定時間通りにトラックに積み込みおえた。
コンテナの蓋を開けたままの状態のトラックの前で、僕たちは引越し業者の男のひとりにカメラを渡して、記念写真を撮ってもらった。六号室の入居人は僕の肩に手を置き、僕は缶ビールを口もとに運びながら笑っている。写真にすると途端に家具はものすごい量であるように見えた。狭い部屋が二つとキッチンがあるだけの間取りの一体どこにこれほどの量の物を置いておくスペースがあったのだろうと僕は不思議に思った。
僕たちはコカ・コーラを飲みながら搬出作業を眺め、ビールを飲みながら空っぽになった部屋を眺めた。引越し業者の男たちは鼠のようにせっせと働き、ときどきオランウータンのように怠惰で投げ遣りになった。僕たちはそれを未熟なサーカスを見物するかのように眺めた。
家具の無くなってしまった部屋は何故だか全て同じに見える。死んだ人間と同じだ。窓からはカボチャ色の西日が差し込み、光に染まった六号室は、やはり世界が終わってしまった後のように静かで空っぽだった。僕たちは最後に煙草を吸って、吸殻を六号室の床に置き捨てた。僕の数少ない素敵な思い出の一つだ。

しかし彼が居なくなってしまったあとでも、蛍光灯は(何のためか)点灯し続けた。そして、眼下をこうこうと照らし続け、毎夜、彼の足元に虚しい陰をつくりあげていた。蛍光灯は長い夜のあいだずっと自分が生み出した影をひとりきりで眺めて続けていたのだ。蛍光灯としてもそんな不毛な行為にとうとう嫌気がさしてきたのかもしれない。
誰も居ない部屋の前の蛍光灯を点けておくことに、一体何の意味があるのだろう。僕には判らない。人間に嫌気が差してくる。僕は人間よりもむしろ蛍光灯に共感する。
無意味なことばかりが山積していて、長時間外出するとやんわりとした吐き気をもよおし、刺刺しい目眩に襲われる。無意味さには入り口だけがあって、出口が無いみたいだ。そのせいで僕はしばしば酒を飲み過ぎる。精神安定剤を常用しているし、隠れて使わなければいけないような薬もまれに使う。するとしばらくしてやる気が失せる。乗り気になるのは早いが、それと同じだけ早く気が滅入る。一眠りするたびにまたひとつ判らないことが増えていく。
「何か、たちの悪いものにとり憑かれているかもしれないね。ひとの情念とか、そういうものに。それもたぶん、生きている人間の。心当たりはないかな?」易者に言われたことを思い出した。あのときはばかばかしくて、鼻先でわらっていた言葉が、今ただぼんやりと耳に響いて、寒気がした。誰かに悪態をつきたくて堪らない。そうでもしないければやり過ごせそうにない。

自分の部屋の手前に立ち、ドアに背を向けて地上を見下ろした。
アスファルトの路面は闇よりも濃い黒色だった。ところどころ崩れ落ちて不恰好なコンクリートの壁に取り付けられた、錆びた鉄製の手すりには、いくつもの蜘蛛の巣が張られている。
それらの蜘蛛の巣が視界に入ると僕は激しいショックを受けた。そしてとっさにその数を数えた。するとまた増えていた。7個。信じがたい数字だった。大きさも幾分か成長している。いいようもなく嫌な感じがした。他の部屋の前には蜘蛛の巣なんて一つもない。だいたい、カラスとコウモリ以外の生き物の姿は――無論、人間を除けばという話だけど――このあたりではめったに見かけられない。
蜘蛛の巣が密集している光景は、僕の気分をいくらか滅入らせる。いや大幅に滅入らせる。帰ってくるたびに見ていれば仕方ない。そんなものは見たくないのに、帰宅するたびに、僕は必ず蜘蛛の巣の様子を確認してしまう。誰か恐ろしい人に言いつけられていやいや飼育をしているかのように。僕はいつのまにか蜘蛛が大嫌いになった。考えるだけで気持ち悪い。とっととぶっ壊してしまえばいいじゃないかと考えたこともある。しかしこれだけたくさんの蜘蛛の巣を破壊するのはどうしても気が進まない。もし酔った勢いでそんなことをしてしまえば胸の感覚がすごく変な感じになるのは確実だ。一日中、あるいは一週間も治らないかもしれない。できることなら蜘蛛の巣をすべて焼き払いたい。だが実際のところ、臆病すぎてそのくらいのこともできないのだ。
僕にはもういつから蜘蛛の巣があったのか思い出せない。はじめからここにあったのだと思える。そして人生のあらゆる局面で絶えず蜘蛛の巣に付きまとわれていたんだというふうにも思えてくる。もし蛍光灯のフィラメントが切れるのが今夜であっても、いつのまにかはじめからそうをわをだったと感じるようになってしまうのだろう。
ならばこの蛍光灯を取り外して自分で保管しておこうと僕は思った。やがて業者がやってきて新しい蛍光灯を設置したら、それをこの古い切れかけた蛍光灯と取り替えてしまえばいい。そうすれば蛍光灯は再び点滅し始め、僕はこの蛍光灯のことも六号室の思い出のことも忘れずにいられるかもしれない。蛍光灯の光の奔出と消滅のリズムはぎこちなくアンバランスだった。それはまるでどこか遠い星から送られてきた信号のように、死滅と再生のダンスを踊っていた。他愛のない計画をいつも実行に移すことができたら、どれほど人生が楽になるだろうか? 僕は勇敢さに欠けていて、大体において自分のことを考えすぎる。思い上がりの激しさや、自己意識の過剰さがつねに僕を苛んでいた。自分のことを異常な人間だと感じていた。

ドアの前に立って、自分が鍵を持っていないことに気がついた。把手を回し、ゆっくりと引くとドアは開いた。にぶい冷気が部屋の内からこぼれだして夕闇に溶けていった。鍵を締めることも冷房を消すこともすっかり忘れてしまっていたようだ。
僕はサンダルを脱ぎ、爪先を揃えて置いた。部屋の内部は嵐が過ぎ去ったあとのように荒れ果てていた。脱ぎ捨てられた服がフローリングに散乱し、使用済みの食器はテーブルの上に放置されていた。音楽が鳴りっぱなしで、窓は開いていた。それは出掛ける前と同じ状態だった。僕は愕然とした。部屋の散らかりぐあいにではない。自分はある程度きちんとした意識を保って出掛けたのだという虚偽の記憶を信じていたことに対してだ。それを部屋の状態から、いやおうなしに理解させられた。
そのときの僕は混乱を感じはじめていた。混乱のことならよく知っていた。息遣いも、肌触りも、体温も。今よりもいっそう未熟で幼かった頃、つまりいっそう愚かであった頃に、混乱というものについてしばしば考えた。同年代の人々は多くの点で自分と異なって感じられた。僕は一点の曇りなく、すべての意味で、彼らにとっての部外者だった。彼らは、愛、栄誉、モラル、誠実さ、その他人間性に関わる観念と慣れ親しんでいた。思索し、論考し、語り合い、あるいは実践して、一喜一憂していた(すくなくとも、僕の目にはそう映った)かたや僕は、光よりもむしろ湿った薄闇を望んだ。絶望、遁走、破滅、その他自殺にまつわる事象にについてひたすら考えた(とにかく、僕の認識のうえではそうだ)混乱もやはりそのカテゴリーに属する言葉のひとつだった。だから混乱は身近な友人だった。

僕は全ての自殺者を愛した。彼ら全員に憧れた。彼らの世界はいつも悲惨だった。そして魅惑的だった。自殺について考えているあいだはしたくない想像をしなくて済んだ。自分のことを、個人的で独立した人間であると感じることができた。ひどい勘違いだと心の別の部分では判っていても、自らに対する嘲笑や同情し得ないような残酷な気持を伴って、部屋の隅でうずくまっていることは親密で生ぬるい、素敵な感覚を僕に与えた。それはいわば、安寧の仮想体験だった。死ぬことは安寧そのものだと思えた。
それからの僕は、体温の通った真白い繭に包まれながら、夢と空白をみるためだけに暮らした。半睡半醒のまなこで白いフィルターを透過して眺めやる現実世界はときとして美しくすらあり、僕は美しいものにはよろこんで涙を流した。美しいものはすべて空白に似ていた。美しいだけで価値があって、それ以外に価値が無いと思えた。その薄っぺらさこそが、美しさを美しさたらしめる究極の美質だ。自分が取り囲まれている重苦しさから懸け離れてごく無意味に生存を続ける以上は、なるべくたくさんの美しさに適った傾向を身に着けることが必要だ。その感覚は、僕をある種の強迫観念へと駆り立てた。一方では、気楽な面もあった。美しさに対する価値観の固有差のためにおこる、あわれなすれ違いについての問題を、僕は無視することができた。僕はひとりきりで、目を閉ざされて、辺りを見渡すこともかなわなかった。しかしそのおかげで、僕はただ自分の基準に適った美しさとのみ、交感を交わすだけでよかった。だから当時、世界に対してはちっともうんざりしなかった。うんざりしていたのは自分に対してだった。自分が世界でたったひとりきりでいると気がつく、あの最も冷たい瞬間に至るまで、ひとりきりでいることは僕を励まし、助けた。
だとすれば、僕と他人のあいだにはとうぜん物理的な接触も無かったというのが自然な成り行きのように思えるかもしれない。しかし実際僕はむしろそれを熱烈に望んでいたし、すすんで機会を得ようとし、成功もした。そうすることでかならず何かとんでもなく見当違いなことをしているような感覚に襲われたが、やめることはできなかった。要するにそのこんがらがり目に脚を掬われて、突然僕は転倒したのだった。接触を持たなければ孤独を思い出してしまうことも無かったはずだ。しかし実際には僕はかなりひどい怪我を負った。それからの僕は常に混乱に付きまとわれた。混乱は亡霊となって僕に憑りつき、僕はその明確な力をわが身に感じながらも、亡霊の存在を知らなかった。
二十三歳の夏のある朝、家に帰り睡眠薬を飲んでうとうとしながら日記を書いている途中、自分は大いなる混乱の只中にいて溺れていたのだと気が付いた。繭の中の白昼夢についての幻想は、ひとつの理想的なイメージだ。それは比喩的な階層においての自己認識だ。より実際的な階層に接近したとき、酸素を求めて浮上しようと水底付近でじたばた足掻き、目を白黒させている自分の姿を認識した。

たとえばここに、膨大な数の混乱を包括する、全体的混乱といえるような、抗い難い巨大な水流があるとする。その水流は僕自身と外側の世界との境界線に横たえられている。それは二者の境界線を不明瞭にして、両者の混同を引き起こしている。
混乱に対する確たる見識を得たと僕は錯覚を起こした。僕はこんなふうにまで信じ込んだ……。混乱は、認識されたあとは、徐々に収まっていく、外部との干渉によって生まれる、収束していく行程だ。取るに足らない一時的な現象だ。
僕は混乱の問題にならなさを発見した。これは決定的な分岐点であり、これから混乱は緩やかに、あるいは急速に、息を引き取る。いずれにせよ、僕は混乱に含まれていないのだから、もはや問題は問題となりえず、消え失せた。それはいまでは僕の外側にある。この認識によって僕は確信を持って歩を運びはじめることができた。混乱についての思索が最終的な段階に至った。
たしかに僕は混乱に含まれていない。
しかしその発見は決して僕を安寧へと導いてくれるものではなかった。安寧までの途上には深い溝があった。果てしなく長く大きな溝だ。そこにはただ溝だけがあり、橋はなかった。溝とはつまり僕自身のことだ。僕は溝を覗き込んだ。水が溜まっていた。廃油の浮かぶ、密度を持った、汚い水だ。僕の大半は混乱で構成されている。僕はそれなしに存立できない。僕は諦めた。
しかしひとつの救いを見出した。僕の人生自体が不可逆で、進行性で、必ず消え失せる。だからすべての混乱はとりもなおさず、僕自身の人生と足並みをそろえて収束する。いつか僕が必ず死ぬという、判り切った前提のうえで、混乱は一過性の現象として存在できる。混乱は内側にあるから、僕とともに消え失せる。僕の望みは何もかもに対して操作を加えずにあるがままの姿で放置しておくことだ。そして僕がおそれるのは自分の抱え込んだ混乱を外側に波及させてしまうことだ。

僕は部屋の中のガラクタを眺めながらまったく途方に暮れていた。精神が日の沈みかけた海岸に打ち寄せる波のように不安定に揺れ動いていた。
根本的に僕の生はつねに混乱に根差していると僕は思った。それは根拠も、方向も、目的も有していないし、欲してもいないのだ。そして意思を持っていないということは、周知のとおり、最大の不能の条件になりえる。
僕はいくつかの自分の好み、習慣、傾向に対して継続の意思を持っている。でもそこには何らの体系も存在せず、それらが僕を導いていこうとする地点にかんしては、類推することも予測することもまったく不可能だ。
未来は純然としたカオスとして僕自身の肉体に根を張っている。
僕は自分の身の行く末について、何も判らない。くわえて僕には未来にたいして操作を加える意思がない。
未来はいつなんどき猛々しく怒り狂い僕を飲み込むかもしれず、いないようでもいつもひっそりと息をしている。僕はそれに抵抗するつもりが毛頭ない。僕はある意味ではとらわれていて、彼は看守のように僕を見張っている。そんなものについて考えることに一体何の意味があるだろう? 未来についてなんて。僕の感覚では、未来について何かを語るなんて、正気の沙汰では無理なことだ。何かがわかったとしても状態がグラグラしすぎている。回答値は変動し続ける。しかしそれは故障しておらず正常だ。それが混乱であり、未来であり、つまり生命であり、死ぬまで続く。これが異常だというのならば壊れているのは僕の方だということになる。とにかく僕に関してはそう思う。

僕には今、はっきりと感じとることができる。僕は何かに支配されている。内/外的なものになのか、はっきりと目に見えるもの/曖昧なものになのか、それは判らない。手掛かりが、ほかのひとびとよりもずっと少なくしか用意されていなかったせいだ。でもとにかく、僕は何かを支配している。僕に支配されている何かは、僕を支配している。だから僕は支配され続けている。ぼくとそれは相互支配の関係で結ばれている。お互いにとって悪いことだ。完全に府のサイクルで、こんなふうに考えることはマゾヒスティックな自縛のように見える。皮膚が溶解してしまったせいで自らの輪郭線を撫で付けることができず、好ましいものを抱きしめることができない哀れな生き物のようにも見える。原因は混乱ではなかった。僕は混乱を受け入れたが、それでも決定的な変化はおとずれなかった。様々なことがらが本来の姿を取り戻し、真実が僕の眼前にあらわれた。しかしそれは決定的と呼べるほどのきっかけではなかった。
ようするに、はずれくじを引いて何年も不毛な時間を過ごした。僕は相変わらず、汲々として、ひどく取り乱している。

リュックを肩からおろして、ベッドの上に投げ出した。ジッパーを開いた。ナイト・テーブルの上に置きっぱなしにされていた蒼い摺り硝子のグラスを持って、キッチンへ向かった。床はべとべととしていた。所々にゴミが落ちていた。僕は蛇口を捻り、グラスを灰色のねっとりとした水で充たした。その場で一杯飲み干し、もう一杯注いだ。部屋に戻り、三十センチほどの大きさのジップ・ロックをリュックから取り出した。その中に詰められた十種類ほどのサプリメントと医薬品をすべて規定量どおりに取り出し、口を大きく開いて四五十錠もの錠剤を頬張った。僕はグラスの水でそれらをひといきに飲み下した。長年の悪癖によって、僕はこの作業に熟達しているのだ。多種多様の色と形をした粒がすっぽりと空っぽの胃に収まり、ゴロゴロとした異物感で突っ張ったようになった。この作業を日に何度もこなし、一日の規定量分の何倍もの量のサプリメントと医薬品を飲んでいる。効果を期待しているというよりはこの飲み下す作業を愉しんでいる気分の方が大きい。
鏡の前に立った。青白い皮膚、浮き出した血管、骨と突っ張った皮、伸びっぱなしの髪、両目は落ち窪み、生気とは正反対の方向性の活力に充ちて輝いている。誰がどう見たって不健康そのものだ。どちらかといえば狂気にちかいみてくれなのかもしれない。でも僕はまったくの正気だ。なぜなら、健康に見られることも健康自体も求めていないからだ。そしてもちろん、不健康にみられることも不健康になることも求めていない。僕は至って普通だ。あるいはすこしも普通じゃないかもしれない。だがどうだっていい。自分のことにさえ興味を持続できない。誰もが自由に好きなことを思ってくれればいちばんいいと僕は思う。
数多のサプリメントに付随する、数多の効果の中にこそ、僕は存在している。たぶん。すくなくとも、こと身体的なものに関しては完全にそうだ。すべての美しいものや、悲惨なものが言葉の断片、映像の断片、記憶の断片、感覚の断片の中に、かならず存在しているのと同じように。僕の世界では、僕の持ちうるすべての要素は、さまざまな個別の部分部分のはるかな積み重ねとして、全体がなっている。
それぞれの部分をまとめる核の部分に拡がっているものは、空っぽの空虚だ。そこには何もない。何もないことが、存在たちを統率している。そしてそれこそ僕の世界の実態だ。
だから僕は貪欲で怠惰そのものだが、ほんとうのところ、僕自身は何も求めていない。求めるのは各部分だ。
各部分が、統率者たるその空洞に、供物をそなえる。僕は空洞を崇め、祭儀を執り行う。
空洞はただただ空洞なので、供物を受容することしかできない。空洞は何も求めていない。そして、求めないでいようともしていない。
僕の中の空洞以外の部分は、つまり存在する僕自身は、断片化された部分としてしか、存在できない。永遠に。だから全体的なことに興味を抱いていない。
僕は、いや僕たちは、何もかもおかまいなしに、供物を空洞で血祭りにあげる。空洞は僕を許容し、僕は空洞に依存している。そして供物は、僕自身の血肉だ。僕の生首だ……。
その血なまぐさい空洞に突き当たり、根本的に何も求めることのできない、本来の自分の姿を発見した。そこで驚きや失望とともに、体温の無い安らぎを感じた。安寧までもうひと息かもしれない。ようやく何者かでいなければならないという命令法の呪縛を振り切ることができた。いまや僕は望み、求めることの不能者だ。しかし各部分に求められたことを、着実に、迷いなく行うように作られている。空洞を媒介して、僕の各部分のうちある一群が何かを欲し、また別のある一群がそれを手に入れられる。そして最終的にそれは空洞に捧げられる。僕の意識が空洞に至るとき、僕は何も感じない。僕は今後も生活を継続し、もし具合が良ければ、発展させていく意志を持っている。僕の分裂したうちのいくつかの部分が、それを希求しているからだ。空洞以外の部分の要請に従って、生活を継続する。

ゴツゴツした形の白い食物繊維のサプリメントが喉咽に引っ掛かり、僕はむせた。
僕は普段少量のチョコレートやスナック菓子を除けば、必要に迫られない限り、つまり殆んどの日は食事らしい食事を一切取らない。だからこれを飲まなければ便秘に苛まれることになる。しかも食物繊維は他のサプリメントに含有された成分が小腸から吸収されるための手助けにもなる。まったく素晴らしいしろものだが、一回分の服用量が多いことが玉に瑕で、時々こうして喉に引っかかる。この有効成分を何ら含んでいない食物繊維の錠剤が一服分のうちで最も錠剤数が多いというのは皮肉な話だ。
僕は本棚の上に置かれた赤色のメガネケースを開き、その中から二三個のボタンをしまうことができる程度の大きさのビニール・パッケージを取り出した。
あとはたたんで糊面を舐めて巻いてしまえば完成という状態で、ナイト・テーブルの上に放置されていた手巻き煙草のシャグの上に、その青臭いパッケージの中身をバランスよく散らしていった。それから大きい塊を指でさらに細かくほぐした。すえたような青臭い砕いたマリファナの匂いは僕の鼻孔を充たし、手際よく渋滞した意識を占拠してとても気楽な気分にいざなった。僕は何の呵責も留保も判断もなく、純粋に動作のことだけを意識しながら、ジョイント(マリファナ煙草)を巻き、丁寧に愛撫するように火を点けた。僕は実にリラックスしていた。吐き出した。僕はひとりでにやりと笑った。そして何にともなく頷いた。

するとまさにというタイミングで、外側からドアが開かれ、僕の部屋に女が入ってきた、黒いハイカットのコンバースを脱いで揃えて玄関に置く音が聞こえた。その後にドアがわざとらしく金属音を立ててばたりとしまった。かぶりをあげ、僕は彼女が帰ってきたことを理解した。彼女は何と言うだろう? 室内はマリファナの臭いで充満している。だがさいわいにして、もはや彼女に対して恐れを抱くことはない。僕が怖いのは何かをおそれたがために、僕の錯乱に他人を巻き込んでしまうことだけだから。僕は愉快な気分のときには何も怖いと感じない。フローリングの上にハサミが落ちている。僕はそれを見つめながらジョイントを揉み消し、ベッドに入って、を開き、Bluetoothでスピーカーに接続し、ビル・エヴァンストリオのあるアルバムを再生した。そして読みかけの小説を開いた。しばらくするとうとうとしてきて、そのまま眠りについた。目覚めると自分がはさみを握り締めて眠っていたことを知った。

「昨晩眠る前マリファナを吸った?」彼女は焦げ目だらけで炭のようになるまで焼かれたトーストに柚子のジャムを塗りつけながら訊ねた。その一風変わった焼き方は彼女のこだわりだった。彼女の赤らんだ熱っぽい、ぼんやりとした視線は、興味なさげにテレビ画面の上に注がれていた。キャスターの沈鬱な表情が、地方都市の中学生が自殺した事件の捜査の進展具合についてのニュースを読み終えた後、ふとした間をおいてから、柔和な笑顔に変わった。そして日本人メジャーリーガーたちの今日行われた試合での活躍についてのニュースを読み始めた。半開きのカーテンからは、六月下旬の曇り空のうんざりさせられる湿っぽい光が転がり込んできて、部屋じゅうを這いずり回り、むしろ影のように彼女の顔や手に落ちかかっていた。「ああ」僕は投げやりに答えた。
「何故?」
「吸いたかったから。理由なんてないさ」
「くだらない。馬鹿じゃないの?」と彼女はニヤニヤしながら言った「ガキみたい」
僕はその言葉に腹を立てたが、ひと睨みして舌打ちをした以外、何も言い返さなかった。彼女は僕に睨まれながらも、顔に薄ら笑いを浮かべて、侮蔑的な声音で笑っていた。僕は無視して、メガネケースからマリファナの入ったパッケージを取出し、ひとつまみ分をガラスパイプに載せて、燃やした。

「君に関係ないだろう?」と僕は玄関に立って出掛けていこうとする彼女の背中に向かってはっきりと言い放った。
「当たり前じゃない」彼女は振り返らずガチャンとドアを締めた「関係あるとでも言ってほしかった?」とドアの向こう側から抑揚のない声音が聞こえた。僕はドアを思い切り蹴っ飛ばして鍵を締めた。
「ねえ」となおも扉の向こう側で彼女は言った。
「早く行けよ! 馬鹿」と僕は怒鳴った。
「どうして鋏なんて持って寝てたの? 大切に五歳の子供がぬいぐるみ抱き締めるみたいに、鋏を抱き締めて眠ってたの何で? どうでもいいけど気持ちの悪いことをしないで」

僕は「しばらく帰らない」「どこか遠くへ行く」「探しても無駄だ」と洗面所の壁に油性インクペンで書き残し、五六冊の適当な文庫本と、財布と、煙草容れのポーチ、各種安定剤とサプリメント、マリファナの入ったメガネケース、鋏と、それからとりあえず三日分の着替えをリュックサックに詰め込んで出掛けた。もう二度とはこの部屋に帰ってこないことを何かに祈りたい気分だったが、あいにく僕はどのような種類の神の存在も信じられなくなっていた。僕は自分が慢性的に磨り減っているように感じた。そして逃げ出した。方法にかけてみるしかない。僕が吸い寄せられていく方向にはつねに同じ球が存在しているが、それは、きわめて単純な単一の原理だ。つまり、具体的なある一つの方法。

僕は最寄の駅から、鈍行と特別快速を乗り継いで新宿駅まで出た。ホームに立ち尽くして少し考えてから、改札を通過した。するとすぐに凄まじい人混みのせいで、肉体感覚がぼやけ、精神が虚ろになってきた。学生、会社員、フリーター、チンピラ、老人、子供、警察官、乞食。男と女、年寄と若者。数多の類型。路上喫煙スペースで煙草を吸ったが、すぐにもみ消して立ち去った。街中が臭くて最悪の気分になった。何を眺めても、何を考えても、信じがたいほど詰まらない気分だった。今朝のマリファナの酔いが、まだ少し残っていたが、体が何となく気だるく感じられるだけだった。ますますつまらなくて、もう一度吸うか、そうじゃなければはやくしらふになりたかった。少し歩き、三階建のマクドナルドに入店した。Lサイズのポテトと、チーズバーガーを買って、すこし遅い昼食を摂った。イライラしているせいか、不自然に食欲に充ちていた。店内では誰もが大声で怒鳴り合っていた。もしこの背景を舞台セットのように取り除いてしまうことができたなら、異様な光景に様変わりしたはずだろう。しかしマクドナルドの店内装飾と、彼らの怒鳴り合う声は、見事に調和していた。僕は食べ終わってからもしばらくそれを眺めた。実に素晴らしい光景を僕は満足するまで堪能した。たくさんの人々が出入りしたが、皆、店内の別の誰かに必ず似ていた。僕もこの中の誰かに似ているのだろう、きっと。その後リカー・ショップに立ち寄り、チリ産の赤ワインを二本買ったあとで、もうこれ以上用はないと思い、東海道線のくだり方面の電車に乗った。

鈍行列車の車窓から眺められる景色は、延々と変化の兆しさえみせないまま、死んだように続いた。積み木のような小さな家屋やアパートが、太陽を照り返し、陰気な濃い陰をつくり、密集している。空は縮こまり、木々は息苦しそうに喘ぐ。誰も彼もが眉を潜め、肩を怒らせている。僕は仕方なく、目下を見おろしてみた。そして周囲をぐるりと眺め、頭上を仰いだ。
僕の周りでは滞りなくいろいろな種類の空間が数知れず存在し、膨張・拡大を継続していた。僕のうんざりした気持、溢れ出さんばかりの高揚感、その端緒、根源、実態、結果。それが空間――僕の認識する諸々の空間。
それらの組合せのヴァリエーションの多様さもまた、数知れなかった。それは完璧な闇のなかで蠢く生態系であり、底なしの深淵の構造をかたちづくっている。胸がすごく厭な感じになった。できることならばそんなことについて何も想像したくなかった。しかしそれでも飛び込んできて、目を遣る場がなかった。僕としても節操とかいうものを全然持ち合わせていなかったから、空間を覗き込むことをやめられなかった。
これで、いわゆるお互いさまだ。僕は糞ったれと胸の裡で呟いた。
のどが渇いたので、リュックからワインを取り出した。車両は県境を越えて、神奈川県を出て静岡県に入ったあたりで、車内は閑散としてきていた。さいわいワインの栓はスクリューキャップであった。僕にはコルク抜きを持ち歩く習慣はない。以前はコルク抜きのついた十徳ナイフを携帯していた。でも一度ひょんなことから警察から職務質問をされたときに、そのせいで少少面倒くさいことに巻き込まれ時間と手間を食われた。だからそのナイフはキッチンの棚に閉まっておくことにした。
いまでも外出先でしばしばコルク栓の嵌まったワインを買ってしまって、悪戦苦闘することになる。また確認をせずに買ったが、すんなりと開けることができた。僕は今ついているのかもしれない。
瓶に直接口を付けて飲み下した。ぬるくてちっとも味を感じない。プラスチックをなめているようだった。よけいに喉が渇いた。
不快な気分のせいで、思考が止まらず、僕はふたたび空間について思いを巡らせた。
空間の組み合わせについて。
どのような空間もが、どのような空間とも、関連・接着・連絡・融和しうる。
僕はつねにかならず空間にとらわれているが、それらの空間の組み合わせはきりがなく、だから僕の運ばれていくところについて、僕は一切の予測を立てられない。確かに彼らの遠慮の無さには目を瞠るものがあるみたいだ。
無秩序はすなわち秩序と化し、彼らは限界を欲しておらず、限界の外の地平を常に目指してひたすら行進する――膨張しながら。僕の耳鳴が止まず、重度の不眠症に苛まれた十数年は――この数字は今後も更新され続ける――きっとそのためだろう。
空間の問題点は、未来のそれと全く同じだ。
僕は時間間隔を失い、方向感覚も失った。最終的に、みずから眼球を刳り貫き、鼓膜を切取り去る以外に、生き残る術はないのかも知れない。死者たちは視界のどこかで常に僕を手招きし、墓穴は空間の隅の至るところで口を開けて待っている……。

いや、間違いないだろうね。
絶対に、生き残る術は自殺しかないのだろう。あえて言い切っておこうと思う。なぜなら自殺は純粋に方法だからだ。自殺へと向かう一本の鋭い線の途上でのみ、僕は真の意味で生命になれる。唯一の出口へと向かうとき、僕は世界を愛することができるのだろう。
こういった気分でいられる時間は、僕にとってとても貴重だった。僕はもう一度ワインの瓶に口を付けた。今度は腐ったブドウの味を感じ、安い添加アルコールと防腐剤の匂いを感じられた。とはいえ、これにしてもあくまで最終的な方法だ。せめて愉しみは残しておこう。

やはり、方法だけが僕を救済しえる。それがどのような形の方法であるにせよ。どれほど稚拙ででたらめで強引な方法であろうとも。
僕の見立てでは、実際、方法以外に頼りになるものは――嘆くべきことだけれど――この世をどこまで見渡しても存在しない。
僕は海を眺めることが何にも増して好きだ。
自然の造形物の神秘は完璧に素晴らしい。ここには複雑な判断力を必要とされる要素は少しもない。五感すべてがひとつとなって、それを感じる。どこからどこまでも、どこを切り取っても美しく、瞑想的だ。
しかし、白い光の飛び散る水平線の向こう側にも、やはり救済は隠されていなかった。それはただ美しいだけだった。それ以外の意味をもたせれば、一瞬でただの舞台セットのハリボテと化してしまう。

方法こそが唯一の道であって、方法以外は全部不感症のふにゃちんだ。
方法は方法的であればある方がいい。
方法的であるということはより初歩的だったり、より原始的であるということまで含めた意味だ。生まれたての純粋無垢な、「方法的方法」、方法の中の方法だけが、膨れ上がる恥知らずの空間どもを制圧して潰滅させることができる。
むしろそうでなくてはいけない。最終的な段階に限りなく近接しつつある現代においては、よりいっそうそうでなければいけないと思う。

僕はリュックサックにワインを閉まった。既に半分以上空いていた。僕は頭痛を感じ始めていた。
「最終的な段階」とは一体なんのことだろう? 僕にはさっぱり判らなかった。
明らかに頭が重たくなっていた。だから僕は読み掛けの文庫本を読むことにした。バルザックだ。もう一ヶ月以上読んでいるが、一向に読み終わらない。うんざりする。僕は本を別のものに変えた。まだ一ページも読んでいない新しい本だ。今度は集中力を発揮できた。僕は一息に読み終え(比較的短い本だった)、もう一度バルザックをひらいたが、二三ページ読んで閉じた。
代わりにキャンパスノートを開いた。文章を書こうと思ったがまとまった言葉は出てこなかった。言語野は酷使されて疲労していた。最終的に僕は何通か挟まっていた手紙のうちの一通を選び、読みはじめた。まったく予期せぬ手紙だった。

「……ユングは無意識が意識の制約のもとにない状態の人間として、未開人を持ち出して語ります。未開人の心理にとって、外的な事象は、そのまま自らの心理状態と同じです。
未開人には、外的な事象と自らを分けて考えることはできません。自己という認識がないがゆえです。ユングの報告によれば、二十世紀初頭のあるネイティブアメリカンの部族の首長に行ったインタビューの中で、その首長の老いた男は太陽を自分とを同一視していました。太陽と繋がっている……それは当時の彼らのグループの中での標準的な価値観でした。これが無意識の極限です。はたして私たちはどこまで行ってもこのようになることはありません。そのためにはもう手遅れです。社会の様相、教育、歴史、そういったものごとが私たちに意識を与え、私たちは自己を客観的に眺め、他者との比較として考えるすべを得ました。

さてヨーロッパの発展の歴史は、意識の明確化の歩みとともにあるといえます。それは自我の限りない強化への道という面を多分に含んでいます。
19世紀の末にフランスで出版されたモーリス・バレスの「自我礼賛」という長編小説を知っていますか? 自己の獲得、自由の精神の賛美をテーマに敷かれた長編小説です。
その第一部の題は「蛮族の目の下で」とあります。
意識が未分化の未開人の無垢の瞳は、ヨーロッパ人の彼らが獲得してまだ日の浅い強固な自我を脅かし、おびただしい拒絶感を呼び起こすのにじゅうぶんなものでした。その裏側には無意識への根源的な恐怖があるように思えます。理性や論理性は半ば神格化され、人間を人間たらしめるために必要不可欠な条件として、高度な社会や成熟した倫理観、洗練された価値基準を生み出しました。そしてそれは同時に植民地主義政策や行き過ぎた啓蒙思想という愚かな事態をも招きました。ユングの思考はその反省の上に立っています。

私たちのこの意識は、無意識を必ずしも抑圧するわけではありません。無意識の働きかけに従って意識が働くこともあるし、その逆もあるのです。正確にいえば、根本的に無意識は抑圧することができないのです。抑圧しようという働きによって、無意識の働きはさらに強まることになります。
そこには程度問題であるという面があります。意識のないこころ、未開人の心理はつねに外的な事象を反映する鏡であり、外的な事象はそのまま未開人のこころです。夜の闇は悪霊のはびこる恐怖の空間であり、太陽はすべてを与える生命の源です。彼らにとって太陽を崇拝する儀式はすなわち自己を崇めているのだ、とユングは言っています。しかし私たちのこころにはもはや意識があまりにもしっかりと根ざしていて、それはどれほど取り去ろうと願っても難しいです。私は思うのですが、取り去ろうとすることがそもそも意識の仕事なのですね。
そして意識と無意識の相互関係が根本的なものなのかというと、そうではないんじゃないかな、と私は思います。なぜなら意識を取り去ったとしても無意識は依然として残るからです。未開人の心理を紐解けば明らかなように。
しかし意識は、意識以外の部分がなければ存在できません。意識はそれから生まれたからです。意識は無意識の後ろ盾のもとに成立しているのです。それらの関係性は、背景と事物という関係性の中で、動的なエネルギーとしてうごめいています。それゆえに静的に図式的に捉えることは、本質を見誤ることに繋がります。

意識が停止することを心的退行と呼びます。このときエネルギーは逆流し、無意識のもとに注がれます。しかしやがてふたたび意識に還り、新たなエネルギーが生まれます。……」

僕はこのずっと昔に彼女から受け取った手紙を読み返しながら、手紙の内容よりもむしろ彼女のことや彼女に関係する事物について思い出していた。ユングの言葉を借りるならば、まさしく心的退行だ。
僕と彼女はある時期、熱心にユングやフロイト、精神分析派の心理学者の著書を読み漁った。僕たちは心理学のゼミの同期生だった。僕たちはともに、自分自身という不可解な深い井戸についてとてもつよい興味を持っていた。だからこそ僕たちはおおいにその熱狂に浴し、昼夜を忘れて意識や自我について思索した。自己分析を幾度も試みた。そうしている間は根本的な問題を忘れ去ることができた。
それは学問ではなく、実際的な方法だった。少なくとも僕にはそう見えた。つまり僕はそこに惹かれたのだ。
そしてずいぶんと無駄な時間を過ごした。そして最終的に判ったことは、どれほど自己療養を行おうとも一時的な気休めにしかならない理由は自分が生来的に修復不可能な欠陥を負っているからだ、ということだけだった。
ともあれこれほど厄介な慰み物はない。一度その道を通った人間は、その不毛さやくだらなさを実感したあとでさえ、二度と元には戻れない。一生を通じて、油断をするとすぐに精神分析を通して物事を考える癖がついて脳から離れなくなってしまう。
辿り着く先は(生きていれば)自己嫌悪か妄執か、どちらか一つだろう。彼女は後者に脚を掬われ、僕は前者と後者の両方の虜になった。

僕は横浜駅でホームに降り、一度改札を出て精算をしてから、自動券売機で浜松までの切符を買って、新幹線に乗り換えた。十五時五分初の「のぞみ」を待ちながら、電光掲示板に目をやった僕は、つい先刻、新宿で通り魔事件が発生したことを知った。ちょうど自分が新宿駅の近辺を当てもなく歩いていた時間帯だ。どうりでやけに街が慌ただしく人々が殺気立って見えたわけだと僕は納得した。少しゾッとして、脇から嫌な汗を掻いた。だが同時に、やはり街はいつもどおりだったし、こんなことはいつものことだという気もした。

浜松につくと、駅前のタリーズに入ってアイスコーヒー注文し、リナに電話を掛けた。彼女はすぐに応答した。「どうしたの?」
「こちらこそどうしたのかきかせてほしいな。君がこんな時間に掛けて出るなんて」
彼女はあくびをして「仕事をやめたんだ」と眠たげな声で言った。後ろで音楽が鳴っているのが聴こえるが何の曲かまでは聴き取れない。僕は彼女の辞めた仕事の愚痴をしばらく聞いた。
「いまは毎日何をしているの?」と僕は訊いた。
「何も。映画を観るか、音楽聴いて寝ているだけ。きみは?」
「おおむね同じ。かろうじて気絶してないという程度にすぎない。今どこにいると思う?」
「どこなの?」と彼女が聞き返した。
「マラケシュ」
「そんなところで一体何をしているの?」
「物乞いだよ」
「景気はどう?」
「素晴らしいよ。毎日ハシシをバナナ買うみたいに買ってるんだ。最高に楽しいよ」
「いつまでいるの?」リナは聞いた「ずっとそんなことしてるわけにもいかないでしょう」
「さあね」僕はこたえた「あと一年くらいすれば、日本に帰るチケットを買えるくらいのディルハムが貯まるはずさ」
「ディルハムって?」
「モロッコの通貨。ねえ、何か面白い映画はあった?」
「あったよ。エルトポという映画。」
「いいね。今から観ないか?」
「エルトポ?」
「うん。僕は今本当は浜松駅にいるんだ」

僕たちは合流したあと、リナの家まで歩きながらしりとりをした。僕は途中で飽きて、ヤカンと言ってしりとりを終わらせた。コンビニに寄って買い物をした。僕とリナはフラニドラゼパムを二シート分、テキーラと一緒に飲み下した。誤飲防止のインクの混ざった睡眠薬で胃壁を真っ青に染め、肺が緑色になるまでマリファナを吸い込み、ツタヤで借りてきた「エルトポ」を観ながらセックスをした。「首を絞めて!」と彼女は叫んだ。「もっと噛んで!」とも。僕は言われたとおりにしたり、無視したりしたが、どちらにしても彼女の性的興奮は収まらなかった。僕と彼女は繋がったままエクレアを食べさせ合った。画面の中ではアレハンドロ・ホドロフスキーが怒り、嘆き、喜び、おおいに語っていた。彼は本物の生きている人間だった。スクリーンの中の荒唐無稽な虚構は、現実よりもずっといきいきとして、現実らしく見えた。彼は無垢なる赤い血を流していて、僕はまったくの無傷だった。一方で僕は彼女にたくさんのあざをつけたが、彼女は服を脱がす前からあざだらけだった。しかしそんなことは僕にとってどうでもよかった。僕に重要なのは生きている人間の血、ホドロフスキーのあたたかくあかい心臓だった。
僕は三回射精をして、水道水をくじらのように飲んでから眠った。

翌朝シラフで目を覚ますと、僕は服を着ていなかった。すぐに探したがパンツだけが見つからなかった。リナは何処かへ出掛けてしまったようだった。コーヒーを淹れて飲んでいると、机の上に置かれた小さな紙片の書き置きを見つけた。
そこにはリナの字で、夕飯の材料の買出しにスーパーマーケットまで行ってくるので適当に待っていてほしい、と書きつけてあった。その字はピンク色の水性ボールペンで書かれていた。
僕はこの世のありとあらゆるものすべてが救い難くくだらないか、さもなければこの世で自分ただひとりだけが救い難くくだらないと感じた。それを読んでしまった僕は仕方なく裸のままジーンズを履き、ベルトをしてティーシャツを頭から被った。そして何度も小さな溜息を付きながら、ひとつまみ分のマリファナをタバコの葉とともに巻いた。

テレビをつけると、殆んどのチャンネルで、昨日の夕方の通り魔事件についての報道がされていた。犯人は僕より二つ歳下の男で、小劇団に所属しているフリーターだということだった。精神科医のコメンテーターが、その情報を事件自体と何か関係のあるものとして結び付けることに躍起になっていた。僕にはそんなことはてんでナンセンスだとしか思えなかった。しかし、それが労働をするということなのだろう。どんどん無駄な仕事を増やすことを、経済は貪欲に要求している。彼はそれにこたえているだけだ。犯人の男の写真を僕は観た。鼠のような顔をして無精髭を生やし、嫌な感じに幼く薄汚い顔をして、目だけがギラリと光っていた。僕はテレビを消し、服を探してリナの家を立ち去ることにした。日はまだ高く、セミの鳴き声がわずかに聞こえた。

街路灯が立ち並ぶ仄暗い夜の闇の底から、ぬらぬらとパトカーの姿が浮かび上がってきた。僕はいじめられて怯えきった子どものように身体が震えそうになるのを堪えた。地方都市のはずれに特有の陰気臭い雰囲気の渋滞しているうらぶれた街道に沿って歩いていた。脳味噌まで濡れてしまったようにひどくじめじめと感じる夜だった。
一体僕は何に対してこれほどびくびくしている? 警察に対して後ろめたく感じなければならないようなことはなにもしていないし、たとえ鞄の中を検分されたにせよ見つかってはいけないものなどひとつたりとも持っていないんだ。僕は虚偽の事実を自分に何度も言い聞かせた。夜道を亡霊のように歩いている自分の姿をパトカーから映している架空のカメラの視点で思い浮かべ、無実のイメージとその姿を重ね合わせようとした。どうしてもうまくいかなかった。ひどくみじめな気持になった。そのためには僕の姿はあまりにくたびれていたし、たぶん見るからに怪しかった。
考えてみれば実際にパトカーにはドライヴ・レコーダーが取り付けられているだろう。僕は発生した時点で自分の手元にはなくさらに遠くへと離れていく自分の映像のことを思った。それは誰にとってなんの意味も持たないまま保存される。目的はあるにせよ、たいした目的じゃない。たぶん再生されることは永遠にない。そういった種類のデータがこの世界には実際に存在する。それも膨大に。それがなにかのメタファーになるか考えようかと迷ってやめた。気休めになっても後々暗い気持ちになると思ったからだ。やがて街路灯の明かりの真下で完全に姿を現した車両は、そもそもパトカーではなかった。どこにでもありふれたただの銀色の軽自動車だった。視覚情報の認知機能が低下しているか、そのための回路が歪められているか、もしくはその両方か。どうやら僕は疲れているようだ。夕方まで寝ていたにも関わらず、いやそのせいなのかもしれないが、とにかく疲れるようなことなんてなにもしていない。そういった生活が人間を致命的に消耗させることを僕はよく承知していたが、抜け出す方法がわからなかった。きっかけが空から降ってくるように現れるのを待っていたが、そういう態度の人間になにかが与えられることはまずないのだ。はっきりいってどん詰まりだ。宇宙規模で肥大した自意識によって呼吸がままならない。軽自動車は、頭の働きが鈍い動物のようにゆっくりと視界から消えていったが、みじめな気持はべっとりと胸に貼りついたまま拭い去ることができなかった。

浜松駅の駅前まで歩を運び、僕は自動販売機で200円のエナジードリンクを買った。滑稽だな、と思った。こんなところで名ばかりの栄養を補給して、一体なにに使おうというのだろう? ロータリーに向かい歩きながら、駅から出てくるまばらな人波を眺めた。彼らの殆んど全員が下を向いて歩いていて、そうではない人は僕と目が合うと変な角度に首を曲げて違う僕はところを見ながら歩き去っていった。こんな田舎でもきちんと他人の歩いている姿を見られることが物珍しく感じて、あまりにじろじろ見過ぎている自分に気がついた。何故だか僕はまたみじめな気持になった。
広場に備え付けられたベンチに座り、リュックサックの中からヘッド・フォンを取り取り出して装着した。エレキギターの煌めく音に合わせて、仄明るい夜空にぼんやりとした光の筋が爆発しながら走るように見えた。視線を落として駅の方を見た。視界がぎらぎらと渦巻いていて、頭には突発的な集中力が満ちていた。
改札が見えた。このまま電車に乗ってどこかへ出掛けよう。いいタイミングだ。僕はそう考えた。一時的なものにせよみじめな気持ちが消え失せていた。それを持続させるためには何か必然的な抗い難い感情にのっとった行動が必要だった。それは速度を持った物質的な移動の中にあるのだと思った。ベンチから立ち上がり、だがすぐにまた座った。なにか得体の知れたいものが闇の中から手を伸ばし、立ち上がった僕を再び座らせたのだ。アイフォンが振動した。リナからの着信だった。

僕は決して乗り物酔いをしない子供だった。乗り物に乗るのはただでさえエキサイティングな幼い子供の日々の日常のうちでも、何に比しても劣らないほどエキサイティングだったし(僕は飛行機を最も好んでいた)、それによって苦痛を感じさせられた記憶はない。家族の意見もだいたいそのとおりで、どちらにしても信憑性はすくないものの、実際のところ、たぶんそのとおりだったのだろう。僕は車や船に乗って吐き気を訴える大人や子供のことがさっぱり理解できなかった。何がそんなに苦しいのだろう? 乗り物酔いとは言うけれど、酔いとは一体何なのことだろう? 僕は柱の周りを内側に向きながら走って回転したり、回転椅子に内向きに跨がって足で勢いをつけて回転したりして、常習的に酔いを得ていた。しかしそれが酔いだとは理解できなかった。経験が不足していたからだ。しかし感覚的にはすべてを理解していた。
地球はつねに回転している。我々はその宇宙規模の回転に酔いしれ、つねに吐き気をもよおし、絶え間なく目眩を感じている。僕にはそれが判っていた。だが殆んどの人間にはそれが決して判らない。十八歳の夏のある日、シャルル・ド・ボードレールの詩集の一節のなかに、考えてはいたが未熟さ故に言葉にできなかった言葉が記されているのを見つけて、我々が全員酔っ払いなのだと理解した。するとどうしてこんなにも混乱に満ちているのだろうかと考えていた世界のことを、それで当然だと感じるようになった。その詩にはこうある。

「いつも酔っていることがかんじんだ。すべてがそこにある。これこそただひとつの問題なのだ。君の肩に食い込み、君を地面に向かって傾けさせるときの重荷を感じずにいるためには、休みなく酔っていなければいけない。……
……風に向かって、波に向かって、星に向かって、鳥に向かって、時計に向かって、すなわちすべての逃げ行くもの、すべてのうなりたてるもの、すべての旋回するもの、すべての歌うもの、すべてのしゃべるものに向かって問いかけてみたまえ、“今は何時だ”と。すると風や波や星や鳥や時計たちは、君にこう答えるだろう。“酔うべきときだ”と。時に虐げられた奴隷にならないために、酔っていたまえ。間断なく酔っていたまえ。ワインでも、詩でも、あるいは勇気でも、君の好きなもので。」

この詩ははじめ明らかに過剰に見えたが、僕を慰めた。そしてやがて僕はそれを真実なのだと考えるようになった。そして自分を慰めるために過剰に振る舞ったが、やがてあらゆる面でめちゃくちゃになった。過剰に振舞うことは僕にとり、数ある有用な方法の中でもっとも性的だった。過剰さはすべての意味で神話であった。激烈な抗議であり、もっとも愛すべき趣味であり、実際的な手段だった。そこに全ての実利と幻想が一点に集約していることを発見して、しばらく口も聞けないほど落ち込んだ。そしてそれから気が狂ったようにその方法にすがった。過剰さを常に身に着け手放さないまま世界との接続を保つことは、ごく方法的な方法だった。エンジンを踏みっぱなしにしておけば、それでいい。ハンドルは不要だ。これまで試行錯誤を繰り返してきたさまざまな方法の利点を包括しうる、もっとも画期的で、驚嘆すべき方法だ。僕は再び生命を与えられた。ありとあらゆる力を取り戻した。しかし、苦しみを望む奴隷たちは行進をやめなかった。過剰に振舞うことは、いくつかの修正不可能な欠陥を抱えていた。それは文字通り致命的な欠陥だったので、僕はそれを諦めざるをえなかった。僕はまだ死にきれなかったのだ。緩慢な死を僕は恐れた。しかし僕はいよいよ本性に還ろうと思う。
過剰さは危険そのものだ。それにもかかわらず僕の生き抜くための技術として、過剰さを纏うことは一番手っ取り早く、かつもっとも効果の大きい時間稼ぎであり続けている。それはひとつのしるしとして僕の生活に色濃く刻まれている。このしるしは普通他のひとびとには見えないが、判る人間にはひと目で見破られてしまうし、誰もが長く見ていれば見えてくる。ただそのしるしのせいで僕はさまざまな空間から、世界から弾き出されたわけではない。僕は自ら退出したのだ。そしてまさにしるしはそのことを示している。
僕にはいつまでたっても概数計算の答えを導き出すことができなかった。概数とは一般的な生活のことであり、その答えとは、まっとうな社会の営みだ。社会という巨大な生き物の、そのありようというものが僕には全然判らなかった。こうあるべきだという世界については考えられても、どうしてもそのあるがままの姿というものを理解できなかった。僕はそれだけが知りたかった。どんな計算をする場合にも確実に言えることだが、たとえどれだけ複雑難解な方程式の数々を暗唱できたとしても、そこに与えられるべき値が判らない限り、永久に答えは出ない。頭の中に詰まった、無数のぜんまい仕掛けのガラクタが吐き出す濃密な粉塵を含んだ煙を眼前にして、僕は茫然自失になった。新しい答えが必要だった。それが正解かどうかということはもはやどうでもよかった。刻一刻、莫大な人間と、複雑な資材と、大雑把な概念が、自動増殖を間断なく続けている広大無辺なこの世界において、どれだけ賢明になろうとも正確な回答を得られるはずがないのだから。それはようやく得られたと思った瞬間に、がらくたに様変わりする。誰かのせいじゃない。そしてたぶん僕のせいでもないのだろう。結論を急ぎ過ぎるのは辞めておこうと思う。僕のよくない癖だ。焦る必要のあることはたぶんとても少ない。焦ったことがいい結果をもたらしたことは一度もなかった。

こんなふうに僕は長い間、まるで回収期限をとうに過ぎてしまった欠陥品になってしまったような気分がしていた。そして僕はいよいよ本性に還ろうと思いいたったのだ。
僕は兆しを求めた。だが諦めて、次は兆しを待った。兆しはやってこなかった。だから僕は兆しを信じた。しかし兆しは答えなかった。もう一度、僕は兆しを求めた……。そして僕は遂に兆しを見つけた。

僕はその方向へ一目散に駆けていった。それはとても鮮やかな兆しだった。僕の胸を切り裂き、バラバラにした。僕は夢中になった。たくさんの言葉を聞いた。一生かけても理解しきれないほどの量を。やがて世界は僕に向けて語り掛けはじめた。

僕は雷に打たれた。突如として。
そのあと、ギシギシと身震いをして、偉大な運命の輪は廻りだした。歯車の轟音が、僕の耳殻を破壊した。一瞬のうちに、僕は聾におとしめられた。そしてすべてが聞こえるようになった。運命の黄金色の天鵞絨の指先が、官能的に皮膚を撫で付け、僕の心身に、陶酔感をともなう恐慌をもたらした。僕の目はつぶれ、開いた。僕にはなすすべがなかった。世界はこうして、秘密を公開し、僕を中心にして回転していることを今一度明らかにした。衝撃波は、心臓を興奮の坩堝に巻き込んだ。とてもとても深く。僕は祝福にあずかった。かつて自分に対し、これほどの親密感を抱いたことはなかった。言語に拘泥する時間はいっときも残されていない。確信をもって、すべての冗長さを放棄しようと思う。難しいことではないはずだ。この盛大な祭儀の犠牲として、咽喉を切り裂かれ、内臓を掻き出されるために、ピラミッドの階段を一段ずつ上っていけばいいだけのことだ。今後の僕は、他人とじぶんに対し、何ひとつ本当のことを語ることができないだろう。なぜなら、伝達の手段として言語に一切の信頼を抱けなくなってしまったからだ。もし本当のことを言ってしまえば、何もかも水の泡に還ってしまう。海の底の物静かで賢明な貝たちは死に絶えてしまう。この文章に記されている言葉は事実を語るための言葉ではない。これは殆んど霊的交感だ。内容の伝達ではなく、転写を目的としている。脈絡は途絶し、関係性は破綻した。僕は行き先を定め、宿を決め、すべての準備を整え、意気軒昂とし、深い眠りについていた。それがたった今まさに目が覚めたのだ。千年間眠っていた気分だ。
そして僕はいままさに、自分が本当の夢のなかにいることを知った。千年ぶりに眠りについた。

僕は振り返り、彼女の髪を見た。
ひと目で彼女だと判った。あまりにすばやく判断が下されたせいで理解は追いつかなかった。僕は今すれ違った女が紛れもなく彼女であると自分が判っていることに気が付けなかった。
しばらくのあいだ、金縛りにあったようにJR藤沢駅のホームに立ち尽くした。視線がピンでとめたように動かなくなってしまった。だが理由は全くの謎に包まれていた。

彼女は改札口へと向かうエスカレーターに乗り込んだ。胸に肉体的な痛みを感じて、僕は困惑した。あの女の背中は? あそこに何がある?
唐突に彼女のイメージがほとばしった。
それは脳を介さず直接肉体に降り注ぎ、死んでいた神経に染み込んだ。
彼女の出現は真昼間の啓示のように僕を貫いた。僕は何もかもを一瞬のうちに思い出した。彼女の名前をそっと僕はつぶやいた。誰にも悟られないように。
僕の胸からは、ごうごうと大量の血液が溢れ出しはじめていた。それは人々が踏みつけている町の地面をべっとりと濡らして、見渡す限りを朱に染めていった。行交う人々が皆オアシスの椰子の木々のように変貌した。それはすばらしくあざやかな邂逅だった。ほとんど歴史的と言っていいほどだった。彼女の髪には緩やかなウェーブのパーマがあてられていたが、髪型自体は最後に会った日から全く変わっていないように見えた。彼女の髪型は五年前と同じようにボブカットだった。彼女の何もかもが凍り付いたまま保存され、そしてふたたび溶けたのだと思った。
僕はエスカレーターの隣の階段を駆け上がり、ゆっくりと昇っていく彼女の背中を追い越した。そして振り返った。彼女の顔を見た。

彼女も僕を見ていた。そして微笑んでいた。それは僕のよく知っている柔和で魔術的な笑みだった。彼女の瞳は、困惑と期待の板挟みから、開放者によって助け出される機会を待ち望んでいた。そこには何かひとを震え上がらせ釘付けにするものがあった。僕は歓びにおののいて立ち尽くした。それは紛れもなく彼女だった。僕は声を掛けることができなかった。それは砂丘で日の出を見た朝のことだった。

「LSDを手に入れてこようか?」
「このあたりで? つてがあるの?」リナが聞いた「買えるなら私出すよ、すごくやりたいなあ」「今メールであるか聞いてみたんだけど、あるって。ワンヒット3500円だって」「安いの?」「それなりに。酷い売人なら七〇〇〇円取るような奴もいる」「へえ。ねえいつ手に入る?」「九時に駅前。でもそいついつも遅いからさあ、どうせ遅れてくるから。たぶん十時くらいじゃないかなあ」「たのしみ。それまで何する?」
僕は逃避し、退行していた。脳はすでに服従し、快感を得るためだけに存在していた。僕は自分を縛り付けるいましめを払いのけることに躍起になっていた。アユミの家に居着いてすでに三日がたっていた。お前は一体これからどうするつもりなんだという問いかけが脳内でリフレインしていた。でも僕はそれを無視し続けた。携帯は間断なく鳴り続けた。たぶん職場と、彼女からだ。構うものか。僕はそれもまた無視した。今思えば仕方のないことだったのだと思う。良いも悪いも、正しいも間違っているもない。いましめを振り切るために必要だったのだろうと思う。とにかくぼくは無視した。鬱陶しい自己批判と、自分を何かものがなしい帰結へと方向付けようとする内側の力を徹底的に無視した。そして思考を放棄して笑い続けた。その問いかけと関わっているうちは、この末期的な停滞感は終わらないと判っていた。経験から理解していた。しかし僕はそれを決して声には出さなかった。表情にも、体温にも。その力は内側にあったから僕は抜け道を見出したことを自分自身に悟らせてはいけなかった。それはとても簡単なことだ。思考せずに行動だけを繰り返せばいい。だから僕は絶望的な気分ではあっても、絶望せずにいることができた。これはひょっとすると、僕の数少ない長所の一つと呼べるかもしれない。「僕はたとえどれほど絶望的であっても、絶望だけはしない」。ようやく一つ見つけることができた。
その日はじめてのマリファナの煙を吐き出したリナは「このままうちに住んじゃえばいいんじゃない?」と言った。僕は何かの冗談であることを願いながらリナの目を見た。しかし声音で既に判っていたことだが、やはりリナは真剣にそれを言っているようだった。「もう帰らないって壁に書いてきたんでしょう?」とリナは付け足した。
「だけどあそこは僕の家だよ。僕が金を払っていて、契約者の名義も僕の名前になってる。仮にここに住むとしても、すぐにこのまま住むというわけにはいかないさ。その前にいろいろと準備がいる。それに」僕は言い淀んだ。
「それに何? 私のことは好きじゃない?」
もちろん好きだよと僕は言った。そのあとで、本当はお前のことなんて大嫌いだと叫びだしそうになったが「この部屋は二人で住むにはいくらか狭すぎるし、僕はなるべく東京から離れたくないんだ」と説明して口をつぐんだ。できることならば彼女のことを傷つけたくはなかった。僕は事実だけを彼女に伝えた。無意味なことだったが仕方なかった。
たぶん僕は彼女のことを好きでも嫌いでもなかったのだろう。僕は彼女からジョイントを受け取って深く深く吸い込んだ。肺が炎症を起こして荒れはじめていた。煙がうまく吸い込めない。だったら一緒に東京で家を借りようよ、あなたも私も部屋を引き払ってからとリナは言った。僕はそうだねとこたえたあとしばらく間を置いて「そろそろ朝ごはんを食べない? もう限界だ」と言って会話の流れを打ち切った。「もうお昼ご飯だよ」リナは微笑んでいた。本当にそうすることができたらどれほど素敵だっただろうと僕は想像していた。しかし停滞は限りなく続いた。どこまで行っても自分自身から逃げ切ることはできなかった。だが唐突に僕は自分の居居場所を思い出した。僕はとても長いあいだ分離されていた。言葉の中に追いやられて、僕自身とは別個の場所で醸成されていた。僕は言葉の中にしかいなかった。それが今や僕はようやく自分自身のなかに迎え入れられた。

僕たちは普通の倍の量のLSDを摂って、浜松駅の近くの高島田砂丘へ向かった。リナの車で、運転は僕がした。運転中に効き始めて、僕はパニックに陥った。効果は僕の予想よりもずっと強かった。カーナビが意味不明な言葉でずっと何かをわめいていた。町は海の底に沈んでいるように見えた。僕は自分が呼吸をしていないと感じた。人口光は暑熱のなかで煮え切り、粘度を持っていた。闇は原初から停止せず永遠に流動していることを僕に示した。僕はリナに話しかけた。「一体僕たちはいまどこにいるんだ?」
彼女は「そうね。本当に。あなたは一体どこにいるの?」といって眼鏡をはずした。それを僕に渡した。僕は片手で受け取ってかけてみた。すると世界の輪郭を支える魂が崩壊した。世界は溶けたチーズのようだった。ハンドルだけが克明に見えた。それは黒くて、物騒だった。僕はどこにいるのだろう?
「わからない。教えてくれないか? ここはどこなんだ」
「あなたは一体誰?」
「僕はヨモダだよ。知っているだろう?」
「よく知っているわ」と彼女は言った。「あなたよりもずっとね」そう言って彼女は僕から眼鏡を取り上げた。
「何を言ってるんだ。ちょっと待てよ」僕の中の記憶と記憶をつなぐ線が、一時的に断裂していた。「そういう君は誰なんだ?」
「知らないの?」彼女はとても静かに聞いた。時間が一瞬停止した。心臓が発作を起こしたときのように。それからすぐに悠々と脈を打ち始めた。僕は沈黙した。彼女も沈黙した。二つの沈黙は見つめ合っていた。僕は横目で彼女を見やった。やはり僕にはそれが誰であるかよく知っているような気がしたが、あと一歩のところで思い出せなかった。
「わからない」
「何が?」と彼女が聞いた。
「僕はどこにいるんだろう」そして君は誰なんだろうとぼくは心の中で付け足した。
「怖いの?」
「怖くはないよ。ただ漠然と居心地が悪いだけさ」
「教えてほしい?」
「何を?」
「あなたが今どこにいるか」
「判るの?」
「判る」と彼女は言った「あなたよりもずっとよく判る」そして大きく息を吐いた。
「僕にはどうしてそれが判らないんだろう」
「あなたが私のことを誰か判らないからよ」と彼女は言って、僕は黙った。道は蛇行していた。そして下っていた。僕はひたすら道なりに進んだ。僕たち以外の車の中には運転手も乗客もだれひとりとしてみつからなかった。街は死んでいた。そこに生者の姿は影さえも見当たらなかった。しかしそれでも車は走行していた。何の滞りもなく。彼女は説明した「あなたのいるのは例えばこんなところ。全ての物事の意味が一点に集約している地点。そこには大きな揺らぎがある。あなたがそこに立っていられるのはほんの偶然にすぎない。大きな揺らぎは波を生んであなたの周りの世界を押し流そうとしている。というかほとんどそれは達成された。あなたはここにいるのは偶然であり、同時に宿命的なことだ。あなたは深入りし過ぎた。理解しようと努めすぎた。あなたは傲慢だった。あなたが混乱を受け入れたことで、それは世界に波及してしまった。言葉が殻を破って芽を出した。あなたの言葉はあなたの世界を覆っている。ここにはあなたと私しかいない。そういう場所にあなたはいる」
彼女は僕に車を止めるように言った。僕たちは既に砂丘についていた。車から降りて僕たちは朝が近いことを知った。

かつてLSDを摂ってこんな体験をしたことはいちども無かった。だけどこの体験からはそれで当然だと思わせるような何かを感じた。僕たちは壁のように空にそびえた高い砂の山々を登っていった。砂丘は生まれようとしている太陽の陽にぼんやりと温められ、大量の朝もやを吐き出して視界を不明瞭にしていた。十メートル先も見通せなかった。藍色がグラデーションを描いている空に囲繞されて、乳色の朝もやは月面世界のように輝いていた。遠くで何か巨大で硬いものを連綿と打ち砕くような激甚な音が聞こえた。それははじめ大砲の発射音のように聞こえたが、
「この先には海があるのよ」と彼女が呟いて、僕はそれが打ち寄せる波の音だと理解した。
僕たちは三つの莫大な砂の山を超え、波が見える地点まで辿り着いた。僕は顔中がびっしょりと濡れるほど汗を掻いていた。僕たちは波を見た。それは無数の巨大な鯨が押し寄せて崩壊するように見えた。彼女は震えていた。僕はどうしたのかと聞いた。普通ここの浜ではこんなに波は高くないし、こんなところまで迫ってこないはずだと彼女は言った。彼女は怯えていた「海の力が増してきている。とても危険よ」
僕は直感的にここから立ち去らなければいけないと感じた。何か説明のできない巨大な力が動き始めているのを僕は感じ取っていた。しかし脚は凍り付いたままだった。
「すぐに逃げ出さなくたって、死にはしないだろ」と僕は言って、持ってきていたマリファナを巻き始めた。私にも吸わせてと彼女が言った。それはリナの声だった。「リナ?」「そうよ。誰だと思ってたの?」「リナ。もう行かなくちゃいけない」「どうして?」「それは……うまく説明できないと思う」「また帰ってくる?」「きっと帰ってくる」と僕が言うと、リナはその言葉をオウム返しした。きっと帰ってくる。その言葉は何の意味も持たず、寒気がするほどひどく空虚に響いた。僕は突然無性に寂しい気分にになった。ここも僕の居場所ではなかった。僕はまたしても立ち去らなければいけないのか? 答えはイエスだった。僕はジョイントに火をつけた。

僕はリナと別れて東京方面へと向かった。浜松駅までタクシーで行き、駅前のATMで現金を引き出して新幹線の切符を買った。コンビニの店員はやはり死者のように見えた。彼の見た目は明らかに死体で、腐臭を放っていた。精神安定剤を飲んだ方がいいかもしれないと僕は思った。しかしやめておこうと思った。僕は藤沢駅で新幹線を降りてJRに乗り換えた。そこで彼女と出会った。僕は戦慄した。すると世界中に生命性が戻ってきた。僕は今度こそ自分が悪夢から覚めたことを悟った。それははじめ僕の幻覚のように思えたが、周りを見渡すと人間の顔が見えるようになっていた。僕はもう一度彼女を見やった。それはやはりみまがうことなく彼女の顔だった。彼女は僕の眼をじっとみて微笑んでいた。僕は階段の途中で言葉をなくして立ち尽くしていた。僕は目をそらして階段をもう一度下った。怖気づいたのだ。どうやって声を掛けたらいいのか、そもそも声をかけていいのかどうか判らなかった。僕は酔いを醒ますために自動販売機でボルヴィックを買ってすぐに飲み干した。そして階段を昇った。どうして彼女がここにいるのだろう? でもとにかくあれは彼女だった。僕は出口を出てすぐに彼女に追いついた。彼女は誰かに話しかけられていた。僕を認めると微笑みかけた「私に気が付いたのね?」
「うん。はじめから判ってた。でも声を掛けられなかったんだ」
「忘れられちゃったのかと思った」
「忘れるわけがない。だって僕は」そういうと、彼女は僕の口に手をあてて、
「それ以上言わないで」といった。そして僕の目をじっと見つめた。まるでそこから天体の運行を読み取ろうとする古代の呪術師のように。
「どうしてここにいるの?」僕は聞いた。
「あなたのいない家にいてもつまらないから」とア彼女は言った。
「ねえ、探してたんだよ」
「本当に?」
「本当に」
「誓える?」
「誓うよ」と僕は言った「家に帰ろう」
「うん」と彼女は言った。

僕は蜘蛛の巣の数を数えなかった。蛍光灯は新しい物に替えられていた。でもぼくは何とも思わなかった。そこはもう死んでしまった部屋だった。全ての線は絶たれていた。僕と彼女は交わった。もう消えてくれないか? と僕は最中に彼女に頼んだ。僕の眼の前から消えてほしいんだ。彼女は喘いでいた。そして手を伸ばして僕の顔を引き寄せ、腕を首の後ろに回した。そして耳元で言った「それはできないよ」
「どうして?」
「私はあなたの中に含まれているから。あなたがそれを望んだから」
「どうしてもできないの?」
「一つだけ方法があるよ」と彼女は言った「あなたの大好きな方法が」
「教えてくれないか?」
「鋏を使うの。あとは判るでしょう?」
僕は深く溜息を吐いた「本当にそんなことをしなくちゃいけないのか?」
「あなたがそれを望むならね」彼女は抑揚に欠いた言い方で僕に伝えた。
僕は彼女と繋がりながら傍らのリュックに手を伸ばして、その中からひとつの鋏を取り出した。自殺する決心がついたときのために買って、長いあいだ取って置いたものだ。結局マリファナを細かくすることに使っていた。
僕はそれで彼女の髪を切り、服を切り裂いて、彼女の皮を一枚一枚切っていった。
一枚切るごとに新しい彼女が生まれた。僕はどんどん切り進めた。彼女は次々と死んでいった。それでも僕はやめなかったし、彼女はただの一言さえ僕に何も言わなかった。そして皮を残して消滅していった。彼女はこの世界から排出されていった。最後の一枚に突き当たって、僕は顔をあげた。彼女は僕を見ていた「どうしたの?」
「こうするしかなかったんだ」僕は彼女から目をそらし、灰色の重たい鋏の刃先を見つめながら言った。
「そう。あなたはそうするしかなかった。そしてあなたはそれを選んだ。自らの意思で」そう言ったとき、彼女がどんな顔をしていたのか、僕には判らなかった。
「君の言う通りなんだと思う」僕は鋏を枕元に置いた「最後に何か教えてくれないか?」僕は彼女を見た。彼女の肌は鋏の刃と同じように鋭い灰色で、月光を浴びて、冷たく光っていた。彼女は泣いているようにも見えたし、笑っているようにも見えた。その両方だったのかもしれない。
「あなたがいまどこにいるのか、それをあててあげる」
「僕はどこにいるんだろう?」
「そこは入り口」彼女は僕の胸に手をあてた「あなたはいま、入り口に立っている」
「また入り口なのか」僕はうんざりした気持で訊ねた「ねえ、出口はどこにもないの?」
「どちらも同じことだよ」と彼女が言った。僕はいまや目眩も吐き気も感じていなかった。鋏を手に取って、最後のいちまいの彼女を切り開いた。中は空洞だった。完全に空っぽだった。僕はハサミを机の上に置いて呟いた。同じじゃない。そして声を張り上げて続けた「同じであっていいはずがないんだ」
しかし誰も聞いていなかった。彼女は消え去ったのだ。それでも僕は自分がやるべきことをやったのだという確信に満ちていた。彼女は僕の世界から排出された。これから僕はひとりきりで世界と対峙していくことを思い、身震いした。やわらかい僕の内部を世界から守ってくれるものはもう何もなかった。消え失せた。僕が葬った。みずからそれを望んで。生活を続行しようと思う。僕はあたらしい方法を身に付ける必要があるのだろう。出口は最終的な段階で、想像しがたいほどはるか遠く、あるいはそれはただの幻想なのかもしれない。だけどとにかく、僕はいま入り口を通り抜け、あたらしい地点に立っているのだから。
僕はベランダに出て、柵をまたぎ、そして腰掛けて夜空を眺めた。満月だった。月は青い光をたたえていた。そのうちに、僕は消え失せてもなお彼女が僕を見ていることを知った。しかしもはやすべてが違う方向に向けて始まっていた。僕は彼女が次に何をすべきなのか僕に伝えてくれることを願ったが、彼女はやはり何も語らなかった。排出されてしまったのだ。彼女はもう何も語ることができないのだ。
出口は一寸先にあるように思えた。手を離す。腰を浮かす。墜落。衝突。血飛沫。壊滅。しかしそれではあまりに都合が良すぎるようにも思えた。馬鹿馬鹿しくすらある。
おそらく今後も生活は続行されるだろう。やはりそうなることになっている。僕の意思によって。彼女はいなくなった。僕の手によって。だけど僕はいまだにその感触を覚えていて、忘れるまでこべりついているのだろう。だけどそれがどうした? この感触の記憶は何も意味していない。僕の行く先にはただ入り口があるだけだ。この手の彼女を切り進める感触をいつか忘れても、そのときには何も終わらない。そうじゃなくて、もうすでに終わっているのだ。彼女は力を失って世界から退場した。僕は依然として醜く、生命に満ち、僕のままだ。ここには感慨もなく、教訓もなく、理解も、意味もない。喜びもなく、悲しみもない。無感情とも違う。ただの、終了だ。そして記憶だけが残り、やがて消える。
僕は何も変わらない。彼女は排出された。すべてはそれだけのことだった。

2018年9月15日公開

© 2018 TRiPRYO

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